第279話 春日未美香の今年最後の試合! ~応援スタンドに陣取る黒いコンビと四大精霊乙女たち~

 時岡市より東に120キロほど進むと、大きな競技場がある。

 現在、ハイエースで移動中の一同。


「うぅー!! ドキドキしてきたー!! あたし、頑張るかんね!!」

「鬼窪。次のサービスエリアに寄ってくれ」

「へい! 承知したけぇ!! なんぞ買い物ですか?」


「いや。緊張し過ぎてトイレに行きたくなった」

「もぉ! なんでお兄が緊張してるの? あははっ! 試合するのあたしなのに!!」


 本日、元気印のテニス乙女、春日未美香選手が出場するテニスの大会がある。

 出場資格はオープン参加となっているが、プロに混じって練習をしている社会人の有望株も多数出場する、高校の部活の垣根を超えたステージ。


 ならば応援しないはずがないのである。


 昨日からソワソワし過ぎてなんだか体調の悪くなった黒助。

 運転手を務める予定だったのだが、「手が震えるんだ。ハンドルを握ると」などと、アル中みたいなことを言い出したので急遽鬼窪玉堂が召喚された。


 多忙な農の者は幸運な事にオフであり、喜び勇んで駆けつけた。

 コルティオールからはミアリス様を筆頭に四大精霊たちが応援にやって来ている。

 予定であった。


「黒助さん! リュックからライン来たし!! ほら、見て欲しいし!!」

「ほう。このスタンプはコミカルだな。顔をしかめた男が親指を立てている」


 春日黒助おしゃべりスタンプである。

 鉄人くんが完成させて頒布したところ、黒助ハーレムのメンバーは30分以内に全員が購入したと言う。


 現在、友人知人に向けてスタンプのプレゼントと言う押しつけが行われている事を黒助は知らない。


「ミアリス様も来れば良かったのにねー!! ボク何回も誘ったのにー!!」

「仕方がないですぅー。ミアリス様は昨日の夜、から揚げ食べてたら歯の詰め物が取れたんですぅー。今頃歯医者さんでひぃひぃ言ってるですぅー」


 ここに来て猛威を振るうバッドステータス虫歯。

 ヒロインレースも佳境なのに、なかなか個別回がゲットできないミアリス様。


「鬼窪。聞くが。あとどれくらいかかる」

「へぇ。カーナビによると、あと7分っちゅうとこですのぉ! ……あ、兄ぃ!? まさか!」


「すまんな。場合によってはナニするかもしれん」

「そりゃあいけんで、兄ぃ!! 大人がそれしたらいけん!! 周りも気ぃ遣うけぇ!!」


「お兄、お兄! はい! 車に酔ったんでしょ? あたしのスポドリ分けたげるー!!」

「それもいけん!! 未美香お嬢!!」


「あ、ああ……。うっ。これは助かる。未美香は本当に優しいな。うっ」

「何をしとるんじゃ、兄ぃ!! こりゃあ、いよいよいけんで!! しかし!! これだけのお嬢たちを乗せて速度違反はできん……!! 兄ぃ……!! 耐えてくだせぇ!!」


 集団行動になった途端、急にトイレに行きたくなるのは何故だろうか。

 春日黒助の辞世の句となるかもしれないコメントだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 運動公園に到着したハイエース。

 未美香たんが元気に飛び出した。


「んんー!! 気合入ってきたよー!! やるぞぉ!!」


 今日は部活の大会ではないため、未美香たんのサポートをこなすのも応援団の重要な任務。


「クロちゃん! 着いたよー!!」

「ああ。分かった。すまんな、鬼窪。ズボンを買いに走らせて」


 やったのか。


「良かったですぅー。スポーツドリンクを零しただけで済んで、本当にですぅー」

「ウチは義理の兄がアレしても平気だし!! けど、黒助さんの尊厳が保たれて何よりだし!!」


 黒助は内股でプルプル震えていたところ、あまりの振動で未美香から受け取ったドリンクを全て股間にぶちまけていた。

 その始末を未美香が担当したためどうにか耐えられた説が有力とされている。


「では、俺たちはエントリーしてくるか。未美香。行こう」

「うんっ! 家から直行だとお着替えしなくていいのが楽で助かるー!! へへー! 見て! お兄! おニューのユニフォーム! ひらひらー!!」


「おっと。待つんだ、未美香。体を冷やしてはいかん。スカートは短いし、腕も袖がないからな。鬼窪。コートを出してくれるか。露出狂の人が裸の上に羽織るみたいなヤツだ」

「へ、へい!! なんちゅう喩えなんじゃ、兄ぃ……!! それ言うた後に平然と未美香お嬢に着せとる……!! さすがじゃのぉ!!」


 黒助と未美香は大会運営本部のテントへ。

 鬼窪は車に乗って駐車場へ。

 イルノとウリネとセルフィはスタンドの応援スペースを確保へ。


 分担作業も実に美しく、これは農場で培ってきた紛れもない技術かと思われた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ラケットなどの用具を担いだ黒助と、スカートの後ろに手を組んでご機嫌な足取りでぴょんぴょんと跳ねるように歩く未美香たん。


「調子は良さそうだな。やはり普段からの心構えがものを言うか」

「えー? お兄が久しぶりに大会の応援に来てくれたからだよ! 嬉しいもん!!」


 黒助のスマホが震えた。

 メッセージを受信。


『くっくっく。未美香たんの晴れ舞台を見に行きたかったのに、じゃんけんに負けてもぉまぢ無理。たった今、妹ちゃんのはにかみスマイルを受信しました。胸部装甲が豊かな女子の手を後ろに回すポーズって良くない? 大切になさってください。くっくっく』


 ベザルオール様がノルマをこなされた定期。


「ねねね! お兄、お兄! お願いがあるのっ!!」

「なんだ。無条件で聞こう」


「もぉー。それじゃ意味ないよー!! あたしが優勝したらね、そのね、次のお休み! 一緒に過ごしたいなって……!! お、思ってさ!! あ、別にね、クリスマスじゃなくてもいいよ? お兄とテニスしていなぁーって!! ……クリスマスだったらもっといいいけど」


 黒助のスマホが数回震えた。

 が、省略する。


 何かを受信された報告であろう。


「構わんぞ。クリスマスの予定はまだ仕事の関係で不明瞭だが。年内にどこかで必ず時間を作ろう。未美香は優勝するからな」

「わぁー! うんっ!! あたしいいとこ見せちゃうかんね!!」


 未美香たんが喜んで跳ねるため、黒助は眼力で愛しの妹のスカートに視線を向ける輩をけん制した。

 800メートルの道中で11人ほど釣れたらしい。


「行ってくるねー!!」

「ああ。本当に独りで平気か? 俺はついて行かずとも良いのか? 行くぞ、俺なら、いつでも、どこへでも。やはりついて行こうか?」


「にへへー! 平気だってば!! お兄の顔見てたら、試合なのに顔が緩んじゃうもん!! 気合入れなきゃなんだよ!!」

「そうか。分かった。では、スタンドで観戦している。怪我をしないようにな」


 未美香たんは選手控室に消えて行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「黒助さんが来ましたですぅー」

「クロちゃんこっちだよー!!」

「おっし! 黒助さん来たし! 超応援するしー!!」


 四大精霊乙女が事業主を呼ぶ。

 全員が美人・美少女のカテゴリーに含まれ、なおかつそれぞれタイプも良い感じに分散しており、そんな4人のヒロインたちから黄色い声で呼ばれる男。


 さては、おのれ案件か。


「兄ぃ!! ベンチが冷えるんで、ワシ座布団持ってきましたわ!! 使うてくだせぇ!!」


 ヒロインは4人である。


 45分ほどしてから未美香の1試合目が行われ、四大精霊たちが声援を送る。

 黒助がガチって応援すると周りの迷惑になるため、はやる気持ちを押さえて着席のまま観戦。


 鬼窪はいつもの魔弾を発射できるピストルを構えて、未美香たんを盗撮している者の排除を行っていた。

 テニスウェアに見惚れるのは今回に限り黒助セーフ判定が出されている。


 「お兄の自慢の妹になりたいからさっ! 色んな人に可愛いって言ってもらえるの、嬉しいな!!」とはにかんでいた義妹の意思を尊重したのである。

 ひっそりと過保護レベルが1段階だけ低下した春日黒助。


 成長を見せる。


 そのまま大会はつつがなく終わり、春日未美香は無事に優勝を飾った。

 地元の新聞記者がインタビューを行っている際にカメラマンがややローアングルの撮影を試みた結果、黒ずくめの男たちに包囲される小競り合いもあったが、実に充実した1日を過ごした彼ら。


 今日も現世は平和であった。


 そして忍び寄るクリスマス。

 ヒロインズが爪と牙を研ぎながら、ソワソワし始めている。

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