第276話 土の精霊・ウリネたん、虫歯になる ~ミアリス様も虫歯になる~

 コルティオール。

 春日大農場の母屋では。


 日が暮れて黒助が帰宅していった後、ミアリス様が母屋で日誌を書いていた。

 すっかり農業の女神として顕現し直した彼女は縁の下の力持ちとして春日大農場を支えている。


「ミアリス様ぁー。スッポンポンを剥いたので食べてくださいですぅー」

「ありがと。イルノ。……今更だけど、スッポンポンを剥くってすごい言葉ね」


 ミアリス様は書き仕事をする時にメガネをかける。

 別に目が悪いわけではなく「なんかこっちの方が仕事デキる女って感じがする!!」という理由から。


 実際に仕事の能率が上がったのかは定かではないものの、モチベーションが上がっているようなのでどんどんやれば良い。

 時刻は午後10時半。

 そろそろ乙女は美容に気を遣いながらお風呂に入る時分である。


「んー!! 今日はこのくらいにしとこうかしら!! あ。スッポンポン美味しい。この時期になると甘みが増すのよね。コルティオールに四季ってないのに。どういうメカニズムなのかしら?」

「イルノにはサッパリですぅー。けど、美味しければオッケーなのですぅー」


 2人で果物をモグモグしながらしばしの談笑。

 残業しているOL感がそこかしこへと漂っていく。

 スッポンポンはカロリーが低く、ビタミンが豊富という乙女の味方フルーツ。


 こんなもん、食べれば食べるほど得なのである。


「うー。ミアリスさま」

「ウリネ? どうしたのよ。いつもならもう寝てる時間なのに。お腹空いたの?」


 四大精霊たちも自分の家はあるが、女神と四大精霊は1セットで過ごしてきた長い歴史があるため、その遺伝子に従うかのように母屋で寝泊まりする事が多い。

 パジャマ姿のウリネたん、目をこすりながら登場。


 だが、何やら元気がない。


「どうしたんですぅー? ウリネさん、しょんぼりしてるですぅー」

「怖い夢でも見たのかしら? こっち来なさい。一緒に食べましょ! 特別にジュースも飲んでいいわよ!!」


「うー。いらない……」

「え゛っ!? どうしたのよ、ホントに!! ウリネ? 具合悪いの!?」


「あのねー。なんだかねー。ボクねー。歯が痛いんだよー」

「イルノぉ! すぐにゴンツ呼んで来て!! 確か、体の仕組みとかに超詳しかったでしょ! あ、あとは……!! ベザルオールでいいや! こっちはわたしが呼ぶから!!」

「は、はいですぅー!!」


 今回は、夜中に小さい子が体調不良になると大人の方が慌てふためくと言うお話。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 両足と左腕が回復したダイヤモンドのゴンツさん。

 急な呼び出しにも笑顔で応じる、社畜の鑑。


「うーむ。私も医者ではないので、確実な事は言えませんが……。これは体内に何かのウイルスが入っているような反応ですね。私たち鉱石生命体は無機物がベースなので、体調を崩すことはほとんどないのですけれども、四大精霊の皆さんはしっかりと生物ですので。炎症を起こしているのだと思います」


 ミアリス様が既に慌てる状態のマックスフォームへと進化していた。


「ど、どどどどど、どぉぉ!! どうするのよ!! ヤバいじゃない!! ウイルス!? 怖い!! どうしたら良いのよ!! んがぁぁぁぁ!!」

「おち、おちちちち、落ち着いてくださいですぅー!!」


 普段は冷静なイルノさんもコルティオールの末っ子、ウリネたんが元気を失くしていると正気が保てなくなる。

 そこにやって来た、頼れる年長者。


「くっくっく。余が参った」

「あ゛あ゛あ゛! ベザルオール!! ウリネがヤバいの!! なんかウイルスだって!! ねぇ! どうにかしてよ!! あんた全知全能でしょ!!」


「くっくっく。……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!! 余は自分の無力が憎い!! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「あんたでもダメなの!? あああああああああああ!!!」


 絶望の光景である。

 コルティオールの共同統治者の2人が絶叫中。

 もうこの世の終わりのような空気が漂っていた。



 ここで念のためにアナウンス。

 諸君は既にご存じかと思うが、ウリネたんは普通に普通の虫歯である。



「くっくっく。ウリネたん。お菓子持って来たよ。食べる? 元気出るよ?」

「そ、そうよ! ウリネの好きなジュース! いっぱいあるわよ!!」


 そして原因はだいたいこの2人なのだ。


 ベザルオール様は孫を徹底的に可愛がり、可愛がり尽くしてなお可愛がる執拗な甘やかし方で、SNSのおじいちゃんコミュニティにおいて他の追随を許されぬ大いなる存在感を放っておられる。

 ミアリス様も『大地の祝福』でいつも農場を支えるウリネたんを愛しており、隙あらば甘いジュースを与える妹溺愛系お姉さん。


 その結果、ウリネたんは何かしている時には何か食べているのが常態化して久しい。

 歯磨きは1日に3度ちゃんとしているが、ずっと飴を舐め続けているとそれでも虫歯のリスクは高くなると言うデータも存在する。


「うー。おじいちゃーん」

「くっくっく。おじいちゃんだよ? 何が食べたいのかな? 何でも用意しちゃうよ?」



「あのねー。ボク、歯が痛いんだー。だからねー。お菓子いらない」

「くっくっく。ちょっと現世に行ってくる」



 ベザルオール様が光の速さで転移装置に向かわれ、そのまま現世の春日家へと突入された。

 時刻は既に日が変わろうとしている。


 普段のベザルオール様であれば、まずスマホで連絡を取られるだろう。

 この方はエチケットとマナーの面でも全知全能。

 しかし、可愛い孫の中でも末っ子ポジションのウリネたんが苦悶の表情を見せる。


 それだけで、バーサーカーモードになるには充分なのだ。


 春日家では「太陽が上がるまでは月が太陽!!」がモットーのニート。

 鉄人が風呂上りにアイスを食べており、ベザルオール様を出迎えた。


 事情を聞いた彼はすぐに市内の24時間診療を行う歯医者をピックアップ。

 そのまま予約を取ったのち、スマホを手に取る。


「もしもし? ミアリスさんですか? お話伺いました。こっちで病院を手配したんで、ウリネちゃんと一緒に来てもらえます? 僕が運転しますので。はい。ああ、大丈夫です。最近は朝市があるので、ハイエース借りてるんです。はい。はーい」

「くっくっく。鉄人よ。余は……余は……。どうすれば良いのだ」


「ベザルオール様。歯医者さんでは、多分ウリネちゃんが泣きます。耐えられますか?」

「くっくっく。無理ってはっきりわかんだね。余は春日家に残ろう。卿の信長の野望を担当する。毛利家滅ぼしてもいい?」


「ダメですよ! 盛り上がるとこじゃないですか! 内政しといてください!」

「くっくっく。りょ」


 それから着替えてやって来たミアリス様とウリネたんを乗せて、ハイエースが発進した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時岡デンタルクリニックにて。


「これはね、完全に虫歯ですね。奥歯に穴が空いてます。すぐに削りましょう」

「あああああ! ウリネ! わたしが付いてるからね!! しっかり! しっかりして!!」


「お姉さん。ちょっと。あの、邪魔なのですが」

「そんなこと言ってぇ! うちのウリネに何する気なのよぉ!!」


 治療である。


「ミアリス様ー。ボクね、平気だよー! ちゃんと治してね、お菓子食べるんだー!!」

「う、ううううっ!! 先生ぇぇ! この子、この子を助けてください……!!」


 中年の歯科医師はメガネを外して眉間を押さえる。

 隣で見ていた鉄人くんが歯科衛生士のお姉さんに「こちらの保護者にも歯科検診してもらえます?」と申し出る。


「それは良い! お姉さん! 妹さんが安心しますから! ね! 隣で歯科検診受けましょう!!」

「なんだか分かんないけど! それでウリネが楽になるのなら!! やってください!!」


 その後、ウリネたんは普通に治療を受けた。

 令和のご時世である。

 歯科医療も進歩しており、適切な麻酔と痛みの少ない治療で患者のストレスは日々軽減されている。


「ではね、次は4日後に来てくださいね。頑張りましたね、ウリネさん」

「うん! ありがとー! せんせー!!」


 鉄人くんが手を繋いで、ウリネたんは帰って行った。

 一方のミアリス様は。


「ええと。ミアリスさん。虫歯がありますね。左右上下に4本。すぐ削ります。ああ。これ深いな。神経ダメだ。最悪抜歯か……。君、とにかく麻酔の準備だ」

「え゛? あっ、ちょっ! えっ? みぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 麻酔の時点でオーバーキルだったらしく、女神様が大粒の涙を惜しげなく零し散らかしたと言う。

 今日もコルティオールは平和であった。

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