家の倉庫が転移装置になったので、女神と四大精霊に農業を仕込んで異世界に大農場を作ろうと思う ~史上最強の農家はメンタルも最強。魔王なんか知らん~
第274話 ニートと聖女と祖父の「世界が終わる前に絶対新刊出す」 ~同人サークル『大魔王』の軌跡~
第274話 ニートと聖女と祖父の「世界が終わる前に絶対新刊出す」 ~同人サークル『大魔王』の軌跡~
コルティオールのとある山脈。
魔王城では。
「くっくっく。コミケは落ちたけど、別の即売会に受かっちゃった件」
「まあ、世界が滅びる前に僕たちのデビューが叶うのは良いことですよ!」
同人サークル『大魔王』が修羅場に突入していた。
個人的にネットでひっそり頒布しようと思っていた同人誌だったが、鉄人氏の暗躍により即売会のすごくいい位置をゲットしてしまい、後に引けなくなったのである。
スケジュールを考えると、明日の夕方までに入稿しないと落ちる。
ここまでお膳立てされるとベザルオール氏も1人のオタク戦士として生きた証を残したい。
そのため、急ピッチで執筆作業が進行していた。
「アルゴムさん! こっちの原稿にトーン貼ってください!!」
「かしこりました! 柚葉様!!」
助っ人として招集されたアルゴム氏。
彼は通信指令の仕事をやや減らしていた。
理由は明快。
まずバーラトリンデとの間に休戦条約。
これが結ばれたため、敵星監視の必要がなくなる。
それでもウィシュマルバウグから移動中の目に見える地獄の監視は欠かせないが、前述のバーラトリンデが高性能の索敵を買って出ているため、これまでのワンオペ通信指令のような激務からは解放される。
ベザルオール氏も「くっくっく。卿には重責を強いて来た。以降は己のために時を使うが良い」と長く傍仕えを真摯にこなしてきた忠臣の労をねぎらった。
結果、アルゴム氏は自分の意思でベザルオール氏との時を過ごす事をチョイス。
「ちょっと! 鉄人さん!! ここ! 書き文字が違うんですけど!! こっちは背景の指示がありません!! しっかりしてください!! もぉ!!」
そして柚氏。
彼女が「黒×柚」本に情熱を注いでいる事は既に諸君もご存じの通り。
当然だが退路などないのである。
「あらー! 柚葉ちゃん頼りになるー!!」
「くっくっく。柚葉たんを堕としてしまったのは余にも責任がある。ならば、せめて柚葉たんの納得するものを仕上げたい」
「ベザルオールさん!!」
「くっくっく。こうしてフレンドリーに名を呼んでもらえるのも悪くはない」
「ここ! 黒太が黒助になってます!! 兄さんに迷惑かかっちゃうじゃないですか!! ダメですよ!! もぉ! 次やったら、私も本名にしてもらいますからね!!」
「くっくっく。余は何を間違ったのか。誰に何と謝れば良いのか。くっくっく」
同人サークル『大魔王』はどうにかギリギリで入稿を果たし、週末に待ち構える初めてのイベントへと備えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
と言う訳で、同人誌即売会の当日である。
時岡市から車で高速道路を走ること2時間半。
大型アリーナで行われる、この地域では非常に大きな規模のイベントである。
「じいさん。しっかりしろ。着いたぞ。フリスク食うか?」
「くっくっく。まずい。吐きそう。これあかんわ。プレッシャーやばたにえん」
「鉄人と柚葉は先に会場に入っているのだったか? 仕方がない。搬入を手伝おう」
「くっくっく。クロちゃん頼りになり過ぎてぱおん」
ベザルオール氏は本日、鬼窪玉堂に諸々の運搬を頼んでいたのだが、かの農の者は多忙であり、年末進行が重なった結果、無念のドタキャン。
そのため免許を持っている黒助に助力を乞う事になされた。
当然だが、鉄人氏と柚氏はこの事を知らない。
会場では既に設営が春日兄妹氏によって順調に進んでいた。
ディスプレイの工夫も万全。
平面的な部分はもちろん上下の空間も余すことなく使い、立て掛けポスターとお品書きを上へ下へと配置する賢者としての働きをこなす。
「どうもー。本日はよろしくお願いします。これからデカいおじいさんが来るんですけど、スペースははみ出しませんので。何かありましたら、ご遠慮なく仰ってください!!」
初参加とは思えない対応を両隣のサークルに見せる鉄人氏。
柚氏はどこに行ったのかと言えば、お着替えは指定のスペースでと決まっているのである。
「お待たせしましたー」
「あらー! ステキなミニスカメイドさんキタコレぇ!!」
売り子は自分で務めるのが柚氏のジャスティス。
コスチュームはデザインと製作をリュックたんが担当している。
なお、お裁縫強者のコルティ様もバーラトリンデから参戦し、母娘の連係プレーを見せつけたのだとか。こだわりポイントは全部が手縫いのフリル。
「よろしければ、これ! お使いください!!」
「お、おうふ。すみません。カッターを忘れてしまって。助かります」
「いえいえ! 女性がお隣なんて嬉しいです!!」
「お、おうふ。そのコス、ステキですね。何のキャラですか?」
「これですか? オリジナルです!! と言うか、私です!!」
「え。ああ。あー。はい。なるほど。はい。よく分かります。分からせられました」
この瞬間、むちゃくちゃ可愛いミニスカメイドのご本人が薄い本の中であれやこれしているとご近所が情報を共有するに至る。
とりあえず、6部ほど売れた。
柚氏は大学の漫画研究会にて売り子の重要性を学んでおり、この日に賭ける意気込みはガチ。
リュックたんから見せパンも借りて来たので、いくらでも動ける。
「お、おふたりは恋人ですか?」
「あらー! そう見えます!?」
「違います。このニートと付き合うくらいなら、世界は終わって構いません」
一般の参加者の方にプレッシャーを与えるのはご遠慮ください、柚氏。
そこにやって来たのはベザルオール氏。
と。絶対に会ってはならない義兄。
「鉄人。じいさんを連れて来たぞ」
「兄貴! あー。そっかそっか。鬼窪さん都合つかなくなっちゃったのかー」
「ん? そっちは柚葉か!! 一瞬気付かなかったぞ!! 可愛い恰好だな!! 柚葉はいつも清楚? な恰好が多いから、丈の短いスカートは新鮮だ!!」
「……ぐぅぁぁぁぁぁぁっ!!! ……鉄人さん? 私の存在を消してもらえます?」
柚氏。痛恨の対面を果たす。
「どうした? 柚葉! 堂々と胸を張っていいぞ! 実に可愛い! 写真良いか?」
「兄貴、兄貴! ここ、撮影NGなんだよ!」
「そうだったか。これはすまん。俺のような無頼漢にはこのように高尚なイベントは似合わんな。ひとまず、他の戦士方の邪魔にならん場所にでも行っておくか。今日は休みを取ったからな。何か用事があれば遠慮なく連絡してくれ」
そう言うと黒助は会場の外へと出て行った。
ベザルオール氏が気まずそうにした後、大きく息を吐いた。
「くっくっく。余は準備を終えたら黒助と共にいよう。2人以上の者がスペースに入るのはマナー違反よ。くっくっく」
「ベザルオールさん……」
「くっくっく」
「酷いじゃないですかぁ。私、ものっすごく恥ずかしい目に遭いましたよぉ……」
スカートの裾をキュッと握りしめて、涙目の柚氏。
両隣のサークルが「おうふ」と息を漏らした。
また6部売れた。
何はともあれ、イベントが始まる。
『大魔王』の頒布したオリジナル本のクオリティは非常に高く、鉄人氏もベザルオール氏もSNSでイラストをアップする度に2万いいねが付く人気者。
そこに加えて超絶クオリティの柚氏が売り子をしており、意図しない特殊効果であるが彼女は「恥じらいミニスカメイド」に進化していた。
頒布している本の表紙には、柚氏と瓜二つのヒロインが頬を赤らめている。
売れないはずがないのである。
250部と言う初参加にしては相当強気な数を用意していたが、閉会までに余裕の完売。
『大魔王』は大いなる一歩を刻んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
柚氏は着替えるために所定の場所へと移動していた。
コーヒーを飲んでいた兄さんが普通にエンカウント。
「ふああっ!? に、兄さん!!」
「柚葉。じいさんから聞いたぞ。大反響だったらしいな」
「うぅ。違うんですよ? これはその……。私が好んで着たわけではなくてっ!!」
「そうなのか? 本当によく似合っているのだがな。家でもたまにそんな恰好をしてくれたら、食事が華やかになっていいな! はっはっは!!」
柚氏は照れ顔のまま駆けて行った。
その日から、週に2度のペースでミニスカメイドが春日家のキッチンに出現するようになったらしい。
未美香たんが不思議そうに眺めていたが、「なんかお姉、嬉しそうだし! まあ、いっか!!」と納得する妹ちゃんなのである。
今日の同人誌即売会も平和であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます