第273話 いつもの春日家 ~世界が終わろうともメンタルは崩れず~

 春日黒助と春日鉄人は日が落ちてから自宅に戻った。

 エプロンを付けて料理をする春日柚葉と、洗濯物の仕分けをしている春日未美香が出迎える。


 まず黒助は、今日コルティオールで起きた事実を妹たちに包み隠さず伝えた。

 彼はどんな事であろうと家族の間で隠し事をするのは良しとしない。


 妹たちや弟が自分に対して隠し事をするのは全く構わない。

 全員がお年頃なので、言いたくない事もあるだろう。

 だが、黒助は何もかもを話す。


 これは一家を背負うと覚悟を決めた時に同じく心に誓った、黒助の命題であった。


「そうなんですかぁ。コルティオールも大変ですねぇー」

「ねー。お兄、お疲れさまっ! 鉄人もまあ、ちょっぴりお疲れ!!」


 妹たちの反応はいつも通りだった。

 彼女たちは「兄が何とかしてくれる。兄で何ともできないのであれば諦める」と言う、実に単純明快な思考回路を標準装備している。


「俺は命を賭けてお前たちの日常を守るつもりだ。しかし、力が及ばんかもしれん」


 黒助の言葉を受けて、未美香たんがすぐに頬を膨らませた。


「えー!! やだぁ!! お兄、命賭けないでよぉ! あたし嫌だかんね!! お兄が犠牲になって、世界が助かりましたー! 的な、映画みたいなオチ!!」

「そ、そうか? しかし、俺の身一つでどうにかなるのであれば」



「むー!! じゃあ、お兄が死んだらあたしも死ぬかんねっ!!」

「それはいかん! よし! じいさんを犠牲にしても、俺は死なん!!」



 感動的なラストの可能性が消滅して、ベザルオール様が命を賭けるシチュエーションの可能性が誕生した瞬間である。

 妹に先手を譲った柚葉さんは、お皿に料理を盛りつけながら穏やかに捕捉する。


「私もです! 兄さんが怪我をするのもダメですよ!! 兄さんにはこれから、たくさん楽しい事を経験してもらう予定なんですから!! はい! ロールキャベツができました!! ご飯にしましょう!!」

「そうか。分かった。怪我しそうになったら、じいさんに代わってもらおう」


 ベザルオール様がどんどん追い詰められておられる件。


「あらー! 僕のお皿のロールキャベツが! 兄貴と同じ数ある!! 事件だ!!」

「か、勘違いしないでくださいね!! これは、兄さんのピンチの時に鉄人さんが身代わりになって死んでくれるように、お給金の前払いなんですから!!」


「たはー! ツンデレっぽいトーンで結構無茶苦茶言われてるー! けど嬉しいー!! これ、もしかして向こう2か月、ずっと続くんじゃない!? やだー!! ボーナスステージ!!」

「な、なぁ!! このニート! なんて卑怯な!! くぅぅっ! 確かに! 有事のタイミングまでお給金を払い続けないと……!! ハメられました!!」


 春日家はいつも通り。

 彼らが揺れる事などあり得ないのである。


 メンタル最強の家族は、どんな苦難でも微動だにしない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 さて、良い感じのお話は前半で終わりである。


 食事を済ませて一息ついていると、未美香たんが黒助の腕を掴んだ。


「どうした。未美香。俺はまだ風呂に入っていないから汗臭いぞ」

「ぬふふー。お兄! そのお風呂に入ろ!! 背中流したげるっ!!」


 ここからは、メンタルのヤベー春日家をお送りいたします。


「しかしだな。未美香の身体に俺の汗臭い体が触れるのは良くないぞ」

「何言ってんのっ!! お兄の汗とか、綺麗だよ!! むしろ、いつもはすぐシャワー浴びちゃうから! これはレアお兄!! ねねね! 一緒にお風呂ー!!」


「そうか?」

「そうなのっ!!」


 違う、そうじゃない。


 黒助のスマホが震えた。

 メッセージが届いている。


『くっくっく。何やら、義妹イベントの気配を察知いたしました。家族団らんと義妹イベントを同時にこなせるとか、黒助は恵まれています。こっちはガイルが部屋から出て来ません。ぴえん』


 黒助は「なるほどな」と納得した。

 そして立ち上がる。


「では。入るか」

「やたー! 入る、入るー!!」


 急にセルフレイティングへの挑戦を始める春日家。

 自重して頂きたい。

 戦闘パートが既にギリギリなのに、日常回もギリギリとか、どこ切り取ってもギリギリではないか。


 だが、風呂場の前では春日家の風紀委員が仁王立ちしていた。

 武蔵坊弁慶もかくや。これは突破できない。


「ふっふっふー。待っていましたよ、未美香!!」

「むむー。お姉! 邪魔する気だなー!!」


「兄さんとお風呂に入りたければ! 私を倒してからにしてください!! 兄さんの背中洗い勝負です!! ちなみに、先行は私です!!」

「えー!! ズルい!! それ、お姉が先に入ってるじゃんかー!! もう下着姿だったからおかしいなって思ったの!!」


 こちらの可愛い武蔵坊さん。刀を狩る代わりに自分の服を脱ぎます。


「2人で先に入って構わんぞ?」

「兄さん! その件はかなり昔にもうやってます!!」

「そだそだ!! お兄は逃げられないんだよ!! とぉー!! はい! あたしも服脱いだ!!」


 頼みの綱の鉄人くんはと言えば。


「もしもし? セルフィちゃん? もうすぐクリスマスじゃん? どこか行きたいところある? あー。ホテルはダメだよ? 鬼窪さんも忙しい時期だろうしさ。ははっ、ごめんってばー。セルフィちゃんの家? コルティオールの? ああー! 確かに! 泊まった事ないね! そっかそっかー! じゃあ、僕がお泊りセット持って行くよ! え? 下着と歯ブラシとパジャマはもうあるの? あらー!! ギャルが積極的で困るー!!」


 おのれニート案件を構築中であった。

 なお、テレビ電話でセルフィちゃんがかなり際どい恰好をしているため、既に充分過ぎるほどおのれである。


「はい! 兄さん! 気持ちいいですかー?」

「お姉! 半分こだよっ! ちょっとあたしの領土に侵食してるーっ!!」


 そうこうしているうちに、こちらはもう風呂場に入っていた。

 春日家は古い木造建築のため、浴室もかなり狭い。


 そして、柚氏も未美香たんも、混浴イベントで水着を着てくれるようなぬるい乙女ではない。

 おわかりいただけただろうか。



 ここまでである。これ以上はいけない。世界がこの瞬間に終わりかねない。



 それでは、時間が飛びます。

 時空振動にご注意ください。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 リビングでアイスを食べている柚葉&未美香姉妹。

 2人とも顔が随分と赤い。


 多分、のぼせたのだろう。


「やはり家族で風呂に入るのは良いな。また、温泉にでも行くか」

「おー! いいねぇ! 兄貴!!」


「そうですねー。家族風呂のあるところがいいです」

「ねー。前に行ったところ、良かったよねー!!」


 平和に家族旅行してくれる分には我々も特に文句はない。


「では、次は鉄人の背中でも流そう。前の旅行ではお前だけ一緒に風呂に入れなかったからな」

「あらー! 嬉しいけど! これはフラグ!! きっと僕はまた入れないな!!」


 アイスを食べ終えた妹たちが黒助の両肩にくっ付いてアピール開始。


「だったらあたしも!! お兄に背中流してもらうっ!!」

「それなら、私は前も後ろもお願いします!!」


「んにゃ!? お姉……なんて大胆……!! じゃ、じゃあ、あたしもだもんっ!!」

「未美香にはまだ早いですよー。これは大人にだけ許された特殊ステージです!!」


「はははっ。よしよし、分かった。では、世界の平和を守ったら温泉に行くか!!」



 世界の平和が守られても、多分この世界は終わる。



 結局のところ、春日家は雨が降ろうが槍が降ろうが、地獄の炎が降ろうが絶望が顕現して降り注ごうが、特にやる事は変わらないのである。

 大好きな家族と共に、これからもずっと一緒に過ごす。


 それだけが望みであり、その強い気持ちがある限り世界は終わらない。

 最強の肉体を持つ春日黒助のメンタルがより充実した結果、最終決戦の勝率がグッと上昇したのであった。

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