第272話 業務連絡「残念だが、2か月で世界が滅びる可能性がある」 ~今生の思い出作り編、スタート~

 コルティオール組がバーラトリンデより帰還する事になった。

 岡本さんから「皆さんも一旦コルティオールに避難されるべきではありませんか?」と提案が出たものの、コルティ様を筆頭に彼らは首を縦には振らなかった。


「大変ありがたいお誘いですが。私たちはこちらに残ります。私にとって、バーラトリンデはもはや故郷も同じ。子供たちにはなおの事。彼らはこの地で生まれ、この地で育ってきました。であれば、故郷を捨てさせたくないと思うのが親心。いえ、母のエゴでしょうか」


 幹部たちが続く。


「ゲス!! アタシはコルティ様のお傍に付き従うのが生まれて来た理由でゲス!! それに、原さんたちが戻って来られるのならば、コルティオールに行っても危険は同じでゲスよ。アタシたちは故郷で運命の時を待つでゲス」

「そうだよ! コルティ!! ヨシコに任せな!! 惑星兵器で迎撃するからね!!」


「あれはもう破棄しましたが……。ゴリアンヌ、イラミティ。他の民の意見はどうですか?」


「全員女将に従うって言ってるぜ!! けど、生まれて数週間のヨシコが古参面してるのは気に入らねぇ!!」

「小官はもう、ヨシコになじられても興奮を得られる実証実験がすんでおりますので。このまま民たちを纏め、来るべき日に備えて興奮の思い出を積み重ねる所存」


 バーラトリンデの意思疎通は済んでいる模様。


「ごめん。女将。私はコルティオールに戻るわ。女将とも過ごしたいけどさ」

「いえ。分かりますよ。リュック。お慕いする殿方との思い出を増やす事。これは女子にとって何よりも重要な使命。頑張って、黒助さんを落としなさい」



「ばっ! バカ!! 女将、黙れよぉ!! 本人の前で言ってんじゃねぇぞ!! ほんと、そーゆうとこあるわ、女将!! もう大魔王の家に泊まりにでも行ってろよ!! で、それいじられるだけで1話消費してろ!!」

「は、はぁぁぁ!? 何言ってんですか、この子!! ああもう! 若い子ってすぐそーゆう話に持って行くんですからね!! はー! 嫌だ、嫌だ!! あなたは精々、まだ消化されていない水着回で顔でも真っ赤にしていなさい!! 綺麗な緑色の髪なんしてぇ! 羨ましい!! ベザルオール様! 私、今度お泊りに伺ってもよろしいですか!!」



 母娘が別れを賑やかにキメる。


「ポンモニ。コルティ様を任せるよ。何かあったら言ってくれるかい。すぐにバーラトリンデへと馳せ参じるからね。まあ、あと10日は手足が動かないし、動くようになってからも私単体では行ったり来たりできないけど! ははははっ!」

「ゴンツが時々送ってくれる加工食品、いつも楽しみにしてるでゲスよ。きっとゴンツは上手くやっていけるでゲス。アタシも何かあれば、コルティオールに飛んで行くでゲス。アタシたち、住む場所は離れてもズッ友でゲスよ!!」


 こちらは爽やかな挨拶の輝石三神。


「では、戻るか。岡本さんはどうされますか?」

「私はしばらくバーラトリンデで休憩してから、現世に直帰いたします。原さん不在の処理をしておかねばなりませんし」


「それは可能なのですか?」

「あの方は支店長。私は次長。両方の力を合わせれば、出来ない事はありませんよ! なっはっは!!」


 とりあえず、敬礼する黒助とベザルオール様であった。

 そののち、鉄人の転移魔法で彼らは愛すべき農場のある土地へと戻って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日の終業後。

 春日黒助は緊急の集会を行った。


 既に幹部たちには事情を説明してあるが、事業主が驚くほどに反応は穏やかなものであった。

 そして、この集会でも同様のリアクションが従業員から返って来る。


「あー。つまりだ。残念なことに、この世界があと2か月で終わるかもしれん。お前たちに隠し事はしたくない。希望者には、現世への移住を約束しよう。岡本さんの所有しておられる山を2つほど貸して頂ける事になった。そこでなら、問題なく生活できるはずだ。……まあ、現世も滅ぼされるかもしれんが。……どうした? 何の声も上がらんが。ショックで気分が悪くなった者は申し出ろ。すぐに処置する」


 従業員たちは静かだった。

 騒ぐ者もいなければ、卒倒する者もいない。

 ただ、いつものように黒助の言葉に耳を傾ける。


「ミアリス。聞くが、こいつらはどうした? もしかして俺は無視されているのか?」

「ふふっ。決まってんじゃない! 黒助の事を信じてるのよ! あんたはこれまで、何回もこの世界を救ってるじゃない! だったら、今更何が来ようとジタバタなんてしないわよ! わたしたちは全員が同じ意見! 春日黒助と心中するわ!!」


「ミアリス……。お前たちも……。そうか。よく分かった。では、明日からもしっかり励んでくれ。脅威が去った後に畑を放置していたので農業ができませんでは締まらんからな。クリスマスに正月もある。出荷量が増えるぞ。では、解散。ゲルゲが何故か知らんが山ほど豚汁を作っているので、希望者は飲んで行ってくれ」


 春日大農場は一致団結。

 これまで築き上げてきた絆はどんな危機でも揺らがない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは魔王城。


「なんですと!? 冗談ではないのだよ!! ベザルオール様!! 私は現世に移住したいのですが!! 声優さんのリアルイベントが来年の年明けから続くのです!! もう3月の分まで予約しているのに!! 嫌なのだよ! 2月上旬で世界が終わるなどと!!」


 狂竜将軍・ガイルが部屋から出てきてジタバタしていた。

 ベザルオール様はアイスボックスを開けて、ドリンクバーでスプライトを流し込まれておられるところ。


「くっくっく。落ち着くが良い。我が忠臣。だった事もあるガイルよ。卿の気持ちも分かる。が、余とて何もせずにやられるつもりはない。魔王城の中では、まだ卿に敬意を抱く者もいる。ここは堂々とした態度を取ってくれぬか」

「嫌でございます!! 私はもうこんな血生臭い生活はうんざりです!! 声優さんの追っかけしながら生きていきます!! 現世に行く!!」


 通信指令・アルゴムが立ち上がった。


「ガイル様」

「何なのだね、アルゴム!!」



「お黙りなさい!! あなたは、いつもいつもワガママを言って! ベザルオール様が頑張ると言っておいででしょうが!! であれば、黙って付き従うのが臣の務め!! そもそも! あなたは貯金もないし、現世のツテも鉄人様しかおられないのに!! 仕事もしてない、資格も持ってない、コミュ力はなくなった!! どうやって現世で生活していくおつもりですか!! 現実的に考えてください!! 嫌だ嫌だと駄々をこねるなら子供だってできます!! 魔王城の子供たちも覚悟を決めているのです!! 恥ずかしいですよ、私は!! あなた、いつから出番を貰っていると思っているんですか!! そんな事だから太るんですよ!!」


 アルゴムお母さんの雷が落ちた。こんな時まで属性攻撃を順守するアルゴム。



「くっくっく。アルゴム。ちょっと言い過ぎでは」

「ベザルオール様は甘いのです!! ガイル様は何度だって立ち直るきっかけはあったのに!」


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!! もうアルゴムなんて知らないのだよ!! もう知らないのだよぉぉぉぉぉ!!」

「くっくっく。ああ、ガイルよ。待つのだ」


「追いかけてはなりません! ベザルオール様!!」

「くっくっく。しかし。ちょっと可哀想ではないか」


「これもガイル様のためです。晩御飯は私が責任持って、ガイル様のお部屋の外に置いておきます。……それから、5000円ほど電子マネーをチャージして差し上げましょう。しばらくは気まずくて出てこられないでしょうし」

「くっくっく。アルゴムが完全にママで草。余もトレーニングに参るか。くっくっく。スマホでプライムビデオを視聴しながら、魔力を高めるとする。くっくっく」


 コルティオールの太陽が2つ並んで沈んでいく。

 だが、落日ではない。


 太陽は再び昇るのだ。


 最期の2か月編。

 スタートである。

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