第269話 発動! 究極転移魔法!! ~問題の先延ばしだって立派な解決方法だと胸を張る男たち~

 バーラトリンデが地獄になった。

 地獄の1丁目では、かつて大魔王すらコントロールしていたエネルギー生命体が自由を奪われていた。


「へー。つまりあれかい? ノワールちゃんがわたしにそのアリナミンを憑りつかせて? それでわたしが覚醒したって言うのかい?」

「あ、アリナミン? わたくしが原に送り込んだのは分体ですわよ?」


 原さん、未だにノワールを両手でがっちりホールド中。

 もう1時間ほどになるだろうか。


 原さんがノワールの存在に慣れ始めた結果、存在の序列がハッキリとし始めていた。



「アリナミンだろ? わたし、元気が欲しい時はアリナミン飲むもの。あれキクんだよねぇ。ユンケル高いし。で? わたしに何を憑りつかせたの?」

「アリナミンですわ!!」



 完全にやっちまったノワールさん。

 思えばかつての大魔王ベザルオール様も、現世から魔王候補を召喚するガチャをしていた時期があった。


 結果、鬼窪玉堂が猛威を振るうも黒助にボコられて善玉化。

 茂佐山安善はダメな感じから黒助にボコられ、挙句ノワールの傀儡となったのちにもう一度ボコられる。


 今はオークの里で元気に暮らしているらしい。

 勝率は5割か。


 ノワールの戦績は結構酷い。


 ベザルオール様とコルティ様。この2人が当たり。

 以降は振るわない。


 亀は強いが制御できず、どんどん変態を繰り返す。

 ヨシコは一瞬期待させられただけに、おかん感が強すぎて今ではコルティ様のおかんになっているため、バーラトリンデ的には当たりだったがノワール的にはかなりのマイナス。



 原さんはまだ審議中だが、審議の結果を待つまでもない気がする。



 そこにやって来た、最強コルティオール男子チーム。

 岡本さんは疲労の色が濃すぎるので、鉄人が覚えたての空間魔法を駆使して転移完了。


「岡本さん。あちらの女性が?」

「ええ。うちの支店長です。原辰子さん」


「くっ……!! 確かに感じる!! 凄まじい農協パワーを……!!」

「はい。私の農協パワーをはるかに凌駕しておられます……!!」



 変なパワー数値を出さないで頂きたい。超人パワーみたいに言うな。



 前衛を務める黒いツナギでバッチリ決めた春日黒助。

 なお、この場には黒い亀と、黒がパーソナルカラーのノワールもいるので、全体的に黒が多い。お通夜だろうか。


 岡本さんは通信空手の使い手でもあり、空間魔法も使用できるため中衛。

 後衛に魔法を駆使する春日鉄人と大魔王ベザルオール様。


「べ、べべべべ、ベザルオール様ぁ!?」

「くっくっく。そなたはコルティさん。すまぬ。余はあなたの事をついに思い出せぬまま。それで不快な思いをさせている事も承知している」


「しょぉうあうぇぇぇぃ!!」

「コルティ。今のはなんだい?」


「あ。すみません。ベザルオール様と久しぶりにお話をしたもので。色々と昂ってしまいました」

「まったく。困った子だよ。……孫が見られそうだね!!」



「ば、バカぁ! ヨシコ! あなたぁ!! バカぁ!! もぉ! バカぁ!! ふへへへっ!!」

「うけけけっ。コルティ様の笑顔を見られて、アタシは満足でゲス!!」


 確かに感じる女神の血脈。拗らせていた頃のミアリス様の波動とジャズっている。



 息を吹き返すバーラトリンデ軍。

 だが、肝心の救世主ポジションであるはずのコルティオール男子の顔色が優れない。


「くっくっく。コルティさん。余はこの戦いで死ぬかもしれぬ。だが、もしも生き残れば。余は……。あなたと再び、思い出を作りたいと思っておる」

「ひうぅあぁぁぁぁぁい!! ポンモニ。ヨシコ。コルティは今日、お嫁に行きます」


 亀が思わず叫んだ。


「コルティ様!! 私とのお付き合いは遊びだったのか!?」

「だぁぁぁぁまぁぁぁぁれぇぇぇぇぇ!! ぶち殺しますよ、亀ぇぇぇぇ!!!」


 亀。戦績が更新される。

 3戦3敗。3完封負け。


 これには亀も捨て台詞。



「い、色気づいてんじゃねぇぞ!! このババア!! 年齢考えろ!! ババアぁ!!!」


 多分、結構な数の人がそれは思っていたはずなので、亀が初めて信任を得られるかもしれない発言をした。



 諸々のイベントが済んだのを確認したらしく、原さんが一歩踏み出した。

 手にはミニノワール。コメダ珈琲かな。


「ピーピーうるさいねぇ。わたし、恋バナは好きだけどね? 成就するタイプの恋バナは嫌いなんだよね? おじいさんとお嬢さんは、なに? これからイチャラブするの?」


 まごう事なきラスボスの風格であった。

 圧倒的なの農協パワーに一同は言葉を失くし、呼吸すら忘れる。


「ふんっ!! 『農家のうかパンチ・地走クエイク』!!!」


 だが、この男は違った。

 春日黒助。圧倒的な農協パワーに立ち向かう。


「いい面構えじゃないの。あなた、その恰好。農家だね?」

「……違います。俺は趣味でツナギを着ている、ただの一般人です!!」


 農協パワーを跳ね返すには、「農家である事実を捨てる」ことであると判断した黒助。

 農家の誇り?


 命と就労継続のためならば、誇りなんか捨ててしまえば良いのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助は肉体を80パーセントまで解放する。


「良いか。聞け、お前たち。俺がこれから、あちらの気品溢れる方に特攻を仕掛ける。あちらの麗しいご婦人がお怯みになられたら、鉄人。そして岡本さん。迷わず転移させてくれ。恐らく、一度しかチャンスはない。この好機を逃せば、最初に俺が死ぬだろう。じいさん」

「くっくっく。何でも申すが良い。我が友よ。この全知全能の大魔王。何でも卿の望みを叶えようぞ」



「そうか。なら、俺とポジション変わってくれ」

「くっくっく。空気ぶち壊しでバルス。それは無理。余はパワータイプではない。黒助の代わりに特攻したら、途中でバラバラになって死亡フラグ回収乙な件」



 黒助は「ふっ」と笑った。


「では、じいさん。あんたは俺たち以外の全員を守れ。ずっとコルティオールのために生きて来たあんただ。できるだろう?」

「くっくっく」



「くっくっく。あれ? これってラストバトル? なんか感動的なセリフの応酬やん?」

「ヤメろ。そんな事をじいさんが言うと、シレっともう少し続け辛くなる」



 黒助は言い終わるとすぐに地面を蹴った。

 卑怯などと言ってはいられない。なりふり構うシーンでもない。


 一瞬で原さんの眼前に移動した黒助。

 だが、その動きを完全に捉えていた原さん。


「あらぁ。速いねぇ、坊や。おばさん一瞬見失っちゃったよ」

「くっ! やはり、この程度では陽動にもならんか!! しかし!! 狙いはこいつだ!!」


 黒助は最初から原さんに何かするつもりはなかった。

 事情を聞いた上で、確信はないものの「賭けるならここしかない」と判断した先は。


「ふぎゅっ!! え゛っ!? の、農家!! なにをして!? 何故わたくしを掴むのです!?」

「久しぶりだな。不思議生物。聞くが、この凄まじい農協パワーの発現。きっかけはお前だな。では、まだ不安定であり、お前を引き離してしまえば。効果が薄くなるのではないか!! 頼むぞ!! いけぇぇぇ!! 『農家のうか特大遠投レーザービーム』!!!」


「ひゃぎぃぃぃぃぃ!! こ、こいつ!! 相変わらずとんでもない事をしますわよ!?」

「あら? わたしはミミズをライターで熱したアスファルトの上に並べていたはずなのに? 何してるんだっけ? ここはどこ?」


 全然悪の心が抜けていないのですが、それは。


「鉄人! 岡本さん!! 頼む!! じいさんも頑張れ!!」


 黒助の合図で3人が動いた。


「よいしょー!! 岡本さん! 僕がノワールさんの空間を切り取りますから!!」

「分かりました! では、私が力を振り絞り、転移させましょう!!」


 ベザルオール様はクイックルワイパーを地面に突き立てる。


「くっくっく。各々方。しばし動くでない。余が全知全能である証をここに立てよう!! 全員の無傷!! それこそが証明よ!! かぁぁぁぁぁ!!」


 防御シールドが顕現。


 鉄人は既にノワールを捕獲したのち、空間断絶処理を済ませている。

 後は仕上げの転移魔法。


「ひぃぃぃぃぃあぃやぃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!! 『究極転移術式ニドトカエッテクルナ』!!!」


 原さんと亀の身体が宙に浮いて、ノワールを覆っている断絶空間に取り込まれる。

 そのまま、音を立てずに彼らは姿を消した。


 その反動で、バーラトリンデに猛烈な爆風が巻き起こる。

 農家にとって嵐は天敵。


 だが、嵐に打ち勝ち続ける事で真の農業強者へと成るのだ。

 彼らに乗り越えられない嵐など、もはやあるはずないのである。

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