第268話 コルティオールに激震走る ~農協の偉い人が敵になった事実~

 その頃。コルティオールの春日大農場では。


「ゲルゲ。お前の豚汁は既に商品として売りに出しても良いレベルに到達したと思うのだが。農家と言えば麦茶か豚汁が飲み物と決まっている。……出してみるか? ゴンゴルゲルゲの豚汁を」

「な、なんともったいないお言葉……!! よろしいのでありまするか? ワシのようなものがブランドになるなど!! ここはミアリス様あたりに際どい恰好をして頂いて、ギリギリのサービスショットでパッケージを飾って頂くなどの方が……!!」


 豚汁を商品化しようと黒助が暗躍していた。

 こんなに綺麗な暗躍もそうないだろう。


「ゲルゲ。それはな、20年前の発想だ。今は令和だぞ。そういうセンシティブ部分を突くのはヤブヘビどころではない。高速道路で90キロ出しながらサービスエリアの入り口でノンブレーキ左折するようなものだ。……死ぬぞ?」

「も、申し訳ございませぬ!! ワシ、ワシは……!! 自信がなかったのです! 長らく出番も失い!! かつての盟友たちも今ではすっかりただの農家!! ワシはその筆頭!!」


 ゴンゴルゲルゲは旧女神軍の幹部で1人だけ3桁年齢の男。

 他の乙女たちはミアリス様の22歳が一番年上であり、これは悲しい悩みが発芽しても致し方ないかと思われた。


「ゲルゲ……。聞くが。ん?」


 母屋の庭で日光浴をしていたモルシモシが「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」と鳴いた。

 いつになく切迫した叫び声である。


「ゲルゲ。話は終わりだ。お前は頑張れ。俺は応援してる。いいな?」


 なんだかおざなりに炎の精霊のお悩みパートを終えた黒助はモルシモシの頭を優しく撫でる。

 なお、モルシモシの通話口は脳天にあるので、優しく撫でると喜んで通信状態になってくれる。


「もしもし。俺だ」

『くっくっく。こちら余である。余、余である』


「じいさんか。どうした」

『くっくっく。スルーされてぴえん。黒助よ。先ほど、バーラトリンデの衛星上に凄まじい魔力が確認された。驚かないで聞いて欲しいの。くっくっく。解析の結果、虚無のノワールのものだと判明した』



「そうか」

『くっくっく。ガチで驚かなくて草。驚かないでって前置きして、本当に微動だにされなかった時の気持ちを余は理解した。そこはかとなく切ない』



 今度は黒助がベザルオール様に語りかける。


「まあ、別に驚く事ではあるまい。じいさんとコルティが1500年も影響を受けていたガスの塊だろう? それほどの力があれば、まあ生きている事も想定できる」

『くっくっく。余が思いのほか黒助に評価されててトゥンク。ペロッ。これは恋』


「それで? 攻め込むのか?」

『くっくっく。発想が昭和のヤンキー漫画で大草原。しかし、捨て置けぬのもまた事実。こちらにタイミングよく鉄人が来ておる。一度、卿も魔王城に来てはくれぬか? 対処を話し合いたい。ファンタレモンとスプライトがドリンクバーに増えたよ』


「よし。分かった。すぐに向かう」


 そこまで言ったところで、空間が歪む。

 これは時空転移の現象であり、使い手は1人しかいない。


「待て。じいさん。岡本さんがいらっしゃった」

『くっくっく。自分、敬礼しますわ』


 岡本さんがやって来た。

 ボロボロになってやって来た。

 黒助の心臓を止めにやって来た。


 次長は叫びに似た声で黒助に告げる。


「春日さん! 力を貸して頂けませんか! 緊急事態なのです!!」

「分かりました。すぐに向かいましょう。魔王城に寄ってください。俺の弟とじいさんを拾います」


 理由を聞かず、黒助はすぐに応じた。

 これかれの長所であり、セクシーポイントでありセックスアピールでもあるのだが、今回はこれが猛烈に裏目となる。


 事情は諸君も知っての通りである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 岡本さんは空間転移術式を連用した。


 バーラトリンデから春日大農場に転移して、魔王城に転移したのち再びバーラトリンデへと舞い戻る。

 いかに無敵の岡本さんとは言え、これほど短いスパンの連続転移は肉体に相当な負担が襲い掛かる。


「はぁ……はぁ……」

「岡本さん! おい、じいさん! なんか飲み物をくれ!!」


「くっくっく。かしこまり。麦茶とアクエリアスがある」

「よし。どっちも差し上げろ」


 岡本さんはアクエリアスで潤いをチャージしたのち、サブレーをかじった。

 ご存じだろうか。


 農協では、在庫過多になった商品を職員が自費購入する事がままある。

 よって、農協職員が家族に含まれる家庭では、特に年末や決算期、年度末などに謎ブランドの商品が押し寄せて来るのが風物詩となるのだ。


「くっ! このサブレー!! なんてパサパサしているんでしょうね!! くっ!!」


 黒助、鉄人、ベザルオール様が戦慄した。

 岡本さんが、農協のプライベートブランドを貶したのである。


 これはもう、まごうことなき事件。


 さらなる凶事を知らせる死神の笛。

 岡本さんは3人に詫びた。


 「申し訳ありません……! 3人の退路を断った状態で、このようなお知らせをすることを……!! 許してください……!!」と、消え入りそうな声で謝罪する。


 ここはバーラトリンデの極南ポイント。

 創始者の館から最も離れている地点である。


 岡本さんは原さんとの距離を確保していた。


「兄貴? これはただ事じゃないよ?」

「ああ。覚悟しておこう。何やら、鬼が出るか蛇が出るかの範疇に収まらんものが待ち構えていそうだ」


 岡本さんは言った。

 是非もない。言うしかないのである。


 現状の打破が可能かもしれない者は、この3人の男たちしかいない。

 もはや自身の命運が尽きた以上、コルティ様たちバーラトリンデの民を助けるためには、彼らを頼る以外の道はもう残されていないのだ。


「皆さん。……時岡農協の支店長が、どうやらノワールさんの毒気に侵されました。私ではもはや制御できません。一緒に戦ってくださいますか!?」



「……おい! じいさん!! 離せ! 手を離せ!! 俺は農場に帰る!!」

「くっくっく。離すわけがねェんだよなぁ!! 卿! ズルいではないか!! 卿は単身で宇宙空間を航行できるが!! 余には無理!! 余を置いて行かないでくれ!!」



 同時にログアウトしようとする最強の双璧。

 彼らは知っている。


 農協の支店長がどれほど偉いのかを。

 農協の偉さはそのまま、強さの序列である。(民明書房出版・『よく分かる最強の組織』より抜粋)


「……おっ! イケる!! 兄貴! ベザルオール様!!」


「どうした、鉄人!! じいさんを昏倒させてくれるのか!?」

「くっくっく。やらせるかよぉ! クロちゃん、余をスケープゴートにする気しかないやんけ。冗談やないで、工藤。こんなところで死んでたまるかい」


 朗報がもたらされる。

 ニートはついに名実ともに賢者の位へ。



「岡本さんの魔法真似してたらさ! なんかできそう!! 空間魔法!!」

「くっくっく。……黒助ぇ! 余の服から手を離せ!! 余は後期高齢者!! まず避難すべきはお年寄りである!! 卿は若いし体は丈夫で、ガッツもある!! 第二便にせよ!!」



 希望の光が急に近くで輝き出しので、ベザルオール様がゲットしました。

 だが、希望の光は誰かのものではなく、みんなのものなのである。


「岡本さん。僕、思ったんですけどね」

「なんでしょうか、鉄人さん」


「僕と岡本さんの空間魔法で、ノワールさんはもちろん。亀さんと支店長さん。全部纏めて、どこか適当な星にでも転移させて時間を稼ぐのはどうですか?」

「て、鉄人さん……!! あなたって人は……!! 私、この戦いが終わったら、あなたを人事部に推薦します!! 一緒に次の時代の農協を支えましょう!!」


 春日鉄人。ここに来て究極の善玉へと眩い光を放ち始める。

 こうなれば話が変わる。


 黒助は愛する弟を見捨てて逃げられない。

 ベザルオール様も同様であり、自分を慕う孫の1人である鉄人を無視できない。


「じいさん。俺が死んだら、灰は畑に撒いてくれ。せめて、野菜の栄養になりたい」

「くっくっく。黒助。死ぬときは一緒である。冥府へ共に参ろうぞ」


 覚悟完了。

 いざ、悪魔の巣食う地へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る