第267話 時岡農協支店長の原さん ~虚無のノワールさん、際立ってヤベー人に力を与えてしまった事実を知る~

 時岡農協支店長。

 はら辰子たつこ。59歳。


 家族構成は夫と娘の3人暮らし。

 夫も農協の職員であるが、現在は一度定年退職したのち嘱託職員として再雇用されている。


 娘は27歳の会社員。

 婚活サイトとマッチングアプリがあれば三連休だって退屈しない。


 余談だが、農協という組織で女性が支店長に就任するケースは稀である。

 広く女性の幹部を育成すると宣言しているものの、部長職以上の女性比率は約4パーセントしかないという事実。


 なお、それは諸君の生きている時空の話であり、こちらの時空はどうなっているのかは分からない。

 農協と言うのはそもそも架空の組織なので、本当にちょっとよく分からない。


 原さんはむちゃくちゃ偉いのである。

 次長の岡本さんよりも、ずっと。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あらぁ!! なんかねぇ! 肩凝ってたんだけど、すっかり楽になったわぁ!! で、ここはどこなのかしら? 岡本くん?」

「は、ははっ!! こちらは、バーラトリンデと言う土地でして! 異世界です!!」


「あーあー! なるほどねぇ!! それって、プサンとどっちが遠いの? BTSのね、コンサートに今度行こうって娘と話しててね! どっちが遠いの?」

「……BTSのコンサートの方が、遠いです」


 原さんはバチンとふくよかなお腹を叩いて「なるほどね!!」と納得した。


「岡本くんが時々提出してた、謎の土地かー!! あらぁ!! 良いとこじゃないの!! ねぇ!」

「は、はい」


 委縮する岡本さんを見て、コルティ様はじめバーラトリンデ軍の幹部たちは絶望する。

 「岡本さんが跪いて頭を下げる」と言う事実だけで、5回絶望して、7回現実逃避して、9回Lemonの冒頭が歌える。


 それは亀も同様であり、彼の中で脈打つノワール分体と野生の習性の双方が「この方に逆らってはならない」と警鐘を鳴らしていた。


「……あなたは、破壊の神か?」


 亀も跪いて原さんに尋ねる。

 原さんは答えた。



「うわぁ!! なにこれ!! 気持ち悪い!! 岡本くん!! これなに!? ゆるキャラ!?」

「ゆ、ゆるキャラです……」


 亀はゆるキャラでした。



「ははぁー! バーラトリンデって言った? ちょっとセンス悪いねー!! ええー!? これ、いくらで作ったの!? 出資者納得してる!? リテイク出した? その前に、見積もりちゃんと見た? ダメよー。こんなの発注したら! 組合員がリコールって騒ぎ始めるわよ!! ねぇ! 誰!? 責任者!! ちょっとー!!」


 ヨシコが無言でコルティ様の肩を叩いた。


「ひっ!! わ、私を売るのですか!? ヨシコ!?」

「……バカな子だよ!!」


 そのままコルティ様を抱きしめるヨシコ。

 続けて彼女は言った。


「お母さんが娘を売る訳ないだろ!! コルティ!! 安心しな!! あたしが守るよ!!」

「よ、ヨシコ……!! いえ、お母さん……!!」



 なんだか感動的なシーンが誕生したが、この2人、別に母娘ではない。



 身を屈めてギュッと身を寄せ合うコルティ様とヨシコ。

 そんな2人に原さんもにっこり。


「あらぁ! 仲がいいねぇ!! ……で? 責任者は?」

「コルティ! 呼んでるよ!!」

「ええ……。あなた、とんでもないですね。あ。はい。私です」


「で?」

「あ、はい。えっ!?」


「畑ないの?」

「え。いえ。あの、ゆるキャラのお話は?」


「ゆるキャラ!? 何の話してるの!!」

「ひっ!! す、すみません。畑はありません。ごめんなさい」


「ああ。そうなの? じゃあね、そこからそっちの土地。うちが買うから。農地にしたらね、そっちに貸し出すから。契約書、これ。いいね?」

「えっ。えっ。あの、この星は開墾に向かないと思うのですが。そ、それに、私たちの土地を買い取って、それを私たちがお借りするんですか?」


「そうよ。普通の事よ? 割とよくある。ネットで調べてみなさい」

「ゲス! ……ゲス」


 復元された創始者の館にあるタブレット端末で検索した結果、なんだか不穏なページが表示されて速やかに電源を落としたアルマジロさん。

 何事においても前向きなポンモニが初めて下を向く。


「はい。契約書」

「お、お待ちください!! 支店長!!」


「岡本くん? なに?」

「少しばかり、強引なのではと思いまして!! 良くないと思います!!」


「……よく聞き取れませんでした。もう一度やり直してください」


 アシスタント機能のエラーみたいな事を言い出した原さん。

 反旗を翻した岡本さん。


 戦局は混迷を極めるが、さらに元凶もやって来る。

 やっと最終章らしくなってきた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 宇宙空間にいるノワールさん。

 あまりの事態に困惑しながらも、SSRどころか最高レアキャラである原さんを懐柔すべく戦場へ向かう決断をくだしていた。


「仕方がないですわね!! 12センチしかないですけれど、どうにか人型を保てるようですので!! この肉体で現場へ向かいますわよ!! なぁに! わたくしの分体が3つも入った、しかも人間ですもの! 魔力を浴びせてやれば、コロリですわよ!! ふふふっ! あーっははは!! これでわたくしの復活は決定的!! 最強の眷属もゲットですわ!! コルティはもちろん、ベザルオールだって霞むレベルの最強格!! あっははは!! 今度こそ! わたくしの理想を叶えるべく恒久的な歯車になって頂きますわよ! コルティオール!!」


 ノワールさん、顕現は先延ばしにしてとりあえずミニノワールとしてバーラトリンデに転移する。


 酷い目に遭うのか、遭わないのか。

 どっちなんだい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 と言う訳で、再びバーラトリンデ。


 向かい合う岡本さんと原さん。

 竜虎相蔚つ時は今。


「一度、時岡支店にお帰りください!! そうすればきっと悪い夢も醒めるはず!! 原さん! あなたは今、よくないものに憑りつかれておられます!!」

「岡本くん。今のセリフ、ボイスレコーダーで録ったよ?」


 岡本さん、退路がなくなる。


「ひ、ひぃえいぃやぁあぁぁぁぁぁぁっ!!! 転移させます!! お許しを!!」

「あらぁ!! なんか体が引っ張られる!! なにこれ!? はっ!! わたし、痩せたかしら!?」


「な、なんということでしょう。私の空間魔法が発動しない……!!」

「あっ! あああああっ!! せっかく纏まってたヘアースタイルが! ええい! 鬱陶しいわねぇ!!」


 ドンッと原さんが地面を踏むと、空間に干渉していた岡本さん魔力が粉砕された。

 これまで最強を誇って来た岡本さん、あっさり敗れる。


 出て来る間を見計らっていたノワール、ここぞで出現。


「素晴らしいですわ! 原!! あなたを見初めたのは間違いではありませんでしたのね!! さあ、わたくしの手をお取りなさい!! これよりあなたを最高のステージへとご案内いたしますわ!! あら? さあ!! ん? さあ!!」

「うるさいね!! なに、これは! あれだ! バーチャル何とかってヤツね!! うるさいねぇ!! パソコンから出て来たの? 今の技術ってすごい! でもうるさい!!」



「うぎゅっ!!」

「あら。握りしめたら潰れたね」



 原さん、最恐への道を凄まじい速度で登り始める。

 力の根源であるノワールを握りつぶす。


「あ、危ないところでしたわ……! このサイズでしたから復元可能ですけれども!! 原ぁ!! 何を考えているんですの!? わたくし、あなたのうぎゅっ!! えっ」

「また出て来たねぇ」


 ノワールさん、再び捕まる。


「で? あんたのせいで、わたしはこんなところに来たの? なに? あなたはあれ? 髪が伸びる市松人形みたいなヤツ? 除霊しようか? わたし怪談好きだから」

「そもそも、どうして原はわたくしに触れるんですの!? 今のわたくしには実態がなく、概念の存在ですのに!! あ゛あ゛あ゛あ゛!! ちょ、痛い!! えええ!?」


 除霊されそうになるノワールさん。


「あらぁ! 本当に自分で喋ってるみたーい!! これ、声出してる子は誰?」

「……恐ろしい事になってしまった。時間を戻したい。ベザルオール様。私をもう一度、魔王軍に戻してください。このゲラルド、心を入れ替えます」


 どうやら、最終決戦の陣容が固まりつつある様子。

 なお、ここで言う農協と言うのは架空の組織なので、実在する組織とは一切関係ないので、その辺りをご理解いただけると幸いなので。


 退路はないのである。

 私もあなたも。

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