第266話 時岡農協次長の岡本さん、バーラトリンデに推参(2度目)

 岡本さんがやって来た。

 バーラトリンデにやって来た。

 時空を乗り越えやって来た。


「では! コルティさん! こちらの書類にご記入願えますか! 今回は初回サービスと言う事でしてね! 特別に実演いたしましょうね!! ひぃぃぃぃっ! やぇいぁいぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 光線状に変質させた魔力でバーラトリンデの空に円を描いた岡本さん。

 いつもよりも気合満点の叫び声と共に、魔力を発現。


「あ。岡本さんがやってくださるのですか。……館が凄まじい勢いで復元していますね。……ポンモニ? 私、とんでもない方を相手にこれまではっちゃけていたのですか?」

「ゲス! コルティ様の反骨精神をアタシ、尊敬しているでゲス!!」


 頭髪を振り乱しながら、岡本さんは魔力の放出を続けている。

 だが、すぐそばに股間を光らせる亀と言う、もはや字面の段階で正視に耐えない変態が変態した生物が仁王立ちしている。

 せめて足閉じろ。内股になれ。


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 私の覇道を邪魔するなぁ! 『万黒亀斉射ブラックカーニバル』!! ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ひぃえいぃやぁあぁぁぁぁぁぁっ!! 『決裁印シズカニシテロ』!!!」


 岡本さんの操るは空間魔法。

 最近は解釈を拡大して、空間に干渉する事で時間を巻き戻したり、同じく空間に割り込むことで対象の時空を歪め魔力を封じたりもできるようになった。


「ふぉぉっ!? ふぉっ!? どうなっている!! 私の股間大砲が!!」

「あなたぁ!! ちょっと色々ギリギリなんですよね!! いけませんねぇ!! 攻撃なさるのは結構ですが、せめて節度をお守りなさい!! しばらくそこで反省しておられると良い!! 私はこちらの案件にかかりますので!!」


 岡本さんは再び館の修復に戻る。

 既に7割が完了している。

 プレイステーションのシステムソフトウェアアップデートよりも早い。


「コルティさん! あなたは勘違いをしておられるようですねぇ!!」

「ひっ! す、すみませんでした。来年のカタログギフトのパンフレット、10冊ください……!!」


「なんと! ご慧眼ですね!! 後でお届けしましょう!! 途中になりましたが、私は農協の職員です!! 農協は全ての生きる人々の味方!! つまり、私はあなたの敵ではありませんよ!! コルティさん!! 農協とはそう言うところですので!! なーっははは!!」



 諸君。お聞きになっただろうか。

 そう言う事である。



「素晴らしいお考えでゲス!! アタシも岡本さんのように、広く清らかな思考を身に付けたいゲス!! どうすればいいでゲスか!?」

「そうですねぇ! ああ! そう言えばね、ポンモニさん! うちの支所、中途採用の幹部候補生を募集するんですよ!! ……いかがですか? 私、プッシュしちゃいますよぉ?」


 コルティ様の唯一残った心の支え、流出の危機を迎える。


「ゲス……!! とても魅力的なお話でゲス!!」

「……ああ。私には止められません」


「コルティ!! 元気出しな!! 明日はこんにゃく煮るからね!! 大根とチクワ入れて!!」

「ヨシコ……。また茶色いご飯ですか。けれど。なんだか今は、そんなあなたも愛おしいです……!!」


「コルティ!!」

「はい!」



「お母さんって呼びな!!」

「いい加減にしてください。うっかり流されて呼ぶと思ったら大間違いですよ!?」



 母娘漫才をしていると、ポンモニが言葉を続けた。

 再びFA流出か、バーラトリンデ軍。


「アタシはコルティ様のお傍から離れられないでゲス! このように矮小で美しさなどない肉体でゲスが、コルティ様に頂いた、アタシ自慢の身体でゲス!! コルティ様がこの世界からいなくならない限り、アタシはずっと、この命尽きるまでお仕えするでゲス!!」

「ぽ、ポンモニぃ……!! あれ。待ってください。この流れは?」


 コルティ様、色々と経験を積んだことで世界の真理を少し理解し始める。


「私、死にますか? 世界から消えますか?」

「コルティ! しっかりしな!! 炊飯器も復元されたから! 炊き込みご飯食べな!!」


 コルティ様が復元炊き込みご飯を無言でモグモグし始めたタイミングで、創始者の館が完全に元の姿を取り戻す。


「こちら! 契約書の写しですので、大切に保管ください!! ああ! 等級は1つ下がってますよ!! 早速使用されましたので!!」

「えっ!? 今回はサービスでは? ……あ。すみません。何でもありません」


 コルティ様が急激に成長しておられます。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 亀もただやられてばかりではない。

 ノワール分体を体内に取り込むのはこれが2度目。


 実はコルティオールとバーラトリンデの両サイドを振り返って見ても、ノワール分体の複数食いは歴史上初めて。

 過剰なエネルギー供給は試した者がいないため判然としないが、恐らく受け皿になっている宿主に激しい負担が襲い掛かるはずであり、軽く見積もって爆発四散してのち内臓も歯の銀色の詰め物さえも残らず燃え尽きると思われる。


 だが、亀は存命。

 それどころか、前よりも元気。


 これは、ノワール分体に亀が適合した事を意味する。


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! この程度でぇ!! 私のハーレム計画が破れるなどと、思ってくれるなぁぁぁぁ!! 『亀は万年マンパワー』!!!」


 さらに迸る魔神の魔力を高めた亀。

 岡本さんの空間魔法の呪縛を打ち破る。


「これは驚きましたねぇ! 私、自分の魔法を打ち消されたの初めてですよ!! ……本気を出しましょうかねぇ?」

「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 岡本さんが一九分けで常に色々隠している頭髪を乱暴にかき上げると、なんだかスカスカしたオールバックになる。

 これが岡本さんのパーフェクトバトルフォーム。


 地獄への扉が開いた瞬間だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の宇宙空間。


「はぁぁぁぁ!? また出ましたわよ、このハゲぇ!! 岡本ぉぉ!! あいつ、なんなんですの!? おかしいですわよ!! 魔力の扱い覚えて1年ですわよ!? どうしてそれで、ベザルオールやわたくしさえ凌駕する使い手に!? まずいですわ! あのように卑猥な亀でも、今のわたくしにとっては命綱!! それを切らせる訳には!! げ、現世! 現世を見ます!! 岡本は農協職員! つまり、岡本よりも優れた職員を! あっ! これ良いですね! これぇ!! なんかギラギラしてますわよ!! もう絶対、これですわ!! かなり魔力を使いますが、致し方ありませんわ!! まず、分体を!! 2、いや! 3体!! 死んだらお葬式の費用持ちますから!! ……あ。ものっすごい自然に取り込みましたわね? えっ。怖い。大丈夫ですの? あ、後には退けませんわ。では、転移させますわよ!! バーラトリンデにいる亀の魔力を座標に固定! 後は野となれ山となれですわ!! もう、再生される肉体に何が付いても後悔しませんの、わたくしぃ!! うおりゃぁぁぁ!!」


 ノワールさん、せっかく回収した魔力の3割を消費して大勝負に打って出る。

 目標は岡本さんと同じ、農協職員。


 吉と出るのか凶と出るのか。

 ノワールの希望を過積載した、最恐最悪の戦士が爆誕するまであとわずかしかない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 バーラトリンデの空に暗雲が広がる。

 コルティ様が不思議がった。


「ど、どうして雲が? バーラトリンデの大気には雲など生まれる余地はないのに」

「ゲス!! 凄まじい魔力!! ヨシコ!! コルティ様を!!」

「任せな! コルティ!! 地面に埋まるんだよ!!」


「えっ!? ちょ、ヨシコ!? ま、待ちなさぐぇあっ!!」

「コルティ様! 緊急事態でゲス!! お許しをでゲス!!」


 バーラトリンデが揺れる。

 少し離れた地点に他の民を避難させていたゴリアンヌとイラミティも不安そうに空を見つめていた。


 灰色の雷が落ちる。

 そこには煙と共に立ち上がる1人の女性がいた。


「ううっ!! この圧迫感は!! 一体!?」


 岡本さんが気圧されてしゃがみ込んだ。

 未曽有の事態である。


「あらぁ? わたし、何をしてるんですかね? 支所の中庭で若い子たちがやってたバレーボールに、破裂しろ!! って念を送っていたはずなのに?」


 岡本さんがどうにか声を絞り出す。


「し、しぃ、ししし、はぁぁぁ!? ま、間違いな……!! し、支店長ぉ!!」

「あらぁ! 岡本くぅん!!」


 最強の人材が闇に堕ちた瞬間であった。

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