家の倉庫が転移装置になったので、女神と四大精霊に農業を仕込んで異世界に大農場を作ろうと思う ~史上最強の農家はメンタルも最強。魔王なんか知らん~
第263話 春日黒助の孤独のグルメ ~ここに来て1人回に挑む主人公~
第263話 春日黒助の孤独のグルメ ~ここに来て1人回に挑む主人公~
その日。春日黒助は時岡農協にいた。
「なっはっは! すみませんねぇ、春日さん! わざわざご足労頂いて!! こちら、確かに受け取りましたよ!!」
「いえ。書類に不備がありましたのはこちらの手抜かりです。岡本さんにもご迷惑をおかけしました」
春日大農場に加わってからそこそこ経つエメラルドのリュックたんとダイヤモンドのゴンツ。
彼らの共済の申込書に不備があると判明したのは昨日の事。
どうしてそこそこ時間が経ってから申込書の不備が判明するのか。
当然の疑問である。
だが、こう申し上げるしかない。
実に稀だがたまに割とよくある事なので、気にしてはいけない。
そして、「不備があるから修正に来い」と言われれば、行くしかないのである。
これ以上はいけない。
踏み込む者も踏み込まれる者も、そしてあなたも私もおねーさんも、だいたいもれなく命を落としかねない。
それでも深淵へと切り込みたい方は、自己責任と自己判断でお願いしたい。
なお、このケースで命を落としても恐らく共済は機能しないとだけ忠告しておく。
そんな訳で春日黒助は解放されたのだが、時刻は午前11時半。
普段は朝ごはんを山ほど食べてその日のエンジンを温める彼が、今日はリンゴとヨーグルトしか食べていなかった。
「腹が減ったな……」
こうなるのも致し方ない。
しばらく歩いた黒助は、とある食堂の前で足が止まる。
非常にいい匂いが、彼の鼻腔をくすぐった。
「帰っても昼飯は自分で作らねばならんか。なら、たまには外食で済ませるか」
暖簾をくぐり、店内へ。
春日黒助のちょっと贅沢な昼食の幕が上がる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
店員のお姉さんが気だるい感じでやって来た。
「いらっさーせー。水でーす」
「ああ」
コップから水が飛び散り、黒助どころか隣のテーブルにまで飛沫がかかる。
「こういう雰囲気。意外と美味いんだよな」などと、黒助が言うとお思いか。
この男は松重豊さんではない。
「店員さん。聞くが」
「あー? へーい。なんでしょーかー?」
「接客を担当する者がその態度はなんだ。俺は構わんが、まさか隣に座っている親子連れにもその態度で挑むつもりか。子供の頃の親との外食は得難い思い出になる。そのシーンを汚すのは良くない。俺に対しては唾吐いても構わんから、お隣に対してはきちんとしてくれ」
「あ。はい。すみませんでした。申し訳ありません。私、バイトだからって手を抜いてました。本当にすみません」
正論でまず従業員を勝手に教育する。
これが黒助のやり方。
「いや。分かってくれれば良い。俺も言い方がきつかった。すまん。これは先ほど、農協で買わされ……買ったものだ。良ければ、納めてくれ」
「いいんですか?」
「ああ。うちには30箱同じものがある。遠慮はするな。3箱やろう」
「ありがとうございます」
アフターケアでサブレーをプレゼントする事も忘れない。
メニューのないタイプの食堂のため、壁に貼ってあるお品書きを眺める黒助。
「では、ナスと豚肉の炒め物とコーンサラダ。きんぴらごぼうとレンコンの天ぷら。あと豚汁をもらおう」
「はい。オーダー承りました。こちらのテーブルのシミを数えてお待ちくださいませ」
やる気の無かったお姉さんが有名料理店の仲居さんみたいになっているが、これは恐らく元から彼女の持っていた資質がタイミングよく覚醒したのだろう。
なお、炒め物と豚汁で豚が被っているが、普通に黒助は把握しているので特にネタとして活かされる予定はない事を前述しておく。
しばらく待っていると、料理が一気に運ばれてきた。
隣の席の親子連れにもサブレーを2箱ほどお裾分けしていた黒助に隙はない。
同時に注文すると一斉攻撃仕掛けられて何かしらがぬるくなってしまうのは食堂あるある。
「ふむ。なかなか美味そうだな。まずはサラダか。……ほう。すまんが、店員さん」
「あ。はい」
「サラダに卵の殻が入っていたのだが。せめて卵が使われている料理でやってくれんか。これはさすがに看過できんぞ」
「すみませんでした。すぐに調理した者を連れて来ます」
味の感想を言う前に、またしても
これには店主も恐縮して登場。
「も、申し訳ございません!! 私、疲れておりまして!!」
「店主。聞くが、疲れている事を理由にミスを謝罪するのはいかがなものか。世の中、誰しもが疲れている。その言い訳は、同じく汗を流している者たちへの冒涜になる」
「えっ、あっ!! 申し訳、申し訳ございません!! そのようなつもりは……!!」
「いや、すまん。俺も言い方が悪かった。店主に悪意があったとは思っていない。俺に対する申し訳なさを表現したかったのだろう。だが、この店には仕事の合間に食事を済ませるお客も多くいるだろう。彼らの気分を害するような事を言うのは、店主。あなたの得にもならんし、せっかく美味い飯を出しているのに評判を落とすこともなかろう。さあ、頭を上げてくれ。そしてこれはサブレーだ。3箱ほど持って行くと良い。あと、美味い飯と言ったが、俺はまだ一口も食っていない。もう食って良いか? 豚汁がガンガン冷えている」
全然グルメ感を出してくれない春日黒助。
この男を単体で1話回そうと考えたこと自体が驕りだったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「お会計。2180円になります」
「特に安くもなければ高くもないな。だが、美味かった。これはサブレーだ。あと5箱あるから、ついでに受け取ってくれ。邪魔で敵わん」
「ありがとうございました」
「ああ。多分もう来ることはないと思うが、良い店だった」
結局食事シーンを1度も見せずに食堂を後にした春日黒助。
「腹は膨れたな。……ああ。そうだった」
黒助はラインでメッセージを共有する。
『おい。インターネット班。食べログとか言うヤツがあっただろう。あれで、俺が今飯を済ませた食堂を評価しておいてくれ。よく分からんが、美味かった。最強美味かったで評価を頼む』
この謎のオファーが、コルティオールインターネット班に火をつける。
『くっくっく。かしこまり。明日アルゴムと一緒に行こう』
『黒助さんがうめぇって言うからには、ぜってぇ美味いんだな!! 配信でそこの話してもいいっすか? 大魔王、テイクアウトよろな!!』
『今からセルフィちゃんと一緒に行くよ。やっぱ、自分で食べて評価しないとねー』
インターネット三銃士によって、この食堂は一斉に評価される事になる。
コンピューターおじいちゃん。ベザルオール様。
非実在女子高生インフルエンサー。リュックたん。
全部のSNSツールの総フォロワー50万人超え。春日鉄人。
この3人がほとんど同じタイミングで「あそこ、うめぇぞ!!」と発信した情報は、電子の海を躍動したのち時岡市民の間でも急速に広まっていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後。
春日大農場の母屋では。
「あれ? ねぇ、黒助? ほら、わたしのスマホ見てよ。これってあんたの家から近いんじゃない? なんか、すっごい評判らしいわよ。この食堂」
「ほう。そうなのか。大したものだな」
「ねー。おっ。結構美味しそうじゃない。黒助、行ったことないの?」
「どうだったかな。俺はあまりどこで何を食ったと記憶するタイプではないからな。若者らしく写真でも撮れば良いのかもしれんが」
「あははっ。確かに、黒助がご飯の写真撮ってSNSにアップしてって、なんか想像つかないわねー」
「そうだろう。俺も同意見だ。しかし、そんなに評判なのか。ミアリス。次の休みにでも、一緒に行ってみるか?」
「いいの!? 行く、行く!! オシャレなディナーも良いけどさー。こういう、飾らないお店でご飯って言うのもなんか良いわよねー。落ち着くしさー」
「そうか。……よく見ると、農協に近いな。ちょっと嫌だ」
記憶がリセットされた黒助が食堂に女神と共に再度降臨するのは週末の予定である。
今日も時岡市は平和であった。
なお、孤独のグルメに欠片も似なかった件については、後日の課題としたい。
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