第262話 大魔王・ベザルオール様、現世のカラオケに出陣なされる!! ~ついに春日家日常回の並びで顔を出されるようになった大魔王~

 コルティオール。

 春日大農場の転移装置前では。


「くっくっく。卿ら。準備は良いか。我らはこれより、現世へと侵攻を開始する。くっくっく。余は全知全能たる大魔王。いつまでもコルティオールに留まっていると思うのは、現世の民の驕りである。くっくっく」


 ベザルオール様。現世へと打って出られるおつもりらしい。

 傍に控えるのは。


「ベザルオール様!! 既に諸々の準備、整ってございます!!」


 魔王軍不動の忠臣、もはやナンバー2どころか魔王軍の唯一残った実務担当。

 通信指令アルゴム。


 普段は魔王城から出ないこの男が、今回は前線へと赴いていた。


「くっくっく。これより、現世へと打って出る。準備は良いようだな」

「もちろんでございます!! お財布の中には日本円をたっぷりと。常備薬は各種ピルケースに収納済み。水筒と軽食もございますが、目的地に着いたのちフロントに預けます。ルールですので」


「くっくっく。そうか。さすがは余の得難き忠臣。アルゴムよ。では、準備は整ったと言う事で良いのだな。くっくっく」

「うっせー! 早く行けよ!! なんで私まで巻き込まれてんだよ!! おめーらで行けよ!! 私、せっかく休みなのに!!」



「くっくっく。リュックたん、グイグイ来るやん。せやかて、余さ、現世行くの久しぶりなんだもん。ちょっとドキドキするじゃん。なかなか行けないじゃん」

「だぁぁぁ!! あんた、何年生きてんだよ!! 私まだ17年だぞ!? こんなガキに尻叩かれて!! 恥ずかしくねぇのか!! 大魔王!!」



 ベザルオール様は申された。


「くっくっく。全然? 何なら、リュックたんいないとこのまま、準備はできたかの件であと2時間は消費する予定であるが?」

「であるが? じゃねぇ!! あっちで未美香が待ってんの!! 早く行けよ!! テスト終わって休みだからって言って、私に付き合ってくれてんだぞ!!」


 本日。

 ベザルオール様一行は現世でカラオケに興じるご予定である。


 元々は春日鉄人プレゼンツだったのだが、彼は現在風邪を引いて自宅療養中。

 だが、案ずるなかれ。


 セルフィちゃんと柚葉さんのダブル看護体制という、割とボーナスステージにいる。

 転んでも怪我しないどころか、新しいイベントフラグを立てるのが主人公の資質を持ちながら主人公にはならないニートのやり方。


 一般人だと看病イベントの登場人物がお母さんのみになる。

 だが、お母さんで文句を言ってはいけない。


 さらに下のステージに孤独のソロプレイが存在する。

 諸君。お母さんへの感謝を忘れてはいけない。


「くっくっく。では、参ろうぞ」

「ははっ!!」

「なんで私、こっちに組み込まれたんだ? もしかしてデート回貰いすぎたか?」


 ベザルオール様、いざ、ご出陣。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 未美香たんと合流した魔王軍は、そのまま車に乗り込む。

 アルゴムは肌が青いし、ベザルオール様はデカい上に角が生えておられる。

 リュックたんは髪が緑なだけの美少女なためコスプレで押し通せるが、この3人を連れてテニス少女に街を闊歩しろというのはいささか酷。


 よって、現世に来ると急に出番の増える、黒いスーツとお野菜のエプロンがトレードマーク。鬼窪玉堂が運転手を務める。


「くっくっく。鬼窪よ。ごめんね。忙しいのに」

「おう! 大魔王! 別に構やぁせんで!! ワシも仕事で今日はあっち行ったりこっち行ったりじゃけぇ! ちぃと遠回りするくれぇ、なんちゅうことないわ!!」


「す、すみません。うす。私、飛べねぇんで」

「気にするこたぁないで! リュックのお嬢!! ちゅうかのぉ! 現世では飛んで移動したら大事じゃ!! がっはっは!!」


 リュックたん、隣の未美香たんに「えっ!? マジで!?」と確認する。

 彼女はネット弁慶な世間知らずなので、このように「常識が身に付いていない異世界人ムーブ」をキメてくれる。


 コルティオール人はどいつもこいつも現世に順応するのが早すぎたのだ。


「あははー。リュックさんみたいな可愛い子が空飛んでたら、絶対ニュースになっちゃうよー。ダメだよ? 飛ぶ時は一言教えてくれないと!!」

「マジか。知らんかった。でも、私飛べねーし。あ。でも、ジャンプなら3メートルくらいワンチャンいける。って、3メートルとか跳んでるうちに入んねぇ!!」


「えー!? 超跳んでるよ!! 垂直飛びで3メートルとか、世界記録じゃない!?」

「そうなん? だって、黒助さんとかジャンプで200メートルくらい跳ぶよ?」


「お兄は特別だよ!!」

「確かに。黒助さんを基準にした私が悪いわ」


 そんなガールズトークに「くっくっく。アルゴムよ。これが尊いオーケストラである」「ははっ! 拝聴いたします!!」と神妙な表情で耳を傾ける魔王軍。

 なお、かつては忠臣だった狂竜将軍・ガイルさんは呼んだのに部屋から出て来ませんでした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 カラオケ店では鬼窪が予約しておいた部屋が万全の状態で待ち構えていた。


「うぉぉ! これがカラオケ……!! 動画で見てたのと違う!! なんかデカい!! 広い!! しかも、すげぇご飯がある!! 未美香! すごいね、カラオケって!!」

「えー? うーん。なんかあたしが知ってるのとも違うけどー。まあ、いっか!!」


 鬼窪は当然のように全力投資。

 一番大きな箱を押さえて、パーティーコースを選ぶ点も抜かりない。


「くっくっく。余、1番いいっすか。誰か、マクロスFの『ライオン』デュエットしよう。ねぇ、誰か」

「ははっ! では、私が!!」


「くっくっく。リュックたん狙いだったのだが。まさかアルゴム。卿がイケる口だと思わなんだ。いつの間に視聴したのだ」

「ははっ! ベザルオール様のおススメプレイリストは時間を見つけて視聴しておりますれば!! マクロスシリーズは全て押さえました!! ワルキューレもFireBomberもリン・ミンメイもイケまする!!」


「くっくっく。ガチ勢になっててワロス。では、卿を引き込んだ余も責任を果たさねばなるまい。アルゴムよ。ついて参れ。ただし、順番は守るのだ。こういう場で最も良くないのは盛り上がり過ぎてのマイク独占よ。特に余のような年長者がそれをやると大惨事。くっくっく。どんなにノリノリでも、全体の調和を乱してはならぬ」

「ははっ!! 学ばせて頂きまする!!」


 では、2人の歌声をBGMにガールズトークへどうぞ。


「リュックさん! 何歌うの!?」

「えー。私は聴くだけでいいって。初めてだし。なんか変な空気にしたくねぇし」


「なんで、なんでぇ!? 平気だよ! あっ! じゃあ一緒にうたおっ!! あたしそんなに上手じゃないからさ! リュックさんと一緒がいいな!!」

「ぐぅぅぅっ!! 未美香ぁ……!! この子、ガチで可愛いんだが!! このピュアさは演技じゃ出せねぇんだよ!! 天然もの、ヤベェ!! さすが黒助さんの妹……!!」


「あっ! リュックさん! これ、これ! ケミストリー知ってる? お兄が好きなんだよねー!!」

「マジで!? ちょ、5分ちょうだい!! すぐ覚えるから!! スマホ!! おし! サブスクってやっぱ神だわ!! おい、大魔王!! もう一曲なんか適当に歌っとけ!! そのあとは私らだかんな!!」


 リュックたん、ラーニングモードへ。

 鉱石生命体として高水準な知能を持っている彼女は、一度聴けば曲を暗記できる。

 ただし、歌唱能力まで完ぺきな訳ではない。


 同じ輝石三神のゴンツは結構下手であり、逆にポンモニはくそ上手い。

 ヨシコは演歌しか歌わないが、その実力は無類である。


「ベザルオール様、この場合はいかがすればよろしいのでしょうか?」

「くっくっく。5分と言われたら、だいたい4から6分くらいで対応するのがベターである。時間が足りなければボイスパーカッションで尺を稼ぐ。時間が迫ればアウトロを切る。また、のちに歌う者が本日のファーストアタックである場合、バラードなどで場の温度を下げるのはご法度。よって、アルゴムよ。くっくっく。『一度だけの恋なら』で行くぞ。ついて参れ!!」


 この後、5時間ほどカラオケを堪能されたベザルオール様。

 全員が笑顔で退店したのち、まず「また行きたいね!」と女子たちに言わせた手腕は流石の一言。


 今日も魔王軍は平和であった。

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