第252話 シャインマスカットに手を出した春日大農場!!

 2分前に岡本さんが来た。

 大袈裟な荷物しょって来た。


 始めようか、シャインマスカットの生育。

 春日大農場の一大プロジェクトである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あああっ! リュックさん! リュックさぁん!! 私です! 岡本です!! いやー! ありがとうございました!! 本当に一昨日は助かりました!!」

「……なんだと? りゅ、リュック!? 岡本さんに、何をして差し上げたのだ!?」


 のっけからリュックたんに頭を下げまくる岡本さん。

 その岡本さんに日頃から頭を下げまくっている春日黒助。

 春日黒助に頭の上がらないコルティオールの人々。



 まさか。ここに来てパワーバランスが変わるのか。



「やっ。えと、たいしたことはしてねっす。うす」

「ま、待て! たいしたことせずに、岡本さんが頭を下げて堪るか!! 岡本さんは農協の次長だぞ!?」


「え!? あ、はい!? つか、黒助さん!! 二の腕、気軽に掴みすぎっす!! あの。は、恥ずいんで!! 私、貧相なんで!! 多分、本物の触り心地もイマイチなんでぇ!!」

「そうか。リュックが何をして、今何を言っているのかもさっぱり分からん。ただ、とりあえず俺はお前に何をしてやればいいのだろう」


 リュックたんはベザルオール様に「くっくっく。女子の二の腕は胸の柔らかさとまったく同じ。くっくっく。これは余のイチオシのラブコメ『久保さんは僕を許さない』に書いてあった。つまりガチである。アニメ楽しみすぎワロス」と4度にわたり吹き込まれており、何なら現在、ガチのおっぱいよりも二の腕の方が恥ずかしいまである状態。


 ベザルオール様は最近、特にヒロインズに影響を与える事で出番がない回でもラブコメ結界に侵入されておられますな。さすがでございます。


「いえね、春日さん! 実は新人の坂本さんとのやり取りにリュックさんがよく加わってくれまして! 一昨日も、SNSで好きなバンドの話で盛り上がったのですが。坂本さん、バンプオブチキンが好きだったんですよ! 私も好きでしてねぇ!! 今日もお昼の時間に、坂本さんを含め若手の子たちと会話が弾みまして!! これもリュックさんのおかげですよ!! なっはっは!! ああ、それでシャインマスカットの生育環境整備ですがね! 今回は本当に大幅割引させて頂きました! リュックさん価格ですな!! なーっははは!!」



 リュックたん。名実ともにコルティオール生態系のトップへと上り詰める。



 農協が本当の大幅割引をしてくれるのは、事件である。

 アルマゲドンで命を落としたと思っていたハリー・スタンパーがエンドロールの後に「うわぁ! 死ぬかと思った!!」とか言ってコミカルに戻って来るくらいの事件である。


「リュック……。いや。今日から、やはりリュックたんと呼ぶべきか……」

「え。あの、黒助さん? まだ『たん』を敬称だと思ってます? あれ、キモオタたちが付けてるただの付属品っすよ?」


 諸君。言われているぞ。

 リュックたんに言われているぞ。


 今日の功労者のスポットライトを浴びせたところで、リュックたんは戦線離脱。

 彼女の農業スキルでは、新しい作物の生育環境立ち上げにはまだついていない。


 代わりにやって来るのが主戦力乙女。


「お疲れ様です、岡本さん。これ、スッポンポンのジュースなんですけど、よろしかったら。ヴィネが最近作ってて。結構美味しいって評判なんです」

「これはミアリスさん! ありがとう!! んー。なかなか味わい深いですなぁ!! ……朝市のスペース、確保しておきましょう!!」


 登場と同時に朝市の売り場面積を広げるのは、ポンコツから立派に復帰した創造と農業と商売繁盛と家内安全と安産祈願を司るコルティオールの女神様。

 黒助の利益と農場の利益のためならば、三肌までは脱ぎ、何なら下着姿をも超える覚悟を秘めている、今最も熱い女神である。


「黒助さーん。手の空いたギリーさんとブロッサムさんと、暇そうにしてたメゾルバさんを連れて来たですぅー」

「そうか。ご苦労だった。イルノ」


 ギリーは手袋を装備しており、これは合格。

 ブロッサムは全身のトゲにカバーを付けており、こちらも合格。


「メゾルバ。聞くが、お前ツナギはどうした?」

「くははっ。我が主よ。ツナギならば家にある。我は散歩の途中だったゆえ。軍手もなければ、エプロンもない。だが、鎌は持ってきている」



「よし。お前は帰って良いぞ。シャインマスカットはぶっちゃけ高い。下手に傷つけられては敵わん。ゲルゲのとこでイモの皮でも剥いててくれ。間違っても亀を追うなよ? 出番はやらんが、仕事はやるから」

「くははっ。辛辣である。だが、我は亀のようにヘイトを買いたくはないゆえ、イモの皮を剥くことにする」



 1人離脱したので、代わりに『大地の祝福』係を担当していたウリネが「ボクもお仕事するー!!」と加わった。


 シャインマスカットの生育は、一般的な流れだと充分に出荷できる量を収穫できるまで早くても2年強、長ければもっとかかる。

 だがその分、一度植え付けに成功すれば何年も継続して収穫する事が可能であり、さらに単価が非常に高い。


 商品にならない粒も加工食品自体が人気であるため、しっかりとした設備が備わっていればロスも少なく済み、これがコルティオールで育てる最も大きなメリットなのだが、ブドウ品種の天敵である「黒とう病」と言う病気が存在する事を諸君はご存じか。

 こいつが流行ると、恐ろしい事にほぼ間違いなく生長に影響を及ぼし、最悪枯れる。


 この病気は雨が原因となって広がるのだが、ご存じの通りコルティオールでは雨がほとんど降らない。

 水分は水の精霊であるイルノが、栄養は土の精霊であるウリネがコントロールするため、病気に怯える必要がない。


 農業で、これはもうとんでもなくチートなぶっ壊れメリットであり、イチゴやトマト、件のブドウ種など、病気に悩まされる農家がこの地の噂を聞けば、即金で1千万は余裕で出せると岡本さんが仰っている。


 つまり、真実であり真理でもあり、覆せない答えなのだ。


 岡本さんによる丁寧なレクチャーが終わり、魔王城から研修に来ていたガーゴイルたちが黒助に「お前たち。せっかくだから生育班に加わるか? 2年くらいかかるが」と声をかけられ「イエス! マイロード!!」と即断したため、人員の確保も済ませる。


 ちなみに君たちのロードはベザルオール様ではないのか。


「あとは、ウリネさんの力でゆっくりと成長させていきましょうね! もう、ウリネさんの能力は私が黙認していますから!! 遠慮なく使っちゃってください!! なっはっは!!」

「イエス! ユアマジェスティ!! なんという寛大なお言葉……!!」


 黒助の陛下は岡本さんだった模様。


 ウリネたんの『大地の祝福』を使う事で、だいたい半年程度の期間で出荷が始まる見込みとなった。

 返す返すも日本の農家に喧嘩を売っているチート農場であるが、何を今さら。


 黒助は常に異形の者と戦っているので、業務内容に「戦争」とかが含まれるが、それでも良ければ一度時岡市の農協に新規就労の手続きをなさってみるのも良いかもしれない。

 なお、時岡市の農協には『戦争共済』とか『魔法傷害特約』などと言う保険も完備されているので、「歓迎しますよ!! なっはっは!!」と岡本さんもおっしゃっておられる。


 シャインマスカットが粒を付ける時までに、バーラトリンデとの戦争は終わっているだろうか。

 そんなバーラトリンデで、新たな良くない生命体が生まれようしている事を、この場の誰もまだ知らないのである。

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