第251話 エメラルドのリュックたん。春日黒助と現世に服を買いに行く。 ~最後に来たヒロイン、依然として猛威を振るう~

 春日黒助は1度交わした約束は絶対に破らない。

 かつて、未美香の中学校の卒業式を「見に行くからな」と言った黒助は、その道すがら暴走するトラックに撥ねられそうになっていたボディビルダーを救う。


 そして彼は普通に撥ねられた。


 当時の黒助も屈強な肉体は持っていたが、ミアリス様謹製・最強の肉体をゲットする前であり、左腕がへし折れていた。

 が、黒助は卒業式の会場に定刻通り現れて、元気に拍手を何度も繰り返し、帰宅後限界が訪れて倒れるまで表情すら変化させず、約束を順守した。


 つまり、リュックたんの現世お買い物デートは絶対行われるのである。

 今日はそんなお話。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いい!? リュックは可愛いって自覚を持つのよ! 現世は色んな人間がいるから!! 絶対に声かけて来るヤツもいるけど、ついてっちゃダメよ!? 人混みに入ったら、黒助の手で腕でもいいからしがみついて! 迷子なったら終わりよ!! やらしいDVDのモデルとかにされちゃうんだからね!!」


 なお、それらを一通り経験しているのが復活したメインヒロインさん。


 ミアリス様は心配性。

 リュックたんは世間知らず。


 ミアリス様にはコルティ様にも使われた、女神の遺伝子が受け継がれている。

 コルティ様から直接の情報は回収していないが、彼女たちを構成している要素の適合率は高く、それはつまり言い換えるならば女将力。


「う、うす。やべぇぞ。最近ミアリスさんから、女将の香りがしてきた。どうしよ。でも、この人親切で言ってくれてんもんな。ミアリスさんだって黒助さんとデートしてぇだろうし」

「リュックさん! バッグに色々入れて来たですぅー」


「あ。イルノ先輩」

「先輩はリュックさんが心配ですぅー。とりあえず、防犯ブザーは4つ入れといたですぅー。あと、替えの下着とインナーですぅー。凍らせたスポーツドリンクも入ってるですぅー」


「やべ。女将が増えた」

「リュックサックを選ぶのはヤメておいたですぅー。でも、リュックさんにリュックって似合うので困ったものですぅー」


 このイルノさん保護者ムーブは、かつて魔王城のアルゴムもキメている。

 だいたい組織のナンバー2から4くらいまでの者がおかんポジションに収まるのはコルティオールの伝統である。


 黒助の乗った軽トラが魔王城から戻って来た。


「すまん。待たせたか。じいさんに油圧系統の整備を頼んでいた」

「げっ。すごっ。大魔王、んな事もできるんすか?」


「ああ。じいさんは全知全能らしいからな。この間、危険物取扱者試験もクリアしたし、近いうちにコルティオールにガソリンスタンドができる予定だ」

「やー。すげぇわ。ここの人たち。女将。私ら、戦う相手間違えてんだよ」


 リュックたんは空に輝く2つの太陽に敬礼して、軽トラに乗り込んだ。

 ちなみに、どっちの太陽がバーラトリンデなのかは誰も理解していない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 もはやお馴染み。

 黒助ハーレム、およびニートカップルがデートに来るなら基本はここ。


 そう。イオンモールである。


「うおっ。ヤベー。なんだこの人の山。えー。現世ってこんな人いんの? ……10分の1くらいで良くない?」


 ちょっと悪の組織の感覚が顔を出すリュックたん。

 だが、それもすぐに終わる。


「では。行くか」

「うっす。……っ!! んがぁぁぁぁっ!? いや、ちょ、まっ!!!」


 黒助が手を繋ぎました。


「そんなに怯えることもなかろう。リュックは今、うちで一番大事に扱うべき女子だからな。来たことからない世界ではぐれさせるわけにはいかん」

「お、お、おわぁぁぁぁぁ!! やべぇ!! 黒助さんの強引なイケメンムーブがやべぇ!! あっぶねー!! 大魔王から花より男子借りてなかったら、死んでたわ!!」


 道明寺で予習済みのリュックたん。致命傷を避ける。


 だが、その後連行された洋服店で彼女は黒助デートの洗礼を受けるのである。

 むしろ、洗礼受けさせないで何がデート回かと言う声がそこかしこから聞こえてくる。


「よし。ここだな。柚葉と未美香に聞いておいたんだ。女子高生が服を買うなら、ここらしい。下着からインナー。スカートに靴下に……あとは忘れたが。まあ、なんか色々あるらしいぞ。さあ、選べ」

「え、ええー。まさかの投げっぱなしっすか? あの、黒助さん?」


「どうした? 遠慮しなくていいぞ。20着までは好きにしろ。それ以降は一旦柚葉に電話する」

「柚葉さんの信頼感、うらやま。……いや、そうじゃねぇ!! あの、私、服とか買ったことねぇんすけど」


「そうだな」

「おお、全然通じてねぇ。さすが黒助さん。惚れるぜー。……あの、服って、どうやって選べばいいんすか?」



「知らん。俺が女子の服について造詣が深かったら、なんか嫌だろうが」

「あ。それは分かるわ。だがしかし。これ、詰んでね?」



 リュックたんは、グループラインを開くと「おい! 誰か助けろ!!」と素早く入力し、慌てふためく猫のスタンプを連打した。

 ならば、ヤツらがやって来る。


『くっくっく』

『あらー。やっぱり来た! コミュ症女子高生!! かわよ!!』


 異世界と現世の賢者コンビである。


『うるせぇ! 服、選ぶ! 分からん! 助けて! たけすて!!』

『くっくっく』

『あらー。強気なのに指が震えてタイプミスしてるリュックたん! かわよ!!』


 ちなみに、黒助は女子が30秒以上固まると「いかんな。俺がエスコートせねば」と使命感に駆り立てられる。


「おい。リュック。まずはスカートでも買うか。あっちにあるぞ」

「う、うす。ふいぃぃぃぃぃぃっ!! 普通に腕ぇ、掴まれとる!! マジかよ! 二の腕っておっぱいの柔らかさとか大魔王が教えてくれたけど!! あれ!? 私、今! おっぱい鷲掴みにされてんじゃねぇの!? 黒助さんにぃ!! くそっ!! もっとデカく作っとけよ、女将ぃ!! ミアリスさんとかヴィネさんとか、柚葉さんとか、未美香とか、セルフィとか!! ふっざけんな!! 全員おっぱい強者じゃねぇかよぉ!! 女将ぃ!! PL法に抵触してんぞ!!」


 リュックたんに良くない知識を授ける大人は、コルティオールに結構な数存在している事実。

 彼女は日々成長中である。


 店員さんとエンカウント。

 こうなると、ネット弁慶のリュックたんはさらに口数が減る。


「すまんが。うちの子に似合うミニスカートをくれ」

「ひぃぃっ! なんでミニスカート!? あ゛っ! この人、私の恰好、女子高生とメイド服しか知らねぇんだ!! うああ、ミニスカ率10割!! 良かれと思ってのヤツだぞ、これぇ!! 今日はワンピースなのに! 張り切ったデート服、カウントされてねぇ!!」


「こちらなどいかがでしょうか?」

「ふむ。結構なミニスカートだな。どうだ。リュック。穿いてみるか?」


「穿けねぇぇぇ!! すっげぇ丈短けぇんだもん!! これもう、見せパン前提だ!! そして! 今日の私は見せパン穿いてねぇ!! やべぇ、やべぇ!! ガチパン事変じゃん!! くっそ! イルノ先輩に服借りんじゃなかったぁ!!」


 リュックたん、追い詰められる。


 その時、黒助のスマホが鳴った。

 続けて3度、5度、7度と連続して鳴る。


「なんだ。緊急地震速報か。少し待ってくれ。リュック」

「うす。……見せパン探して来よ」


 だが、黒助からは逃げられない。


「おい。待て。勝手に移動するな。リュック。俺の傍にいろ」

「うおおぉぉぉぉい!! この人のこーゆうとこ、どうしようもねぇくらい好きなんだがっ!! 束縛してくんの!! 私の事を思って!! もうこんなん! 言う事聞くしかねぇじゃん!!」


 リュックたん。色々と諦める。新品の下着をつけて来たのが彼女のか細い命綱。

 だが、事態は急転する。


「ふむ。すまんが、店員さん。この画面に表示されているものを全て用意してもらう事は可能か? うちの優秀なオシャレ強者たちが送ってくれた。ああ。出してもらった以上どれも買う予定だから、そこは安心してくれ」

「……どうなってんの? まさか!?」


 リュックたん、スマホをチェック。

 そこには。


『くっくっく。鉄人が5分でやってくれました』

『ベザルオール様が兄貴にラインしてくれました』


 賢者が2人、笑顔で踊るキツネのスタンプを連投していた。

 全てを理解したリュックたん。

 返信をする。


『お前ら。……キツネダンスとか言うのが好きなんだったな。よし。チアコス。任せろ。明日にでもしてやる!!』


 狂喜乱舞するキツネで画面が埋まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから2時間。

 軽トラに揺られて帰宅中の2人。


「満足するものが買えたか?」

「う、うす。もぉ、最高っす」


「そうか。今度は別のところに連れて行ってやろう」

「マジすか」


「ああ。リュックは他のヤツらよりも遅くに俺の家族になったからな。末っ子にはできるだけ、たくさん思い出を作ってやりたい」

「……うす。あざっす」


 その晩。

 明け方までベッドの上で色々思い出してはジタバタするリュックたんであった。

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