第250話 農協の岡本さん、やらかす!!

 本日。

 春日大農場に岡本さんがやって来る。


 シャインマスカットをコルティオールで量産しようと言う岡本さん発案の事業を本格化させるべく、視察においでなさるのだ。


「ミアリス。お茶とお菓子のチョイスを任せる。イルノ。フカフカの座布団を干しておいてくれ。ゴンツ。座布団に熱線を照射して、良い感じに仕上げてくれ」


 当然だが、春日黒助は臨戦態勢。

 ちなみに、現在黒助にくっ付いて農業に慣れるのが仕事のエメラルド乙女。

 こんなに張り詰めた表情の黒助を見たことがないリュックたんは、恐る恐る尋ねてみた。


「あ、あの。黒助さん? なんつーか。そんなに偉い人なんすか? 岡本さんって」

「そうか。リュックは岡本さんにお会いしたことがなかったな。岡本さんは農協の次長だ。と言ってもなかなか実感が湧かんか。そうだな。バーラトリンデで言えば、コルティがトップだろう?」


「うす。女将と同じくらい偉いんすか? あの人、一応鉱石生命体の親なんで」

「リュック。こんな事をお前の生みの親に向かって言いたくはないのだがな」


「う、うっす」

「コルティの偉いを1とすると、岡本さんは2億8千くらいになる。その意味が分かるな?」



「ヤベー。女将、霊圧が実質消えたわ。マジかよ。うちの星の創始者なのに」

「そうだ。ヤベーのだ。その岡本さんが、あと1時間でいらっしゃる。リュック。お前の恰好は実に可愛い。最近は、俺も時々女性誌を妹たちに借りて読む。お前はそこに出て来るモデルよりも可愛い。……だが、今日のところは信念を曲げてだな。スーツを着てくれんか? リクルートっぽいヤツがいい。ミニスカートが悪いとは言わんが、ミニスカートで岡本さんの逆鱗に触れると、うちの農場が消えてなくなる」



 リュックたんは「それはヤベーっすね」と言って、慌てて母屋に駆けて行った。

 ちなみにこれまで言及してこなかったが、農作業に参加している者以外の幹部は基本的にスーツ着用で岡本さんと接している。


 定刻通りに軽トラが転移装置を通過してやって来た。

 運転手は鉄人。

 助手席には、この世界で最も強い岡本さん。


「お待ちしておりました。本日はご足労頂きありがとうございます。母屋にお茶とお菓子とフカフカの座布団をご用意しておりますので、まずはそちらでおくつろぎを」

「春日さん。私はもうダメかもしれない。農協を辞めるかもしれませんよ」



 コルティオールに激震が走った。



「お、岡本さん!? 鉄人、これはどういう事だ!?」

「それがねー。なんか岡本さんね、新入社員の女子とトラブルがあったらしくてさ。かなり落ち込んでらっしゃるんだよねー。ずっとこの調子でさ」


 黒助は最強の肉体を40パーセントまで解放して、風よりも速く、光回線と同等のスピードで母屋へと戻った。


「わっ!? く、黒助!? どうしたのよ!? ビックリしたー」

「ミアリス。すまんが、緊急事態だ。岡本さんが農協を辞めるかもしれん」


「え゛っ!? ……緊急事態ね!!」

「ああ。現状、岡本さんにうちの担当を降りられると、非常にまずい。新しい担当の方が異世界に理解のないタイプだった場合、最悪、コルティオールから俺は現世に戻らなければならなくなる」



 今度は黒助ハーレムに激震が走った。

 異世界に理解のある農協職員がポンポン出てきて堪るか。



 黒助がいなくなると言う事は、生きる意味を失うに同義という乙女がすでに結構存在する事実。

 ミアリス、ヴィネ、リュックが該当する。


 さらに、鉄人も自動的に来なくなるため、セルフィは間違いなく風の精霊を辞めるだろう。


 こうなると、バーラトリンデのやりたい放題が再開されるため、残った黒助ハーレム以外の人員も困る。

 何より、コルティオールから農業が消える。


 これはもう、この世界の終焉すらを意味する凶事。


「イルノ!! モルシモシで魔王城に連絡!! ベザルオール呼んで!! リュック!! あんたはちょっと離れてて!! まだ経験がないあんたに、岡本さんの傍は危険すぎるわ!! 恋のライバルだって、あんたはもううちの子なんだから!! いい!? わたしが平気って言うまで、2階に隠れてなさい!! そして、もし私が死んだら……。次の女神を支えてあげてね」


 リュックたんは思った。

 「岡本さんって人、この世界終わらせるレベルなん? ガチじゃん。ヤベー」と。


 精神的疲労困憊の岡本さんが母屋にやって来たのは、それから5分後の事である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 岡本さんは話した。


「なるほどー。つまり、高卒新人女子の坂本さんがもう12月なのに職場に馴染めてないから、どうにかしてあげたかったんですね」

「そうなんですよ……。ただ、若い子の感覚が分からずに……」


「Twitterとインスタグラムを同時にフォローして、毎日コメントしてたら、気持ち悪い!! ってキレられたと」

「私は……。ただ、上司として距離を縮めたかっただけなのですが……」


 空間魔法の使い手でもある岡本さん。

 うっかり、10代の乙女との空間の調整をミスる。


「じいさん。あんたはインターネットマスターだろう。アドバイスして差し上げろ」

「くっくっく。無茶ぶりワロス。岡本さんにお伺いしたい。そのアカウントは坂本さん、ご本人から聞いたのだろうか」


「あ、いえ。主任の菅野くんに聞きましたが」

「くっくっく」


 ベザルオール様は気付かれた。

 「くっくっく。あ。これ、女の子が一番嫌がるヤツ」と。


 本来、SNSとは開かれたツールである。

 だが、SNSの世界と現実世界を混同させてはいけない。


 現実世界の上司が、SNSの世界で「おっす! 元気!?」と毎日声をかけて来る。

 しかも、アカウント教えてないのに。



 これは極めてギルティ。下手をすると、セクハラとパワハラの二枚抜き案件。



 だが、「交流を深めると言えば、飲み会だ!!」と信じて疑わない世代からすると、そもそも飲み会にすら来てくれない若者と距離を詰めたい気持ちが溢れ出して震えた結果、ラインで絵文字満載のキモい(個人の感想です)メッセージを連投したり、終業時間と同時にTwitterなどに突撃して「お疲れ様!!」と、キモいおっさんムーブ(個人の感想です)をかましたりしてしまう事例は、意外と多い。


 この場合、何が一番厄介かと言えば、相手が「やられて嫌な事」を当人が「良かれと思ってやっている」哀しきすれ違いなのだ。

 部下は上司の「良かれ」を良く思っておらず、さらにしばらくは我慢するため、「ええ加減にせえよ! キモいんじゃ!!」と火山が噴火した時には既に手遅れな場合が多い。


 鉄人とベザルオール様はアイコンタクトで通信中。


 「これ。ダメじゃないですか?」と鉄人。

 「くっくっく。ダメであるな」とベザルオール様。


「せっかく岡本さんが気を利かせてくださったのに!! よくないですね!」

「分かってくれますか、春日さん!!」



 そして、分かってしまう黒助。



 そうなのである。

 黒助はまだ23歳なのに、思考が割とおっさん寄り。


 これは、彼に会社務めの経験がなく、若者文化にも触れず家族のために働き続けて来た事が起因している。

 と、そこにやって来たのは。


「あ、あの。お話が聞こえちゃったんすけど」


 飛んで火にいるエメラルド。リュックたん。17歳。

 ミアリス様が慌てる。


「りゅ、リュックぅー!! ダメって言ったじゃない! 違うんです! 岡本さん!! この子! 違うんです!! 許してください!! 許してください!!」

「お、おお。ミアリスさんの圧がすげぇ」


 だが、この問題を解決できる唯一の人材がリュックたん。

 彼女はメジャーなSNSツールのアカウントは基本的に持っており、人気配信者として割とガチなインフルエンサーでもある。


「坂本さんのアカってこれっすか?」

「ええ。それです。お嬢さん、よく分かりましたね?」


「話聞きついでに情報ゲットしたんで、検索したんす。実はさっき、メッセ送って。坂本さんと直でやり取りしてんすけど。岡本さんに悪気ねーよって言ったんすよ」

「リュックぅぅぅー!! 違うんです! ごめんなさい!! この子、ホントに良い子なんです!! ごめんなさい!!」


「おお。ミアリスさん。すげー圧してくんな。スーツの上着脱げそう。……で。坂本さんから返事来たんすけど。明日、話してみるって言ってんす。こっちも上司の気持ち考えてなかったわって。私、なんかあれば相談乗るよって言ったんすよ。色々調整してみるんで。とりあえず、明日まで待つのはどっすか?」



 翌日の朝早く。

 岡本さんから電話があった。


「リュック! リュックはいるか!?」

「うおっ!? ちょ、黒助さん!? や、あの。いるっすけど。着替え中なんすけど!?」


「そうか! すまん!! 岡本さんがな! お前の仲介のおかげで、丸く収まったと言って来られた! 助かったぞ、リュック!! 明日、休みを取ったからな!! 現世に服を買いに行こう!! ポケットマネーで20着くらい買ってやる!!」


 そう言うと黒助は去って行った。


「ええー? なんだ、これ? 私、なんかしたん? ええー? おい。明日、デートじゃん。ヤベー。大魔王にラインしよ」


 これがサラリーマン金太郎の令和スタイルである。(諸説あり)

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