第222話 スパイ・春日鉄人(ニート) ~敵要塞の偵察任務へ! 彼女と一緒に行ってきます!!~

 春日鉄人。現在、コルティオールに滞在中。


 ベザルオール様のクレジットカードを作ったのは物のついでの仕事であり、彼が今日この異世界にやって来た理由は別にある。


 魔王城で「鉄人様! 飛竜をお使いください!!」と申し出るアルゴムの厚意を「大丈夫です! 飛んで帰りますから! 飛竜さんにもお休みが必要ですよ!!」と爽やかに遠慮したのち、飛行魔法で春日大農場へと飛び去った。


 時刻はちょうどお昼時。


 母屋に黒助が戻ってきており、時間配分も完璧な采配を見せるニート。


「兄貴ー! ごめんねー! 先に用事済ませちゃって!!」

「いや。構わんぞ。俺の方こそすまんな。忙しいのに呼びつけてしまって」


「なんのなんの! 兄貴のお願いなら何でも聞いちゃうよ! 僕にとって兄貴は特別だから!!」

「……鉄人。まったく、何と言う男が俺の弟として生まれて来てくれたのだろう。俺のような不器用で何もできん人間と同じ遺伝子とはとても思えん」


 とりあえず、黒助は鉄人にも食事を勧めた。

 今日のお昼の献立は、ゴンゴルゲルゲ特製の炊き込みご飯とブタ型モンスターの肉を使ったトンカツである。


 そこに豚汁まで付くのだから、これはもうゴンゴルゲルゲに戦線復帰の目はないと断定しても良い。

 今の彼は給仕長である。


「うまーい!! さすがですねぇ、ゲルゲさん!! 毎日クオリティ上がってますよ!」

「これは鉄人様。なんと恐れ多いお言葉。このゴンゴルゲルゲ。働くすべての者に敬意を抱き尽くしているだけでありますゆえ!!」


 多分彼は、もう2度と『フレアボルトナックル』を使ってはくれないだろう。


「鉄人ー!! お茶淹れて来たし!! 暑いから、麦茶にしたしー!!」

「あらー! セルフィちゃんってば、なんて気が利く女の子なんでしょ! せっかくだから一緒に食べようよ!」


「いいの? 義兄さんと大事な話するんじゃないし? ウチ、お邪魔したくないし!」

「いや。構わんぞ。鉄人も恋人と一緒の方が嬉しかろう。別に聞かれてまずい話をする訳でもないしな」


「マジっすか、義兄さん! ちょー優しいし!! じゃ、おじゃまするしー!!」

「やだ! セルフィちゃん、今日は網タイツじゃん!! ショートパンツに合わせて来るとか、これはセクシー!! 小悪魔系で攻めて来たかー!!」


「鉄人は可愛い系の方が好みなのは知ってるし! けど、たまにはこーゆうのも良いかなって思ったし! ミアリス様が勧めてくれたし!!」


 向かいでご飯を食べていた女神様は親指をグッと立てて、「輝いてるわよ! セルフィ!!」と心の中でエールを送った。

 彼女にとってこのギャルは、今となっては数少ない勝負下着と勝負服を共有する仲間なのである。


 セルフィが幸せそうにご飯を食べ始めたのを見て、黒助は話を始めた。


「実はな。なんかバーラトリンデから侵攻を受けているらしいんだ。頭の悪い名前の要塞がペコペコ大陸に出来てしまったのだと。その中には、何やら強い幹部が2人もいるらしい。報告を聞く限り、俺とじいさんがバーラトリンデで戦った輝石三神とか言うヤツの仲間だろう」


「なるほどねー! つまり、僕の任務は偵察だ!」

「お前は本当に俺の弟かと疑いたくなるくらいに頭がいいな。今からでも大学に進んではどうだ? 学費なら全額出すぞ」


「たはー! 兄貴、買いかぶり過ぎだって! 僕が仮に優秀なんだとしたら、それは兄貴の背中を見て育ってきたからだよ!!」

「くっ……。まったく、お前の心根の清らかさに何と名前をつければ良いのか。先に渡しておこう。今回の仕事に対する謝礼だ。少ないが、納めてくれ」


 黒助の取り出した封筒には10万円ほど入っていた。

 ニートにとって、10万円は極めて重大な収入であり、向こう2か月は謎の無敵感と共に過ごせることが確定するレベルの僥倖。


「ごめんね、兄貴。僕は働いてないのに、いつもお小遣いもらっちゃって」

「何を言う。俺のために骨を折ってくれているじゃないか。それは正当な対価だ。そもそも、俺が働く理由は家族に不自由をさせないためだ。小遣いなんていくらやっても足りん。本当はもっとやりたいのだがな。不甲斐ない長兄ですまん」


 家族はとことん甘やかすスタイルを貫徹する男。春日黒助。


 食事を終えると、鉄人は早速偵察に出かける事にした。

 飛行魔法に加え、かつて強欲の邪神・茂佐山安善が切り札にしていた魔封じの魔法まで最近は使えるようになったニート魔法使い。


 これほど偵察任務に向いている人材は他にいない。


「ウチもついて行ったらダメだし? 邪魔にならないようにするし!!」

「んー。そうだねぇ。兄貴が良いって言えば、僕は構わないけど」


「ああ。セルフィが行ってくれるならむしろ助かる。鉄人の事を良く知っているし、サポートには打ってつけだろう」

「マジでちょー優しいんだけど、義兄さん!! 神ってるし!! ウチ、義兄さんの事ガチで好きだしー!!」


 黒助はセルフィの代わりにイチゴ班の指揮を執ることにした。

 バーラトリンデが動かない以上、優先されるのは農作業。


 来月は柚葉のレポート作成用のパソコンと未美香の新しい練習用のウェアを買う予定があり、これはもう働かざるを得ない。

 むしろ黒助が働かない理由を知りたい。


「ミアリス。すまんが、今日は俺と一緒にイチゴ班に入ってもらえるか?」

「キタコレ!! 任せといて!! もうね、農場の作物は全部の情報をインプット済みだから!! ちなみに、女神の泉にも記録済み!! なんか容量減ってたから、昔のデータ消してやったわ!! ふふん!!」


「そうか。その農業にひたむきな姿勢。ミアリス。俺は好きだぞ」

「はぁぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! わたしもその鋭い目つきから放たれる不意のキュンが大好き!! もう、女神の泉の記憶全部消して、農業大辞典にしようかしら!!」


 何十人が紡いできた歴代女神の記憶が、今まさに消されようとしている。


「ヴィネ。お前はイチゴジャムの製造準備に入ってくれるか。ウリネの力で、恐らく来週には最初の出荷ができる。イチゴはデリケートだからな。どうしても収穫の過程で潰れたり、熟し過ぎて市場に出せないものが出る。そこでお前の食品加工技術は頼りになる。イチゴは加工品も比較的高値で動くからな。絶対無駄にはできん。期待しているぞ」


 ヴィネ姐さんも逝っちまいそうになるのだが、ミアリス様とリアクションが被っているため、カットされました。


「じゃあ、兄貴! 僕たち行ってくるね!」

「バッチリ偵察して来るし!! 義兄さんの期待に応えてこその弟の嫁だし!!」


「ああ。気を付けてな。何かあったら連絡してくれ。すぐに行く」


 鉄人はセルフィをお姫様抱っこして、高速で飛び去って行った。

 農場には、はしゃぐギャルの声が響いていたと言う。


 コルティオールの軍勢の中でも、エース格が戦場へ。

 バーラトリンデとの戦いに動きが現れるのはもはや必定であった。

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