第218話 ベイビー。アイラブユー。 ~亀は、愛は死なない! コルティオール軍、奇跡の敗走!!~

 宇宙要塞・ラブラブベザルの主砲が桃色の盾・ゲラルドの甲羅を撃ち抜いた。

 確かに撃ち抜いたのである。


 レーザーが貫通して、亀の体には穴が空いた。

 だが、亀は止まらない。



「ふぉぉぉぉぉぉぉ!! 愛の試練の痛みならば!! これしき何でもありません!! ああ! 麗しの君よ!! 悪の道からこの桃色の盾が救い出して差し上げます!!」

「ぎゃあああああっ!! なにこいつ!! こわっ!! いや、マジでヤベーヤツ出てんだけど!? 危険人物リストの先頭に載せとけよ、この変態をよぉ!! くっそ創始者ぁ!!」



 エメラルドのリュックさん。

 実力で言えば彼女の1000分の1以下の亀に心をへし折られる。


 なにせ彼女はまだ17歳。

 加えて、限定された空間のバーラトリンデで生きて来た少女は、世の中を知らない。


 広い世界に出た途端にガチの拗らせ系変態とエンカウント。


 なるほど。心は折れるだろう。


「ちょ、ゴンツ!! ゴンツぅ!! 中に入れて!! もう外やだ!! 中がいい!! 中ぁ!!」

「ふぉぉぉぉぉぉ!! 年端もゆかぬ少女が、なんと卑猥な言葉を!! これがバーラトリンデのやり方かぁぁぁぁぁ!!」


 そして、これがコルティオールのやり方である。

 桃色になったゲラルドの想像力は無限大。


 推しの少女が何を言っても興奮に変える様は、まるで錬金術師のようでもある。

 それから、要塞の中に涙を流しながらリュックが逃げ込むまで、ゲラルドはその周りを攻撃すらせずにただ自転しながら回転し続けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ちなみに、ドン引きしているのは味方も同じ。

 コミュ力強者のアルゴムでさえ、しばし言葉を失っていた。


 この惨劇を何と形容したら良いのか、アルゴムには分からない。


「くはははっ。亀め。やるではないか。敵を追い詰めおった」

「……確かになのだよ。精神的にはもう瀕死のレベルまで追いつめたようだがね。……四天王は生物を媒体にした魔力生命体。つまり、生み出した時のベザルオール様の精神が影響しているはずなのだが。……いや、この考察はヤメておくのだよ」



 ベザルオール様。とんでもない風評被害をお受けになられる。



 亀が変態に変態したのは後天的な要素が多いので、ベザルオール様の精神状況の影響に言及するのはあまりにも酷と言うもの。

 だが、今はベザルオール様の精神衛生を気にしている場合ではなかった。


 突如として巡って来た撤退の好機。


 まさに千載一遇。逃す手はない。

 アルゴムがやっと自分の発するべき言葉を見つけてから、叫んだ。


「皆様! この機に退却しましょう!! ゲラルドが……いや、ゲラルド殿が作ってくれた機を逸するは愚の骨頂です!!」


 ついにアルゴムの中でゲラルドが「殿を付けるレベル」にランクアップした。

 1つの事に傑出した者にアルゴムは敬意を抱く。


 それが例えば変態であったとしても。


「うむ! バリブ!! 全速力で飛ぶのだよ!! メゾルバ! 君はあの亀を回収してくれるかね!!」

「くははっ。最悪の仕事が回ってきおったわ。良かろう。亀! 帰るぞ!!」


 そんな、飼い犬の散歩を切り上げるみたいに。


「メゾルバ様! 私はここに残ります!!」

「何を言っておるのか。亀よ。普通に死ぬぞ」


「構いません!! 恋のために死ねるのであれば!!」

「くははっ。死んでしまってはもはや女を想うこともできぬが?」



「メゾルバ様!! 私の背中に飛び乗ってください!! 全速力で飛びます!!」

「……あの亀。いや、ゲラルドだがね。変態化してから少しばかり決断力が良くない方向に増しているのではないかね? 黒助様に報告しておかねば、多分、いや確実に少女の一言で呆気なく裏切ると思うのだよ」



 こうしてコルティオール軍は敗走。

 結果としてはバーラトリンデに軍事拠点の構築を許してしまったが、命あれば再戦で失態を取り戻すこともできる。


 今は生きて帰還する事こそが肝要なのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ちなみに、敗走しただけで得るものはなかったと考えているコルティオール軍だが、実はとんでもない戦果を挙げていた。


「……もう帰る。や、聞いてねぇんだって。なに、あのヤベークリーチャー。私、ホラーゲームの実況しててあれ出てきたら配信事故起こすって。トイレ我慢してたら最悪の事態だってあるんだけど」

「リュック。落ち着いて? あの亀は確かに驚異的な精神力だったけど、君が本気を出せば敵じゃないよ? と言うか、私でも倒せるよ?」


「なら! あんたが倒せよ!! 私は怖いって言ってんでしょ!! ……あー。動画のコメ見よ。……大魔王とか言うアカがまた大量にコメントしてんだけど。パンツ見せなくてもダンスのクオリティ高須クリニックなので、卑しい男に媚びる必要などないのである。だって。ぷっ! 私のフォロワーに袋叩きにされてんだけど! ……なにこいつ。ちょっと良いヤツじゃん」


 リュックさん。亀のトラウマを大魔王で埋める。

 なお、このアカウントが誰のものなのかは分からない。分からないのである。


 しばらく心が折れたリュックの回復のため、宇宙要塞・ラブラブベザルは動きを止める事になるのだが、その事実はまだコルティオール側に露見していなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 とある山脈。

 魔王城では。


「くっくっく。アルゴム。そしてガイルよ。余の忠実なる臣たち。おかえり。ファンタ冷やしてあるけど飲む?」


「い、いただきます……」

「私も頂戴します。……それから、ご報告が」


 アルゴムとガイルは、「大魔王様の名前を冠した敵の要塞、ヤベーです」と端的に伝えた。

 スマホを眺めながらベザルオール様は「くっくっく」と笑う。


「くっくっく。……マ? 卿ら2人でも無理なん? 踊ってみた動画見てる場合じゃない感じ?」

「ははっ! 動画は後日の楽しみにされるのがよろしいかと!!」


「くっくっく。お気に入りの配信者を見つけてしまったのだ。ダンスが上手くてトークも面白いし、声が可愛い。正直推せる。余の可愛い孫コレクションが増えてしまう。くっくっく。次はゲーム実況見る。やる気ないのに不意のリアクション可愛い」


 大魔王の不敵な笑みを聞きながら飲んだファンタグレープの味は無類であったと、のちにアルゴムは日記に書き残している。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日大農場では。


「おい。どうしたメゾルバ。……聞くが。亀の色が変わってないか?」

「我が主。話せば長いことながら」


「なら短くまとめろ」

「くははっ。なんと無慈悲な。亀が敵の幹部に惚れて、やりたい放題して参った」


「なるほどな。まあ、亀は動物に近いから、発情期とかあるんだろう。知らんけども。とりあえず母屋に来い。ウリネに頼んでスイカを持って来てもらおう。酷い顔だぞ、メゾルバ」

「主のお心遣い、痛み入る。スイカを食べれば嫌な記憶も消せるであろう」


 それからミアリスによって事の顛末を聞き、報告しなかった理由も聞いた黒助。


 「何をしているのだ。こいつめ」と言って、頭をポンと叩かれるミアリス様。

 その表情は恍惚一色であり、イルノは思った。


 と言うか、口に出した。


「もうイルノはそろそろ付き合いきれないですぅー。明日はお仕事休んで、現世に気晴らしに行かせてもらうですぅー。上司がポンコツとか、悪夢ですぅー」


 戦いが終わり、これから考えるべきことは山積み。


 そんな折ですが、イルノさん、明日は現世に行くそうです。

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