第217話 覚醒の亀 ~新しい恋はゲラルドを再び桃色に染める~

 ペコペコ大陸の沿岸部では、相変わらず宇宙要塞・ラブラブベザルとコルティオール軍がにらみ合いを続けていた。

 だが、そこに現れた輝石三神の1人。


 エメラルドのリュック。


 制服を着た少女が指をスッスと動かすと、ドローンたちは一斉に動きを揃える。

 まるでベテラン指揮者のタクト捌きを見ているようだとアルゴムは思った。


「まずいことになりましたね。やはりあの少女、敵の幹部以上ですよ。ガイル様、いくつ撃ち落とせますか?」

「全て……と言いたいところなのだがね。この素早い動きでは私のブレス攻撃をもって捉えられるのは……。良くて10と言ったところなのだよ」


「私は雷撃ですので多少は融通が利きます。こうなれば、魔力を一気に失いますが、雷の雨でドローンを一網打尽にするのも手かと考えますが」

「ううむ。悪くないとは思うのだがね。恐らく、君の推察通りすぐにドローンは増殖すると思われるのだよ。そうすれば、打つ手はなくなるのだよ」


 アルゴムは頷いた。

 本当は強い、通信指令・アルゴム。


 彼は用兵家としても非凡な才を持っている。


「一時撤退しましょう。ベザルオール様にお許し頂けるか分かりませんが。ここで死者を出すよりは良いかと。情けのない事ですが、私たちが束になってもあの少女には勝てません」


 アルゴムの英断であった。

 「逃げの一手に徹する」と言う策は、侵略される側にとってなかなかチョイスできるものではない。


 防衛部隊が撤退する事はすなわち、敵に攻略拠点の設置を許すと言う事である。

 今後の戦いを考えると、命を賭けてでも敵の攻略拠点は破壊するべきなのが定石。


 しかし、アルゴムは知っている。

 敬愛する大魔王ベザルオール様は、臣が命を賭す事を是としないお方であると。


 情けなくても、みすぼらしくても、無事に魔王城へ帰り着く事だけを望む偉大な司令官であると、アルゴムは心得ている。



 今は玉座に腰掛けてウマ娘でスイープトウショウ育てるのに夢中なのだが、その件に関しては目をつぶってもらうしかない。



「メゾルバ殿! 私が雷撃魔法でドローンを一掃しますので! そのタイミングで撤退しましょう!! よろしいですか!?」


 既に力を失った力の邪神。

 答えは当然「イエス」であった。


「良かろう。今回は引き分けと言うことにしておこう。くははっ。命拾いをしたな」

「……さすがは唯一生き残った三邪神なのだよ。両腕ぶっ飛ばされて、よくもまあ真顔でいい勝負だった! みたいなセリフを吐けるものなのだよ。あと何回か強がりを言いそうな気配も感じるのだがね。何を言うのやらなのだよ」


 だが、メゾルバの続けた言葉はガイルの予想とは違った。


「メゾルバ。ガイル。うちの亀の様子がおかしい」


「ゲラルドがですか? 元から、割と様子がおかしい魔獣ですが?」

「うむ。情緒不安定で、割と簡単に寝返ったりするのだよ。何がどうおかしいのかね?」


 それでは、ゲラルドさんの独り言をどうぞ。



「……私は、魔王四天王の筆頭として封印を解かれたのに大した活躍の場面もなく。何なら寝返ったところで乗り物扱い。挙句、アルゴム様は私以外の者には様か殿を付けて敬語で喋られるのに、私だけ呼び捨て。最近はメゾルバ様にすら名前を呼ばれなくなった。亀、亀、亀……。好きで亀に生まれた訳ではないのに。そもそも、四神がモチーフの四天王で、どうして亀を残すのか。私だって竜とか虎とか不死鳥になりたかった」



 割と重症であった。


 戦場において命の危機に瀕した際、兵士が精神に異常をきたす事はままある。

 が、ゲラルドもかつては四天王の筆頭として活躍……はしていないが、活動はしていた身。


 よもや、ここで精神が崩壊するとは。


 だが、彼の心は折れていなかった。

 これまで募らせてきた不満は、全てこれから加速するための助走。


 彼は新しい恋を見つけていた。


「メゾルバ様!! どいてください!!」

「くははっ。どうした、亀。正気に戻れ」


「うるさい!! 私に芽生えた新たな愛の邪魔をするな!!」

「……これまで少しばかり辛く当たり過ぎたか。帰ったら、一杯奢ろう。元気を出せ、亀」



「私は!! あの少女が好きだ!! 敵なのにミニスカート!! 華奢なシルエットは守りたくなる!! 肩出してる爽やかなエロスが堪らない!! あの不機嫌そうな顔!! 酷い事言われてなじられたい!! 無気力な小悪魔系とか最高だ!! これから私は、あの子に愛を伝えて来る!!」



 亀、ご乱心。


 まさか、この亀は再び裏切るのだろうか。

 一度裏切った者は、同じことを繰り返す抵抗感も薄くなるのか。


「桃色の盾・ゲラルド!! これより特攻する!! 愛を叫ぶために!!」


 凄まじい魔力を身に宿し、ゲラルドが高速回転を始めた。

 その魔力量はアルゴムを超えるレベルであり、明らかに命を燃やして発現している。


 そのままゲラルドは、ドローンの砲撃をものともせずリュックに向かって突進した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 リュックは驚いていた。


 彼女は演算能力も傑出したものを持っており、その計算では『自律型爆撃機バーラトドローン』を5機ほど集めればゲラルドは撃墜可能なはずだった。

 それは正しく、本来ならばもう亀は落ちているはずなのである。


 だが、先に恋に落ちた亀の謎のパワーはリュックの計算でも弾き出せなかった。


「お嬢さぁぁぁぁん!! お名前を教えて頂けませんかぁぁぁぁぁ!!!」


 ピンク色の亀がキモい事を言いながら突進してくる。



 17年の生涯の中で、リュックさんにとって一番の恐怖体験であった。



「やっ!? えっ、なにあれ!? いや、意味わからんし。ちょ、なんで死なねーの!? うわわわわ!! キモい、キモいキモいキモい!!」

「私は桃色の盾・ゲラルド!! あなたを愛する者です!! どうぞ、投降を!! あなたの身柄は私が何をしてでも守ります!! だから!! 付き合ってください!!」



 裏切ってはいなかった亀。だが、相当なキモさを発揮していた。



「やぁぁぁ!? なにあれ!? マジで怖い!! え、なんなん!? コルティオールの生物、ガチってんだけど!? ハーブでもキメてんの!? 目ぇマジなんだけど!? ど、ドローン!!」

「愛の前には無粋な機械など!! ふぉぉぉぉぉ!! 無力ぅぅぅ!!」


 覚醒の亀、ドローンを全て体当たりで破壊していく。

 リュックは涙目になり、ゴンツに助けを求めた。


「ちょっ! 無理! 無理だから!! ゴンツ、どうにかして!! 怖い、怖い!! ピンクのキモい亀がすっごい圧かけてくる!! やだぁ! もー帰る!! ここ怖い!!」


 輝石三神の最強格を精神的に追い詰める亀。

 これにはゴンツも黙っていられない。


「主砲! 亀に向かって斉射!!」

「げははははっ!!」


 レーザー砲がゲラルドの甲羅を撃ち抜いた。

 やったか。

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