第206話 1500年ぶりの再会 ~と言う名の地獄~

 ここまでかなりヒステリックな面を披露して来た、かつての女神で今はバーラトリンデの統治者のコルティ。

 待ちわびた、1500年も待ち続けたベザルオールとの再会。


 で、普通に忘れられていた事実。


 これらを複合して考えると、まずガチギレだろう。

 そう思われるのは当然だが、この創始者様、意外と冷静だった。


「ふふふっ。きっとそんな事を申されると思っていました。あなたは1500年前から忘れっぽいところがありましたから。そんなおっちょこちょいなところも、チャーミングです!」


 コルティが強権を振るうのは部下にのみ。

 想い人に対しては尽くすタイプの女性だった。


 自分の会社でパワハラしてるのに好きな男の前だと猫被るみたいに言うと、なんだか割と最低な感じになってしまうのでオブラートを大量に用意する必要がある。

 なにせ、今は和平交渉の大好機。


 このコルティとベザルオールの再会をどう活かすかによって、今後のコルティオールとバーラトリンデの関係性も決まると言うもの。

 ここで、あろうことか多くの女子に言い寄られても「そうか」としか言わない、欲求をどこかで失くしてしまった男、春日黒助が動く。


 彼は大魔王に言った。


「おい。じいさん。聞くが、あの美人はあんたの知り合いじゃないのか。明らかにじいさんの事を知ってる風だが。名前も呼んでいたしな」



 コルティの中で、春日黒助の評価が雲を突き抜けFlyAwayした瞬間であった。



 1500歳を超えるコルティは思った。

 「なんですか、この子! 粗暴な印象でしたけど!! まあ、まあまあ!! 見所があるじゃないですか!! そう言えば、当代の女神が守護者に選んだのでしたね!! グッジョブ、今の女神!! ええと、ヒメネスでしたっけ? グッジョブ、ヒメネス!! さすが、私の記憶も継承しているだけありますね!!」と。


 なお、ヒメネス、もといミアリスさんについて訂正がある。

 彼女はコルティの記憶を引き継いではいない。

 なぜならば、コルティは女神の泉に記憶を保存する前にノワールによって強制的な単身赴任を喰らっていたからである。


 コルティの記憶が継承されていれば、ベザルオールとの関係も最初から分かっていたためノワールが黒幕である事にもかなり早い段階で気付けていただろう。

 と、今更言っても詮無きことではあるが。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コルティの視線のレーザービームに耐えきれなくなってきた黒助。

 隣の大魔王を肘で小突く。


「おい。じいさん。なんか返事してやれ。こっち見てるぞ。ものすごく」

「くっくっく。そうは言うが、黒助よ。向こうがこっちを知ってるシチュエーションはかなりのアウェイ感がある。なにせ、こちらが初手で名前を間違えたりした場合、一発レッドすらあり得るのだ。さらに、運よく名前が当たったらそれはそれで辛い。記憶にない思い出話が始まるのは確定しておる」


 ベザルオール様、20年ぶりに高校の同級生と再会したけど誰だったか思い出せない、みたいなシミュレーションに突入しておられる事が判明。

 だが、コルティはグイグイ来る。


「ベザルオール様! 覚えておいでですか!? あなたはクックル鳥の卵料理がお好きでしたね!!」

「くっくっく。えっ、やだ。割と余の事、深く知ってるパターンやん。これはいよいよ迂闊な言葉は吐けぬぞ」


「あなたと過ごした80年余りの時は、どのシーンだって忘れた事はございません!! 今でも鮮明に思い出す事ができますわ!!」

「くっくっく。……マ? 80年も付き合いがあった? 同級生どころではない関係性ではないか。何なら、前妻くらいの関係性まである。そしてまったく思い出せない、余。これはオワタ」


 ベザルオール様の名誉を守る時がやって来た。

 この大魔王、別に加齢による物忘れでコルティの事を記憶から消している訳ではない。


 虚無のノワールによる洗脳は解けたが、バーラトリンデにすっ飛ばされたコルティと違い、ベザルオールの傍には常にノワールが控えていた。

 つまり、常時記憶の操作が行われていたのである。


 特に「コルティと親密だった記憶は念入りに抹消しなければなりませんわね」と考えていたあのくそったれエネルギー生命体は、これまた1500年にほぼ近い時間を使い、「とりあえずコルティについて忘れなさい」とピンポイントで消しゴムを擦りまくった。


 当然だが、洗脳されている状態なので魔力によるガードもままならず、ベザルオールの頭の中からはコルティについての記憶が消えて行った。

 面倒なのは、ノワールが「ほんの少しは残しておきませんと、不自然ですわね」と、断片的な思い出をいくつか放置した事である。


 その結果、ベザルオールの中の「くっくっく。女神コルティは素晴らしい女性であった」と言う思い出と、実際のコルティはかなりかけ離れた存在となってしまった。


 以上、これからベザルオール様がやらかす悪手についての事前フォローでした。

 それでは、やらかしをご覧ください。


「どうなさいましたの? ベザルオール様! あの頃のように私の名を呼んでください!! 気軽に呼び捨ててくださっていたではありませんか!! さあ! この時を待ち続けていたのです!!」


 追い詰められたベザルオール様は、ゆっくりと言葉を紡いだ。



「くっくっく。そなたは……。コルティオール北高校で1年だけ同じクラスだった、メソポタミンさんだな。お母上はまだ学習塾をやっておられるか。いや、美人になり過ぎていて誰だか最初は分からなかった。超久しぶりー。くっくっく」

「……は? ……まさか、ベザルオール様。……私が誰だか、まったく分かっておられない? ……冗談ですよね?」



 黒助はスマホを取り出した。


「ああ。俺だ。すぐにそちらへ戻る。じいさんがやらかした。話し合いは失敗だ」

『はーい! 了解! みんなー! ベザルオール様がやらかしたってー!! 敵が攻めて来ますよー!!』


 悲報は鉄人によりすぐにコルティオール中に広がった。

 問題は、怒りに震えるコルティからいかにして撤退するかである。


「……ふ、ふふふ、ふふふふっ!! ……私がお慕いしていた1500年の間、あなたは。……ふふふふふふふ」

「くっくっく。余、また何かやっちゃいましたか」


 凄まじい勢いでバーラトリンデの大地が揺れ始める。

 それもそのはず。

 この星は、コルティが時間をかけて自分の魔力を使いカスタマイズした土地。


 つまり、この地にいる以上、最強なのはコルティなのである。

 さすがに春日黒助も「これは分が悪いな」と判断していた。


「じいさん。とりあえず逃げるぞ。間違いなく、あのガチギレしてる美人が敵のボスだ」

「くっくっく。余が悪いん? ねえ、余が悪いん?」


 ベザルオール様はそんなに悪くないが、クックル鳥のエピソードはかつてガイルやアルゴムに語っていた事実は無視できない。

 つまり、責任の所在を明確にしようとすると、犯人はあなたです。大魔王様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る