第207話 敵星から絶体絶命の撤退戦! ~農家のジョーカー、来る~

 コルティは両手を空に向けて掲げた。

 すると、どこらかともなく鉱石が集まって来る。


 ものの数秒でそれは巨大化し、直径はユニバーサルスタジオジャパンの入り口の辺りにあるオシャレな地球のオブジェを超えるほどのサイズになった。


「ちょ、やべぇ! 創始者様!! その規模の鉱石が星に当たっちまうと、バーラトリンデ自体がぶっこわれちまう!! 落ち着いてください!!」

「黙りなさい、ゴリアンヌ!! 私は知っているのですよ!! あなたぁ!! ベザルオール様に何度も美人と呼ばれていましたね!? ……私は忘れられていたのに!!!」


 ゴリアンヌは「ひぃぃっ!!」と腰を抜かして座り込む。

 完全な八つ当たりなのだが、「も、申し訳ありません!!」と彼女は謝った。


 恋愛脳を拗らせた女性は恐ろしい。

 この見解は、コルティオールもバーラトリンデも共通しているようである。


「さあ!! この巨石をどう受けますか!? そうですよ、最初からこうすれば良かった!! ショック療法で、私の事もきっと思い出します!!」


 かつてない緊急事態に、春日黒助も判断に悩んでいた。


 このままだと、あの巨石を投げつけられる。

 それを粉砕するのは可能だが、連発されると逃走する機を逸する事になる。


 ならば回避がベターだが、黒助は「それも筋が通らんぞ」と眉間にしわを寄せる。


 なにせ、コルティ激怒の原因はベザルオールにあり、ベザルオールは黒助にとって今や農場の事業主仲間。

 仲間が犯した罪は連座するのが黒助の主義。


 「こちらの手抜かりでこの星が消滅するのはあまりにも忍びない」と彼は考える。


「おい。じいさん。嘘でもいいから、あの癇癪起こしてる美人の事を思い出したと言ってやれ。そうすれば、とりあえず矛を収めるかもしれん」

「くっくっく。黒助よ。余は卿に問いたい。全然記憶にない人に、ああ! 久しぶりっすね!! と応じるのは、果たして正しいのか。相手を謀るばかりではなく、己の魂にも嘘をつくことになる。それは余の信条に反する」



「確かにな。じいさんの言うことが正しい。だが、そうなると記憶障害起こしてるあんたに全責任を負ってもらう事になるが」

「くっくっく。それはそれでつらみ。大魔王とは言え、よそ様の星を破壊するほどの蛮行を犯して明日から平和にアニメ鑑賞を再開できるほど余の神経は太くない」



 やはり迎撃しか選択肢はない。

 黒助は立ち止まり、コルティの方へ向き直した。


「いい面構えですね!! 死を覚悟しましたか!! 私の1500年の恋慕にくらべれば!! 一瞬の苦痛など考えるまでもない雑事!!」

「そうか。俺には事情がまったく分からんが。だが、美人。あんたの部下を巻き添えにするやり方は感心せんな」


 コルティは冷たい目を黒助に向ける。

 彼女の中では、全ての生き物を「ベザルオール様か、それ以外か」に分別するフィルターが存在しており、当然だが黒助もその他大勢に分類される。


「あなたに何が分かりますか!!」

「いや。だから分からんと言っているだろうが」


「黙りなさい!! 鉱石魔法!! 『メテオ・カタストロフィ』!!!」


 破滅の名を冠したコルティの大魔法が春日黒助に襲い掛かる。

 彼は「後の事を考えても仕方がない。とりあえず、叩き壊すか」と覚悟を決める。


「おらぁぁぁぁぁぁっ!!! ……ぬっ!?」


 その時だった。

 コルティと黒助の間の空間が歪み、蜃気楼のように景色が滲む。


 続けて、頭髪の寂しい中年男性が現れた。

 彼は右を見て左を見て、全てを理解する。


「なっはっは!! 鉄人さんに呼ばれて来てみましたが! これはとんでもない修羅場ですねぇ!! 私も張り切りがいがありますよ!! ひぃえぇぇぇいぃああぁ!!!」


 裏声で叫んだ救世主は、巨大な空間の穴を作り出しコルティの放った巨石を吞み込ませた。

 彼の名前をご存じだろうか。


「……岡本さん!!」

「いやはや! 春日さん! 良いお知らせを持ってきましたよ!! イチゴの苗を今ならお譲りできるのですが! もちろん、お友達価格です!!」


 農協の岡本さん、何事もなかったように敵星に降臨する。


 そのまま流れるようにセールストークへと移行した。

 今度は黒助が即座に全てを理解する。


「ちょうどうちの農場でも新しい作物をと考えていました!! イチゴの苗、あるだけください!! 言い値で買わせてもらいます!!」

「なっはっは!! 春日さんは相変わらず気風が良い!! では、この場も私が収めましょう!!」


 空間魔法使いの岡本さん。

 彼の参戦は戦局を大きく変える。


 農協は農家にとってのジョーカー。

 ある時は牙を剥き、ある時は頼りになる守護者と変わるのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 面白くないのはコルティさん。

 彼女は極めてイライラしており、ストレス発散の意味もこめて放った『メテオ・カタストロフィ』が行方不明になった事実は、怒りを増幅させた。


「なんですか、あなたは!! 私、頭髪の薄い方はタイプではありません!!」

「これはなかなか手厳しい!! 農協で売っている柑橘類を使った育毛剤を使っているのですがねぇ。いやはやどうして。思い通りにはいきません」


「誰も彼もが私をバカにする!! 今一度、先ほどよりも大きなものをぶつけて差し上げましょう!!」

「それは困りますねぇ! 春日さんもベザルオールさんも、私の大事なクライアント!! 怪我をされたら共済の出番ですが、それを未然に防げるのならばそちらの方がずっと良い!! ああ、そこのお嬢さん」


 岡本さんはゴリアンヌに声をかけた。


「な、なんだ!? てめぇ、滅多なこと言うんじゃねぇぞ!? 状況分かってんだろうな!!」

「ああ。いえいえ。これね、うちの農協で売っているサブレーなんですが。よろしければどうぞ。こっちはカボチャの種が練りこんであります。こっちはピーナッツ入り。美味しいですよ」


 ここまで悲しい事続きだったゴリアンヌの表情がパァッと明るくなる。


「えっ、いいのか!? こんな貴重もんもらっちまって!!」

「ご迷惑をおかけしたお詫びですからね! 皆さんで召し上がられてください! インターネットで通販もしていますので!! こちらがチラシです!!」


 ゴリアンヌにさり気ない営業活動をした岡本さんは「頃合いですね」と頷き、走って黒助とベザルオールの元へ。

 続けて空間を歪めて、宙に穴を作り出す。


「さあ、撤収しましょう! これは普段私たちが使っている転移装置の簡易版のようなものです! あまり長くは維持できませんので!! お早く!!」



 ついに転移装置を人為的に作り出せるようになった岡本さん



「分かりました。じいさん。先に行け」


「くっくっく。お年寄りに優しい卿が好き。お言葉に甘えよう」

「では、俺も! 岡本さん、もう大丈夫です!!」


 岡本さんは最後に頭を下げて、数々の非礼を詫びた。


「お騒がせしました。御用の際には、こちらの名刺の連絡先へお願いします。それでは、本日のところはこれで。ひぃえぇぇぇいやぁぁぁぇい!!!」


 一瞬で撤退を完了させた岡本さん。

 バーラトリンデには、彼の裏声だけがしばらくこだましていた。

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