第199話 大魔王・ベザルオール様、2000年以上の生涯で初めての宇宙旅行に生身で挑まれる

 大魔王ベザルオール様。

 「空を謎の理論で走り回る物理のお化けに背負われて大気圏を突破する」と言う常軌を逸した事態に、純粋な恐怖を抱かれていた。


「くっくっく。しばし待て。黒助。余は……そう。余は、武器がない。凪月の杖を失ってから、魔力を増幅させる武器を失っておる。これではアレである。卿の足手まといになりかねん。余は……余は、うん。ちょっとそういうお荷物的なポジションは嫌だなって。ベザルオールはベザルオールは考えてみたり」


 黒助は「なるほどな」と理解を示す。

 ベザルオール様は「くっくっく。やったか!?」と瞳を輝かせた。


「ミアリス。ヴィネ。なんか適当に、じいさんの杖になるものを用意してやってくれ。確かに、年寄りに杖もなしで歩かせるのは危ないからな」

「くっくっく。既に意味が通じてなくてワロスワロス」


 ミアリスが「ちょっと母屋探してくる!」と言って立ち上がる。

 イルノがそれについて行く。

 「どうせ下着だらけの部屋に行ってもミアリス様には何がどこにあるか分からないですぅー。カラフルなブラとか持って来られてもベザルオール様が困るですぅー」と、最近は物置の管理も兼任している水の精霊は言う。


「あたいもちょっと家を見て来るよ。けど、杖ねぇ。魔王軍では、ベザルオール様が杖を使ってたからさ。武器被りを避けようって事になって、他に杖使ってるヤツはいなかったんだよねぇ」

「くっくっく。ほらぁー。黒助よ、聞いた? 杖がないのでは、余はちょっとアレである。重責に耐える自信がない。ねー。聞いたー?」


 ベザルオール様。

 もはや大魔王のプライドなどいらん。そんなもん、ふりかけの代わりにご飯にかけて食っちまえ。そう言わんばかりのなりふり構わぬ姿勢をお見せになられる。


 15分後。

 ミアリスとヴィネが戻って来た。


「とりあえず、杖の代わりになりそうなもの拾って来たわよ。まあ、ベザルオールならこれで充分でしょ」


 そう言ってミアリスが持参したのは。


「くっくっく。見覚えがあり過ぎてぴえん。よもや、こちらの母屋にも常備してあったか」

「ミアリス。なかなか着眼点が良いな。これなら、掃除もできる」


 クイックルワイパーであった。

 イラミティとの戦いで焼失した便利グッズと数時間ぶりの再会を果たしたベザルオール様。


「待たせたね! リッチたちに探させたら、こんなものしかなかったんだけど! 役に立つかい?」

「お前たち、本当に気の合う仲になったな。じいさん。喜べ。スペアもできた。こんなもん、いくらあってもいいからな」


 ヴィネが持参したのもクイックルワイパーであった。

 大魔王ベザルオール様。両手にクイックルワイパーを装備なされる。


「これで問題は解決したな。では、ユリメケ平原の広い場所に行くか。地面をめいっぱい蹴るからな。無人の荒野が良かろう」

「くっくっく。夢ならばどれほど良かったでしょう」


 それから、それぞれの事業主を見送るために飛竜3匹に分乗して、コルティオールの実力者たちが大移動して行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日鉄人がチートアイテム『魔の邪神の経典』から「おっ! これいいね!」と見つけた硬化魔法で、まず半径5メートル四方を頑丈な足場に変える。

 彼氏に続いてセルフィが風魔法で防壁を構築した。

 これで飛散物対策も完璧。


 ニートカップルの共同作業であっという間に出来上がった、コルティオール宇宙センター。

 春日黒助は先ほどから入念な柔軟体操をしている。


「くっくっく。ミアリスよ。頼みがある」

「なによ? ベザルオールが頭下げるなんて珍しいわね」


「くっくっく。そなたの創造で、宇宙服を作ってくれぬか」


 ミアリスは心底意外そうな表情をして、確認した。



「あんた、大魔王なのに宇宙で活動できないの!?」

「くっくっく。大魔王の拡大解釈が凄まじすぎて草。続けてやって来た絶望感で生やした草がもう枯れそう」



 ミアリスが「仕方ないわねぇ。待ってなさい!」と最終的に要求に応じる。

 すかさずベザルオール様は「くっくっく。さすがはミアリス。良い嫁の条件を揃えておるわ」とヨイショした。


「鉄人! なんかさ、宇宙服の資料持ってない? あんたのスマホ、何でも入ってるじゃない!」

「ありますよー! えっとね、待ってくださいよ。これは……セルフィちゃんのコスプレ写真だ。これは……ああ。セルフィちゃんのちょっとエッチな自撮りだ。こっちは……うん。セルフィちゃんのすごくエッチな自撮りだ」


「ちょ、ちょちょちょー!! ヤメろし!! なんでミアリス様に見せてんだし!! 普通、彼女のプライベート写真をその上司に流出させる!?」

「大丈夫! どのセルフィちゃんも可愛いよ! だから平気!!」



「あ、そうだし? ……じゃあ、別にいいし!」

「わたしが言うのもなんか怒られそうだけど。セルフィさ。あんた、初登場の時の面影が1ミリも残ってないわよ?」



 その後、鉄人が「あ! これならどうですか! 僕のおすすめ!!」と言って、画像をいくつかピックアップして表示させた。

 「へぇー。宇宙服ってこんななのね。ありがと。創造してみるわ!」と言うと、ミアリスは久しぶりに異能を使う。


 こうして創り上げられた宇宙服は、速やかにベザルオール様へ進呈される。

 それを見て、大魔王は確信した。



「くっくっく。ガンダムのノーマルスーツじゃん。しかも1年戦争時のシャア・アズナブルモデル。くっくっく。これ、ただのコスプレだと思うの、余」

「なんか分かんないけど、鉄人がイケるって言うんだから大丈夫でしょ! 現世の宇宙飛行士もみんなそれ着てるらしいし!! 頑張ってね、ベザルオール!!」



 いつになく可愛い笑顔で女神にエールを送られたベザルオール様。

 ノーマルスーツは着なかったらしいが、心のよりどころが欲しかったのであろう。


 シャア専用ヘルメットだけは装着した。


「よし。では行くか。じいさん、俺の体から手を離すなよ。多分、えらい目に遭うぞ。いや、じいさんは魔法で空が飛べるから平気か?」

「くっくっく。絶対に平気じゃない件。余も覚悟を決めた。この手、死んでも離さぬぞ」


 春日黒助とベザルオール様、ドッキング完了する。


「みんな、少し離れていろ。まあ、ちょっと行って話をつけて来る。晩御飯までには戻るから、柚葉と未美香にもそう伝えておいてくれるか、鉄人」

「オッケー! 兄貴の好きなサツマイモの天ぷら作って待ってるよ!」


「そうか。それは楽しみだ。では、発進するぞ。じいさん」

「くっくっく。発進と言う動詞は人間単体が使うものではないと思うの、余」


 黒助は思い切り力を込めて、地面を蹴った。


「おらぁぁぁぁぁ!! 『農家のうか大跳躍リフトオフ』!!!」


 ガォンと音がしたかと思えば、春日黒助の体は上空目指して一直線に突き抜けていく。

 その速度は凄まじく、ものの数秒で見えなくなったと言う。


 大魔王ベザルオール様の歴史に、新たな1ページが刻まれた瞬間でもあった。

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