第198話 春日黒助の「ちょっと太陽行ってくる」
春日黒助は言った。
「聞くが。つまり、太陽に住んでいるバカタレどもがうちの畑を荒らしに何度でも来ると、そういう事でいいな?」
太陽ではなく、バーラトリンデである。
畑を荒らしに来るのではなく、コルティオールの植民地化が目的である。
だが、黒助の理解の進捗がここまで来た事をその場にいる全員が歓迎したため、「そうね! だいたい黒助の言う通りよ!!」とミアリスが肯定し、オーディエンスはそれに同調した。
「なるほどな。人の畑に土足で上がり込んで来るとは。なんと恐ろしいヤツらだ。聞けば、魔王農場ではジャガイモ畑とトマト畑に被害が出たらしいな」
「くっくっく。ジャガイモ畑はほぼ全滅。トマト畑も3割ほどが消し飛んだ」
「とても看過できん。トマト畑は3週間前にイルノが出張って定植したばかりではないか。ようやく実がつこうと言う時期に……」
「黒助さんはトマトちゃんの哀しみを分かってくれる、とってもステキな人ですぅー」
うるんだ瞳で事業主を見つめるイルノ。
ならば、ミアリスだって黙ってはいられない。
「ちょ、ちょっと!! イルノってば、黒助の事を……!? そんな! あんただけはハーレムに加わらないって約束だったじゃない!!」
「そんな約束はしてないですぅー。そして、別に加わろうともしてないですぅー。ミアリス様は恋愛に目覚めてから明らかにバカになったですぅー」
イルノに冷たい視線を向けられて、「な、なによぉ!」と抗議の声を上げようとするものの、黒助がこの場にいるため自重するミアリス。
ならば1つ前のセリフも自重出来なかったのかと問いたい。
「あーっ! 鉄人来てるし! 言って欲しいし!! お疲れ様だしー!!」
「あらー! もうツンデレじゃなくなったガチデレギャル来たー!! 人目をはばからずに抱き着いて来て! これはとっても良いものですね!!」
先ほどの揺れが地震ではなく人災であると分かったため、再び従業員たちの家を回って説明に追われていたセルフィも仕事を終えて母屋に帰還。
ゴンゴルゲルゲに「すぐ朝食の用意をするゆえ、しばし待つのだ!!」と言われ、「オッケーだし! お漬物多めで頼むし!」と答えたセルフィは鉄人の隣にちょこんと座った。
「良し。これで全員揃ったか。では、俺の提案を聞いてくれ」
黒助にしては珍しく、自発的なアイデアを従業員に提示するらしい。
基本的に他の者の意見を聞き「それでいくか」と決裁するのが彼のスタイルであれば、これは異例の事である。
春日黒助はハッキリと言った。
「ちょっと俺が太陽に行ってこよう。バカタレどもに反省させて来ればいいのだろう?」
あまりにも早い最強の農家による反転攻勢。
バーラトリンデからの襲撃を受けてから、わずか2時間しか経っていない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
まず、全知全能の大魔王が懸念を抱いた。
「くっくっく。黒助よ。卿が敵の本拠地にカチコミをかけると言うのは悪くない。が、その方法はいかがする。卿は空を歩けるが、目的地は星ぞ。普段のようにはいくまい」
「いや。とりあえず空中を走る感じで行ってみよう。何となくだが、行ける気がする」
黒助の根拠がない事実をへし折る力強い理屈を前にして、ベザルオール様は「くっくっく。……そう」と言葉を失われた。
「でもさ、兄貴。1人で行くのはちょっと問題が多いよ?」
「ふむ。と言うと? 聞かせてくれ、鉄人」
ニートの肩書が軍師にチェンジ。
ウノと見紛うほどよく色の変わる男である。
「まず、兄貴の補佐を務める人が必要だよね。ほら、兄貴だって時々はアドバイスが欲しいでしょ?」
「なるほど。確かにな。鉄人の言う通りだ」
「それから、相手はかなり昔からコルティオールについて知ってるみたいだからさ。随行者にはこっちの歴史に詳しい人を選ぶべきだよね。古い因縁とか出されても、兄貴は知らない訳だし。それが和平交渉のとっかかりになるかもしれないのに、機会自体を失うのは良くないよ」
「鉄人の言うことはいつも正しいな。そうか。俺だけでは足りない事は良く分かった」
黒助は鉄人の言った条件に符合する人物をすぐに見定める。
まず、ミアリスは女神としての知識と女神の泉で継承している記憶を持ち合わせているため、求められる資質は全て揃っている。
が、黒助は「嫁入り前の娘にさせるような事ではない」と、まず乙女の参戦を良しとしなかった。
彼らしい考え方である。
となれば次の候補は春日鉄人。
兄のサポートと言う面で見るとこれまでの人生がそのままキャリアに変換できると言う大きなアドバンテージを持ち、コルティオールの歴史についても「1時間あれば覚えられるよ!!」と軽く言ってのけるだろう。
だが、鉄人には自分の留守を預かって欲しい黒助。
実力的にも心情的にも、自分の代理は鉄人しかいないと兄は確信していた。
こうなると是非もなし。
該当者はもう1人しか残っていない。
「じいさん。あんたが俺と一緒に来てくれ」
「くっくっく。……マ? 余は全知全能であるが、宇宙は未経験であるぞ。先日、宇宙旅行ものかと思い視聴した『空よりも遠い場所』は最高であったが、宇宙と関係なかった。日向ちゃんのエピソードで自分の事のようにガチギレする報瀬ちゃんはエモかったので大満足であるが。レビューはもちろん満点を付けておいた。くっくっく」
「よし。決まったな。俺とじいさんでちょっと太陽に行ってくる」
「くっくっく。全然話聞いてくれなくて草。余、宇宙に行かされてしまうん?」
こうして、春日黒助とベザルオールによる敵の本拠地カチコミ作戦が決定された。
なお作戦決行はこののち、2時間後と定められる。
ベザルオール様のため一度魔王城に戻ったアルゴム。
彼は色々と準備を整えたのち、ガイルを連れて春日大農場へと再び飛んできた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助のバーラトリンデ急襲の方法はシンプル。
いつもよりも勢いをつけて空を走り、そのまま宇宙へ飛び出して科学の星へと突入する。
常軌を逸しているが、この男がやると言った以上、実現させてしまうのだろう。
「ベザルオール様! お菓子とスポーツドリンクと塩飴をご用意いたしました! タオルと着替えのインナー、それから帽子と日焼け止め。こちらは熱くなったらお使いください!!」
「くっくっく。アルゴムよ。卿の手回しの良さが今回ばかりはちょっと憎い。万全の準備されると、もう余が断る理由ないやんけ」
「アルゴム。お前はよく気が付くな。じいさんが留守の間は、魔王城の指揮を執れ。確か、実力的にもお前が2番手だっただろう?」
「ははっ! 黒助様のご命令とあらば、拝承いたします!!」
「くっくっく。拝承しおったわ、こやつめ。もう世界線の分岐ポイントは過ぎ去ったと見た。ぴえん」
「よし。では、まず予行演習だ。じいさん、俺の背中におぶされ」
春日黒助。
ちょっとバーラトリンデへと行ってくる。
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