第196話 ブランクを感じさせない威力!! さく裂する『農家パンチ』!!

 ゴリアンヌの操る『アメージングストーンズ』は、5つの魔力核が周囲の無機物に干渉し、自在に操るだけではなく合成強化までこなす有能兵器。

 魔力を動力源にしているものの、魔法とはまったく発現の仕組みが違うためミアリスやヴィネにも理屈が分からない。


 ゆえに、攻撃のタイミングも読めなければその威力も察知することは不可能。

 魔力の運用方法が違うだけで、これだけのアドバンテージが生まれるらしかった。


 が、そもそも魔力に頼っていない者にはそんな事情など関係ない。


「聞くが、美人。お前を美人と呼ぶたびにミアリスとヴィネがなんか不機嫌になるので困っている。名を教えろ」

「ははぁ! てめぇを殺す女の名前を知りたいってか!? 意外とロマンチストだな!!」


「いや、自己紹介をしろと言っている。俺の名前は春日黒助。農家だ。で、お前は?」

「バーカがぁ!! わざわざ自分の身分明かす侵略者がどこにいるんだよ!! このタコ!!」


 黒助は「ふむ。分からんでもない」と呟いた後、右の拳で鋭い素振りをした。

 空気を謎の理屈で固める事の出来る春日黒助。


 そんな彼が拳で空気を弾けば、それは弾丸となって敵を撃つ。


「……はっ? なんだ!? なんでオレ様の頬から血が出ている!? 何しやがった! てめぇ!!」

「ああ。これはすまなかった。女の顔に傷をつけるつもりはなかった。威嚇の意味で撃ったのだが、手元が狂ったようだ。何せ、久しぶりなものでな」


「し、質問に答えやがれ!!」


 黒助の目がカッと見開かれた。

 続けて、彼は怒鳴る。



「その前に、お前ぇ! いい加減に名乗らんか!! バカタレがぁぁ!! 俺だって女に怒鳴りたくはないが、限度と言うものがあるぞ!!」

「ひ、ひぃっ!? ご、ゴリアンヌだ……」



 やっと名前を聞けた黒助は「美人なのに、気の毒な名前をしているな」と、ゴリアンヌのゴリアンヌを気遣った。

 なお、ゴリアンヌとはバーラトリンデの古語で「気高き者」と言う意味があり、黒助の発言は侮辱以外のなにものでもない。


「てめぇ……! 創始者様から頂いたオレ様の名前にケチつけやがったな!? 許さねぇ!!」

「そうか。なんか、すまん。ああ、さっきの攻撃はな。空気を力いっぱい殴る事で、空気の塊を相手に向けて弾き飛ばすことで」



「黙れぇ!! んな事ぁ、もう良いんだよ!!」

「ゴリ。お前、情緒が不安定だな。野菜を食った方が良いぞ」



 怒れるゴリさん。

 『アメージングストーンズ』を起動させて、一気に勝負をかける模様。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ミアリスが黒助に向かって叫ぶ。


「気を付けて! あの兵器、むちゃくちゃな性能なの! 下手な魔法よりずっと厄介よ!!」

「そうか。ミアリス、気遣わせてしまってすまんな」


「お、おうふ……!! 黒助に素直なお礼言われると、なんかこう、胸が疼くんだけど」

「くっ! なんて羨ましいんだい! あたいが先に言えば良かったよ!!」


 春日黒助が来ると、余りの頼りがいに当てられて周囲の緊張感が若干欠ける。

 なお、ブロッサムとギリーは死にかけているので、乙女コンビはキュンキュンしてないで彼らを助けてあげて欲しい。


「余裕こいてられんのも今のうちだけだぁ!! おらぁぁ!! この辺りの岩、全部纏めててめぇにくれてやらぁ!! 『アメージングストーンズ』、出力全開ぃ!!」


 ゴリアンヌの周囲から凄まじい勢いで岩や石、砂までもが彼女の操る魔力核に吸い寄せられていく。

 それは瞬きをする度に大きさを増していき、数秒ののちには直径数十メートルの超巨大な鉱物の塊と化していた。


「ほう。デカいな。しかし、おかげでこの辺りが凄まじく綺麗になった。これは、すぐにでも畑を作ることができそうだ。意外と親切だな、ゴリ」

「てめぇ……! どこまでも余裕ぶりやがって! 気に入らねぇ!! 死ねやぁ!! 『リベンジ・ロック・メテオ』!!!」


 かなりの質量であるはずの鉱石の塊を凄まじいスピードで撃ち出したゴリアンヌ。

 これは黒助も想定外だったらしく、「久しぶりにやるか」と言って、右の拳を強く握りしめた。


 続けて放たれるのは、彼の必殺技。

 ただのパンチなのだが、物理を極めると一発の右ストレートが全てを破壊する。



「おらぁぁぁぁ!! いい加減にせんかぁ!! 『農家のうかパンチ』!!!」

「あ、ああ? おい、待てよ。そいつの硬度、隕石と同等なんだぞ……?」



 黒助は「そうか」と答えてから、ゴリアンヌに質問した。


「聞くが。隕石とは、トラクターを使用する際、不意に出て来る大きめの石とどちらが厄介だ? あれは油断すると故障の原因になる。農協から借りているものなので、衝撃音がするだけで寿命が縮む思いだ。……ん?」


 先に魔王城から敗走したイラミティもそうだったが、バーラトリンデの侵略者は引き際が潔い。

 勝ち目がないと判断した瞬間に全てを放棄して逃げの一手に出る事の出来る決断力はなかなかに稀有なものである。


「クソが!! 今回は準備不足だ!! だがな、覚えとけ!! てめぇらは常にオレ様たちの射程距離内に存在してるって事実をよ!! その気になりゃ、いつでも殺せるんだからな!!」

「そうか。お前は見た目が柚葉と同じ系統だから、特別に追撃はしないでおいてやる。いいか、2度と来るなよ。次にうちの従業員に手を出したら……。さすがに俺もキレるぞ?」


 その時の春日黒助の表情を見るだけでゴリアンヌに死を連想させるには充分であり、勇猛果敢な女戦士の矜持に消えない傷を残した。

 だが、そんな事に気付くはずもない黒助は、見えなくなったゴリアンヌから目線を切ってミアリスに言う。


「とりあえず、ブロッサムとギリーを回収して農場に帰るぞ。まずは朝飯だ。腹が減っていては思考力が低下する」


 最強の農家はブランクを感じさせない活躍で、異星人を撃退するに至る。

 だが、これはまだバーラトリンデによる大規模侵攻のほんの始まりに過ぎないのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 地面に頭から突き刺さっているブロッサム。

 クレーターの真ん中で横たわっているギリー。


 彼らを引っ張り上げた黒助は、飛竜の背中へ向かい空を駆ける。


「ミアリス。回復を頼めるか」

「あ、はい! 任せといて!! って、結構やられてるわね、あんたたち!! よく生きてるわねー。さすが元魔王軍だわ」



 ならば早く助けてあげて欲しかった。



「あたいも手を貸すよ。『ホカホカストーブ』って魔法を最近作ってね! これ、肩凝りによく効くんだよ!」

「そうなの? それいいわね! わたしにも使ってくれる? 最近ちょっと辛くて」


「あー。分かるよ。やっぱり胸があると、肩が凝るからねぇ」

「ねー。かと言って、小さくなられても困るし。……黒助も、大きい方がいいもんね!?」


「そうだな。とりあえず、こいつらの回復をしてやってはくれんのか。うちの従業員が2人も死ぬと困るのだが」


 空気の読める飛竜のバリブが「こらあかん。飛ばしまっせ」と大きく翼を広げて農場へと向かい羽ばたいた。

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