第190話 日常の終わり。そして新しい物語へ。

 永遠に続くものなど世界には存在しない。

 それはいつもの変わらぬ日常も同じことであり、いつかは終わりが訪れる。


 それも、唐突な形で。


 さようならを言えるお別れは稀有であり、大概の別れは何も言えずに済まされる。

 後日になって「ああ、あれが別れだったのか」と気付くのがこの世の常である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日家では、朝の支度で洗面所が渋滞していた。


「うー! お姉、お姉! 髪結んでー! なんか今日は上手くいかないよぉ!!」

「仕方がないですね。と言うか、実は私もちょっと遅刻しそうなんですよ!?」


 珍しく、柚葉と未美香が姉妹揃って寝坊すると言うハプニングに見舞われている。

 2人は同じ部屋で寝ているのだが、未美香が「アラームセットしとくね!」と言って、うっかりそれを忘れたまま眠ってしまったのが原因なのだとか。


「あらー! 美少女の妹たちがちょっと乱れた服でバタバタ急いでるシチュは貴重だねー! 動画撮ってもいい?」

「鉄人さん。ぶっ飛ばしますよ? と言うか、どうして起きていたなら私たちも起こしてくれないんですか!!」


「えー。だって、僕が2人の部屋に入るとものっすごく怒られるじゃない? あ、もしかして今日はラッキーデーだったりした!? じゃあ、惜しい事したなぁ!!」



「えっ。起きた後には普通にぶっ飛ばしますよ? なんで鉄人さんが私たちの部屋に不法侵入して許されると思うんですか?」

「辛辣ぅー! だが、それが良い!! まあ、良かったじゃないの! 兄貴が朝ご飯作ってくれてさー!!」



 今日の春日家の台所は春日黒助の戦場であった。

 彼は料理ができない訳ではないが、普段は柚葉に任せている。


「む。いかんな。未美香の弁当にハートマークを作りたかったのだが。桜でんぶの買い置きがないとは。これは困ったことになった」


 黒助は非常に凝り性であり、それが妹に関わることとなれば極限まで高まる。

 ちなみに、このペースで行くと鉄人以外の全員が遅刻する。


「兄貴! 卵焼き作ってね、それを斜めに切って合わせるとハート型になるよ!!」

「鉄人……! お前はやはり天才だな。では、すまんが卵焼きを任せても良いか?」


「オッケー! 未美香ちゃんのハートは僕の担当ね!!」

「うへぇー。なんかヤダー。鉄人の作ったハートとか、縁起悪そうだよー」


 こうして、慌ただしい食事を済ませると各々が家を飛び出して行く。


「じゃあ行ってくるねー! お兄もお姉も、今日もがんばろー!!」

「そうですね! 私も行ってきます! 電車に間に合えばいいんですけど!」


「2人とも、車に気をつけてな。いや、俺が軽トラで送るか!?」

「兄貴、落ち着いて! 軽トラだと1人しか乗れないし、そもそもそれをやると兄貴も遅刻するよ!」


 黒助は苦渋の決断を迫られる。

 悩んでいる間に妹たちは出かけて行ったので、これはある意味逆にピンポンであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コルティオールでは。

 既に春日大農場の従業員が揃って、朝の体操を行っていた。


「ぐーっはは! ワシに合わせてダイナミックに体を動かすのだ! 充分に体をほぐしておかねば、怪我の原因となるゆえ!!」


 今日の体操担当はゴンゴルゲルゲであり、オーガたちからは「今日ハズレやで」「せやな。ワイはイルノさんが良かったわ」「オレぁウリネたん!」と不満の声しか漏れてこない。


 そこにやって来る軽トラ。

 出迎えるのは女神と風の精霊。


「おはよ! 黒助! 遅かったじゃない! 心配してたのよ!」

「おっはーだし。鉄人、ウチを待たせるとかなし寄りのなしなんだけど!」


 軽トラから降りた黒助は「すまん。少し寝坊した」と謝罪する。


「えっ。黒助が寝坊したの!? なにそれ、超見たかった! 鉄人、動画撮ってないの?」

「ミアリスさん、さすがお目が高い! バッチリ撮っておりますとも!!」


 ミアリス様、朝からお宝をゲットする。

 なんと幸先のいい。


「あ、そうそう! セルフィちゃんのコスプレ衣装! 新作ができたのよ! 見る? 見ちゃう? なんとね、今回はミニ丈の浴衣なの! ギャルと浴衣だけでも最強なのに、脚が強調されてもう無敵!!」

「はー。もう、オタクってマジキモいしー。すぐそーやって、やらしー恰好させようとするしー。あー。もう嫌だし。ホント、ガチのマジだしー」


 セルフィさんは基本的に鉄人が来るだけでログインボーナスをゲットしているので、ある意味ではいつも通りである。


「まーた2人が仕事してないですぅー。女神と四大精霊の自覚を失くしてからずいぶんと経つですぅー」

「イルノも大変だねー! ボクねー! 今日はメロンを収穫するんだー!! イルノにも食べさせてあげるねー!!」


 四大精霊と女神。

 彼らは農業を仕込まれ、今となってはそれが職業であり、幸せの形でもあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 とある山脈。

 魔王城では。


「くっくっく。今朝の占い、射手座が1位であった。くっくっく。これは良い」

「よろしいでしょうか。ベザルオール様」


「くっくっく。良い。申してみよ、アルゴム」

「ベザルオール様がお生まれになった時代には日付の概念がなかったのでは。ベザルオール様のお誕生日も、我ら家臣が勝手に決めたように記憶しておりますが」


「くっくっく。余は全知全能の大魔王ぞ。抜かりない。黄金聖闘士の1番お気に入りのキャラの星座を余のものとすることにした。やはり射手座よ。サジタリウスの聖衣が1番カッコいい」


 いつの間にか普通に地デジの電波が届くようになった魔王城。

 今日もベザルオール様はめざましテレビの占いにご執心である。


「では、私はりゅう座にいたします!!」

「ガイル様。りゅう座は12星座に含まれておりません」


 魔王農場も始動準備は万端。

 春日大農所よりもかなり遅れて発足したためまだまだ後塵を拝してはいるものの、その情熱だけは既に一線級だと黒助が認めているほど。


「くっくっく。では、参るぞ。ガイル。アルゴム。今日はトマトの収穫を行う」

「「ははっ!!」」


 彼らの日常は、これからも続いて行く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日黒助は農業で家族を幸せにするべく、その身を捧げて来た。

 そして、農業はいつの間にか時空を飛び越え、異世界に平和をもたらすに至る。


 最強の農家がいる限り、コルティオールに灯った農業の火は消える事がないだろう。

 明日も、明後日も。


 来年も再来年も。

 5年後、10年後。もっとずっと先まで。


 彼らの日々は続いてく。




 ——アフターストーリー。完。

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