第188話 メイド狂想曲、フィナーレ!
春日黒助は気が付いた。
未美香の事があまりにも好きすぎてこれまで思い至らなかったものの「未美香の学友も守るべき対象ではないか」と彼は悟る。
教室のどこを見渡しても、そこにはミニスカートの女子高生メイドがいる。
それを目当てに、アカシアの花に群がるミツバチのような野郎どもが次々と来店して来る。
「じいさん。聞くが、あんたはメイドに詳しいな?」
「くっくっく。余は全知全能の大魔王。メイドさんにおいてもその類はおよぶ。なんでも聞くが良い。答えよう」
「では聞くが。このクラスの女の子たちは何と言うか、隙が大きくないか? やたらと短いスカートなのに、動きが非常に危なっかしい」
これより、ベザルオール様の長文解説が始まります。
全知全能の大魔王にしてはしょうもない内容ですので、ご注意ください。
「くっくっく。さすがは春日黒助。そこに気付いたか。本来、メイド喫茶のメイドさんは胸元、およびミニスカートの管理を徹底しておる。ゆえに、見えそうで見えないギリギリ感を演出してお客を煽る。対して文化祭のような、いわゆる素人さんによる仮装。これは非常に危うい。普段着慣れぬ衣装による隙はもちろん、祭の高揚感も手伝って、アレがナニする可能性が高い。それを熟知しておる者たちが、スマホや一眼レフを構えてその時を待ち続けておるのだ。くっくっく」
「ベザルオールさんはよくご存じですねぇ! お好きなのですか? メイドさん」
「くっくっく。岡本さんのご慧眼には恐れ入る。お好きかお好きでないかと問われれば、愛していると言っても良い。が、声を大にして言っておきたい。余は女子高生がキャッキャッしながら慣れぬメイド服を着ているのに萌えるのであって、そこに性的な興味など1ミリも存在しない」
「当たり前だろう。じいさん、あんたな。1980歳以上も年下の子供に欲情し始めたら、もう何と言うか終わりだぞ」
「くっくっく。辛辣で草。欲情してないって言ってるのに、シミュレーションで勝手に存在終わらせられる余って何なん」
春日黒助が動いた。
まず未美香のいる厨房へ向かい、とりあえず懐から10万円ほど取り出した。
続けて彼は言う。
「すまないが、このクラスの給仕を任せて欲しい。気付いていないかもしれんが、君たちはあまりに魅力的であまりにも無防備だ。可憐な花が汚らわしい視線にさらされるのは耐えられん」
黒助は、どこに出しても恥ずかしくない程度のイケメンである。
より正確に言えば美形に寄ったイケメンであり、そこに有無を言わせぬ物言いが付加されると、結構な勢いで女子は胸をキュンキュンさせる。
「あ、はい。未美香ちゃんのお兄さんが言うなら……」
「ありがとう。君も実に可憐だ。その姿は、真に愛する男ができた時まで取っておくべきだと俺は思うが。……よし。じいさん、出番だ」
「くっくっく。良かろう。この大魔王ベザルオール。現世のメイド喫茶をも統べて見せようではないか」
「なんだかよく分かりませんが、私にも同じ年ごろの娘がいますからねぇ! 春日さん、協力しますよ!!」
コルティオールの三英傑。
時岡高校のメイドカフェを乗っ取ることに成功する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、春日鉄人にも変化が起きていた。
「えっ、やっ、あの! あなたが黒助さんですか!?」
「あらー! 兄貴に間違えられるなんて、光栄! 残念だけど、僕は鉄人さんだね! 未美香ちゃんの2人目のお兄様だよ!」
大槻アキラちゃんのタイプは社交的で優しく、器用で気配り上手なちょっと年上の男性である。
おわかりいただけただろうか。
「鉄人さん……!! 未美香先輩がお兄は1人だけって言っていたので、知りませんでした! こんなにステキなお兄さんがいたなんて……!!」
「やだー! アキラちゃん、正直なんだからぁ! よし、未美香ちゃんのいるメイド喫茶に行こうか! お兄さんが奢ってあげちゃう!!」
「は、はい!!」
ニートにハマる乙女が、また1人。
柚葉はとても冷たい視線で鉄人を眺めたのち、とりあえずスマホを取り出した。
何をするのかと言えば、報告である。
「あ。もしもし。セルフィさんですか? お伝えしたいことがありまして。鉄人さんが今、出会ったばかりの女子高生と仲良さげにしています。これから喫茶店で一緒にお茶するらしいです。はい、はい。いえいえ、お気になさらず! 失礼します!」
柚葉さん、前を行くニートに最も効果的な攻撃を繰り出す。
だが、多分このニートは上手いことやって難局を切り抜けるだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
鉄人と柚葉、そしてアキラちゃんが未美香のクラスへとやって来た。
そこには。
「よく来たな。聞くが、何人だ。好きな席に座れ。おい、まさか喫茶店に来て何も食わずに出ていくつもりか? ……ああ。それで良い。待っていろ。今、水道水を汲んで来てやる。そののち、俺が美味しくなる魔法をかけるからな。……絶対にその場を動くなよ。俺に引き金に指をかけさせるな」
メイド服を着こなして接客をする、春日黒助の姿があった。
「兄貴、何してるの! やだー、楽しそう!!」
「ああ。鉄人か。柚葉も。そちらの子は……。ユニフォームを見るに、未美香の後輩か?」
「あ、はい! 大槻アキラと言います!」
「鉄人さんが誘拐して来たんです。ついに女子高生に手を出しましたよ、この人」
黒助は少し考えてから、険しい顔の柚葉に囁いた。
「だが、セルフィも17歳とかではなかったか? 似たような年に思えるが」
「そうですね! さすがは兄さんです!! あと、もう一回耳元で囁いてもらえますか!!」
柚葉さんは、黒助に会えた事で世界の大半が割とどうでも良くなったご様子。
「くっくっく。卿らに愛情オムライスを提供しよう。余に続いて、魔法を唱えよ。美味しくなぁれ、萌え萌えきゅんである。くっくっく。何を照れることがあろうか」
「お待たせいたしました! こちら、農協から提供したニンジンと玉ねぎがふんだんに使われているオムライスでございます! ちなみに、鶏肉も農協の直売所では取り扱っておりますよ! はい、こちらが名刺です!!」
もはやそこに、メイド喫茶は存在しなかった。
それから文化祭終了まで、この三英傑がメイド服を着こなして接客もこなした。
未美香たちは自由時間が増えたことで文化祭を楽しむことができ、なおかつ売り上げも充分に確保されたので、祭のあとには豪華な打ち上げへと出かけて行った。
ウィンウィンである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後8時になる時分。
未美香が春日家へと帰って来た。
「たっだいまー!!」
「ああ。おかえり。ずいぶんと早かったな」
「えへへー。だって、遅くなるとお兄が心配するでしょ?」
「まったく、未美香は本当にいい子だな。風呂が沸いているから、入ると良い」
「はーい! ふぃー! 汗かいたからサッパリしたーい!! あ、そだそだ! お兄!」
「どうした?」
「今日は来てくれてありがとっ! クラスのみんながね、お兄の話ばっかりするの! もぉ、ちょっとだけ恥ずかしかったんだよ! でもね、へへっ。お兄のおかげで、忘れられない文化祭になったよ!」
「そうか。それは何よりだ」
未美香は脱衣所に向かいながら制服を脱いでいく。
その様子を見ながら「やれやれ。まだ手のかかる妹だな」と、それを回収していく黒助なのであった。
なお、今年の文化祭は長年にわたり伝説の1日として時岡高校で語り継がれることになる。
高校生のイベントに乱入した大人のマナーについては議論の余地があるかと思われるが、そんなことに意味はないと断言しておきたい。
来年も、多分、いや確実に春日黒助は時岡高校の文化祭に参加するからである。
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