第186話 混ぜるな危険! 農家と大魔王と農協の人、春日未美香の文化祭へ行く!!

 春日未美香の通う時岡高校は、体育祭が終わるとすぐに文化祭がやって来る。

 実に忙しないスケジュールであるものの、生徒たちは秋の二大イベントが連続する事でむしろ活気と活力に満ち、大半の者が毎日を楽しそうにしているらしい。


 もちろん、春日未美香も例外ではなかった。


「お兄、お兄! あたしのクラスね、文化祭で何すると思う? 当ててみて!!」

「文化祭か。確か、去年は劇だったな。未美香が主役じゃなかったから、あの目立っていたお調子者の男子生徒をぶっ飛ばしてやろうかと思ったものだ」


 なお、黒助の蛮行は鉄人によって未然に防がれております。


「ふっふっふー! 実はね! メイド喫茶なの! あたしもメイド服着るんだよっ!!」

「なん……だと……!?」


 この時、春日黒助の思考力が一時的に柴犬程度にまで落ち込んだ。

 愛する義妹がメイド服でどこの小僧か分からない男子生徒たちに見られると言う事実は、彼にとって耐え難いものであったのだ。


 その後、鉄人に「聞くが、メイド服とはどのようなものなのだ?」と教えを乞う黒助。

 「あらー! 兄貴にしては珍しい! ちょうどね、セルフィちゃんに着てもらう予定のメイド服があるんだよ! さっき作り終わったところ!!」と応じる万能ニート。


 彼は、自分でコスプレ衣装の製作もできる。


 だが、今回フォーカスすべきは鉄人のチートっぷりではない。

 敬愛する弟が作り上げたメイド服は胸元に大きくゆとりがあり、これはもう「覗きなはれ!!」と言っているようなもので、加えてスカートの丈が非常に短く、これももう「覗きなはれ!!」と言っているようなものだったと言う。


 ここで、黒助の知能がカマキリレベルまで低下する。

 彼は翌日、コルティオールにて春日大農場と魔王農場の視察に来ていた農協の岡本さんに対して、口走っていた。


 のちに黒助は語った。


 「どうして俺は、あの方にこのような事を言ったのだろう」と。


「明日は未美香さんの高校の文化祭らしいですねぇ!」

「くっくっく。そうであったか。先日体育祭を見に行ったばかりであるのに、高校生とは忙しいものだ。して、黒助よ。卿はもちろん行くのであろう」


「ああ。当然だ。未美香に悪い虫がつくのをちぎっては投げ、ちぎっては遠投する必要がある。……そうだ。じいさん。そして岡本さん。ここに入場券があるのですが、よろしければご一緒にどうですか? 2人が一緒ならば心強い」


 ベザルオール様が動揺した。

 農協の岡本さんと共に行動すると言う事は、つまり「蛇に睨まれっぱなしの蛙になる高度な縛りプレイ」であると言う事を全知全能の大魔王は理解している。


「くっくっく。黒助よ……。くっくっく。よく見れば卿、目の焦点がどこかおかしい。さては、未美香たんが心配過ぎて知能をポコッておるな。くっくっく。由々しき事態でハーブ枯れそう」

「なっはっは! いいですねぇ! 私も明日は予定がありませんので! 春日さんとベザルオールさん! 3人でお祭りと言うのも楽しそうだ!!」



「くっくっく。気が付けば退路がなかった件。黒助よ、気をしっかり持たぬか」

「明日は未美香のために、2人とも攻撃魔法の使用をお願いします」



 こうして、バグったままの黒助と岡本さん。

 巻き込まれる形で連れ去られるベザルオール様。


 戦闘力においては現世とコルティオールを合わせても間違いなく最強の3人が、時岡高校の文化祭に出陣する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 開門と同時に、未美香のクラスへと秒で向かった黒助。

 最強の肉体は55パーセントまで解放している。


「なっはっは! 春日さん、張り切っておられますなぁ!」

「くっくっく。確実にこの男、今日は人を殺める目をしておる。余がどうにかしなければならぬようである」


 彼らの移動速度は人間の認識能力をはるかに超えており、「なんか瞬間移動している青年と中年と老人がいる!!」と騒ぎになったとかならなかったとか。


「いらっしゃいませぇー! ご主人様っ! って、お兄! もう来てくれたの? お仕事は?」

「ああ。こんな日に仕事なんてしていられんからな。……しかし、未美香。スカートが短すぎではないか?」


 鉄人製作のメイド服ほど胸元は攻めていなかったがスカート丈はかなり攻めており、これはもう野郎どもの視線を独り占めすることは必至だった。

 さらに、事件が起きる。


「お兄ってば心配性だなぁー! ほら見て! 下に体操服穿いてるから、へーき!!」

「み、みみみ、未美香ぁ!!」


 未美香さん、スカートを捲り上げる。

 確かにスカートの下は体操服だったが、もはや「天使がスカートを自分で捲り上げる」と言う行為自体が神をも恐れぬ天使の所業。



「じいさん!! この場にいる男子生徒を全員殺せ!!」

「くっくっく。もはや何も隠さずに殺意を剥き出しにしててダルビッシュ。ぬぅん。空間魔法。『次元隔絶カッティングワールド』、発動せよ」



 ベザルオール様、魔力を持つ者の空間を切り離す。

 春日黒助は驚異の物理力で当たり判定を潜り抜けた。

 この魔力展開の範囲内と外では、時間の経過がまったく違う。


 つまり、未美香の体操服チラは誰にも認識されないのである。


「いやぁ! ベザルオールさん! 見事な空間魔法ですねぇ! 私、見違えてしまいましたよ!!」

「くっくっく。岡本さんに比べれば、余の魔法など児戯も同じ。恐縮の極み」


 黒助は涙を流しながら愛する義妹にすがりついた。

 なお、彼は空間が隔絶された事に気付いてもいない。


「未美香……! 頼む、お願いだ!! そんな恰好でどこぞの野郎の前に行かないでくれ!! 俺は、あまりのストレスに殺意の波動に目覚めてしまいそうだ!!」

「えー? もぉ、お兄ってば! あたしのことを独り占めしたいんだっ! 意外とそーゆうとこあるよね、えへへっ!」


 未美香はスカートの裾をひらひらさせながら、「じゃあ、しばらくは裏方に回ろっかな! お兄にお願いされちゃったら仕方ないもんねっ!!」とはにかんだ。

 黒助はもはや号泣である。


 「ありがとう……!! 俺は今日1日、未美香から目を離さん! ここに誓おう!!」と、実に面倒くさい誓いを立てる最強の農家。

 なお、この隔絶された空間において、4人以外にも自由に動いている者たちがいた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁ……。どうして鉄人さんと私が一緒に行動しないといけないんですか……」

「そう言わないでよ、柚葉ちゃん! 兄貴の精神状態が極めて不安定だからさ! ここは僕たち、家族の出番じゃん?」


「むぅー。兄さんの名前を出すとは、鉄人さんってそーゆうところありますよね。なんて卑怯なんですか」

「たはー! このジト目! これは良いものです!! 大切にしたい!!」


 春日家は既に、どのような空間でも自在に行動できる魔力を有していた。


 表では春日黒助が。

 裏では、春日鉄人と春日柚葉が。


 家族の末っ子を汚らわしい目から守るべく、ミッションに挑もうとしていた。

 まさかの回跨ぎ。


 愛と哀しみの文化祭編。スタートである。

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