第183話 コルティオール男子・プリティーダービー

 コルティオール。

 ペコペコ大陸。


 毒に覆われて全ての生物を拒み続けていた腐の大地に、競技場が建築されていた。

 そこで行われるのは、障害物競走。


 ダート1600の距離で行われる、ガチンコレースである。


「くっくっく。余はちょっと思い付いたことを、ほんの軽い気持ちで口にしただけなのに。本当にただのジョークだったのに。もはや引き返せぬところまで来ててワロス。お腹痛くなって来た」


 今回は最初から後悔している大魔王ベザルオール様。

 話は1週間前にさかのぼる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その日もベザルオール様はウマ娘の育成に余念がなかった。


 午前中を農業に勤しみ、昼食を取ったのち2時間の休憩で趣味を嗜む。

 しっかり体を休めたのち、午後の農作業へと繰り出すのが魔王農場の一般的な1日の流れ。


「ベザルオール様。この狂竜将軍・ガイル。意見具申よろしいでしょうか」

「くっくっく。構わぬ。申せ」


「はっ! 恐悦至極にございます。魔王軍の中で、何かレクリエーションを行いたいと言う声が高まっております。これも春日大農場のアットホームな雰囲気に憧れての事でしょう。ゆえに、この私が責任者として何か企画したいと愚考いたしました」

「くっくっく。なるほど、余興か。確かに、余と余の家臣たちは基本的に農業ばかりしておる。余にとっては、それが既に一種のレクリエーションになっておったが。家臣たちの言う事も分かりみが深い。許可しよう」


 ガイルは跪き、「ありがたき幸せ!」と頭を下げた。


「つきましては、ベザルオール様のお知恵をまずは拝借したく……!!」

「くっくっく。迷わず余を頼るか。ガイルよ」


「ははっ!」

「くっくっく。正直、そうやって真っ先に年寄りを頼ってくれると、胸がきゅんきゅんする件。良かろう。余は全知全能の大魔王。卿らの余興に知恵を授けよう。くっくっく。ならば、プリティーダービーなどはどうか。くっくっく。なーんちゃ」


「それはようございますな! 競争ですか!! それでしたら、観戦する者も楽しめます! 早速、準備に取り掛かります!! 失礼します!!」

「くっくっく。なーんちゃって。てへぺろっ。の部分がカットされておるわ。これは、もしかすると競技場から建築するつもりか。ガイルの性格ならあり得過ぎてヤバみ。必然的にミアリスや黒助に迷惑をかけることになる……。くっくっく」


 ベザルオール様はひとしきり笑ったあとで、呟いた。


「くっくっく。また余、何かやっちゃいました?」


 やっちゃっているベザルオール様であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そしてレクリエーション当日。

 ベザルオール様が想像したよりもはるかに大規模な競技場がペコペコ大陸に造られており、観客席に至っては50000人の収容が可能だとガイルは胸を張る。



 コルティオールの全人口はだいたい30000人程度まで減っているのに。



 ガイルが飛竜に飛び乗り、拡声器を使ってアナウンスをする。


『本日はお忙しい中お集まりいただき、恐縮なのだよ! これより、ベザルオール様ご発案のレクリエーション! コルティオール男子・プリティダービーを執り行うのだよ!!』

「くっくっく。全部が余の思い付きみたいな事になってて草。確かに余もうかつな事を申したが、発案はガイル。卿ではなかったか」


『これより、エントリーされているウマ男子……! 失礼! コルティオール男子の紹介をするのだよ!! 1番・アルゴム! 2番・ゴンゴルゲルゲ殿! 3番・ギリー!! 4番・ブロッサム!!』

「くっくっく。なんか大事になってる。名だたる幹部が集結しててハーブ枯れそう」


 ガイルのアナウンスはまだまだ続く。


『5番・メゾルバ! 6番・リザードマンのラウゴ! 7番・オーガのゼミラス!!』

「くっくっく。あかん。よもや、最近はとんと出番のない者たちまで集められておる。ガイルもそれを察して、わざわざ種族名まで呼んでおるわ。くっくっく。鉄人や黒助がいないだけでも救いと考えることとしよう。あの者たちにまで迷惑をかけると、ガチのマジで心がぴえん」



『8番・春日鉄人様!! そしてぇ! 大外9番! 1番人気の春日黒助様ぁ!!!』

「くっくっく。夢ならばどれほどよかったでしょう。ぴえん」



 普通に参戦していた春日兄弟。

 鉄人はニコニコして手を振っているが、黒助は真剣に競技に挑むためか、はたまた呼ばれたことに不満なのか、いつもの無表情である。


 ベザルオール様の心をことさら凍えさせたのは言うまでもない。


『各男子、ゲートイン完了! 今、スタートしました!! ハナを取るのは、ギリー!! そこにメゾルバも追いすがる!!』

「くっくっく。実況が本家に寄せられててぱおん。もうヤメて。余のライフはゼロよ」


『まず待ち受けるのは最初の障害!! 180℃で煮えたぎる、血の池地獄なのだよ!!』

「くっくっく。障害がガチで障害過ぎて草。ガイルよ。違う、そうじゃない。障害物競走の障害がガチで立ちはだかっちゃダメ。ガイル、お願い。もうヤメて」


『ああ! ここでメゾルバが血の池に沈む!! 後続の男子はメゾルバを踏み台にして次々と駆け抜けていきます!!』

「くっくっく。血の池なのに血も涙もなくてマダガスカル。ウリネたんや春日姉妹には絶対に見せたくない。……ああ」


 観客席では。


「がんばれー! クロちゃん、てっちゃん!! ファイトー!!」

「兄さん! 一等賞目指してください! 私、応援してます!!」

「お兄いいぞー! 鉄人も応援したげるー! 走れ、走れー!!」


 普通に声援を送っている乙女たちがいた。


 そして、レースは最終盤に差し掛かる。


『最後の難関! ベザルオール様人形が待ち構える!! ベザルオール様人形は熱源を感知してレーザーを放ちますれば、当たった者は即死でございます!!』

「くっくっく。余の姿をした殺戮兵器が量産されておる。ガイルよ。余の魔力を欲した理由は、研究のためと申しておったではないか。話違うじゃん。ねぇ」


「おらぁぁぁぁ!! 『農家のうかパンチ』!!」

『ここで黒助様がベザルオール様人形を粉砕した!! そのまま直線で伸びる、伸びる!! 完全に抜け出した! 鉄人様が食い下がる! だが、黒助様はぐんぐん距離を開いて、セーフティリード!! 今、ゴール!! 勝ったのは黒助様!! 今ここに、最強のコルティオール男子が誕生しました! 2着は鉄人様! 3着はプロッサム!!』


 ベザルオール様は思った。

 「くっくっく。軽い感じで思い付きを口に出すのはもうヤメよう」と。


『それでは、この後30分後にウイニングライブが開催されます! それまで、お客様は売店などをお楽しみください! 野菜を使ったお食事! 果物のスイーツ!! 農協から出店して頂いている、岡本様の物販コーナーもございます!!』


 ベザルオール様は浮遊魔法『フライングゲット』を使い、空へと舞い上がった。


「くっくっく。帰ってウマ娘のブルーレイを見よう」


 今日もコルティオールは平和であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る