第177話 大魔王・ベザルオール様のお誕生日

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城では。


「くっくっく。余は全知全能の大魔王なり。ついに宿願を果たしたぞ」


 大魔王ベザルオール様が、玉座に腰掛けウマ娘に興じておられた。

 そこにやって来る、狂竜将軍・ガイルと通信指令・アルゴム。


「ベザルオール様」

「くっくっく。良いところに来た。卿ら、これを見よ。余のメジロドーベルちゃんが初めてSSランクになったのだ。くっくっく」


 いつもならば「それはようございました!!」と盛り上がる展開である。

 だが、今日のガイルとアルゴムは違った。


「ベザルオール様。申し上げにくいのですが」

「くっくっく。良い。卿らと余の間に遠慮など無用よ」


「では、僭越ながらこのアルゴムが」

「くっくっく。いつになく口が重いな。いかがした」



「申し訳ないのですが。夕方まで春日大農場に行っておいてください。ちょっと、何と申しますか。直截に言いますと、ベザルオール様が邪魔なので」

「くっくっく。余は何かしたのだろうか。卿らの目から本気の心構えが伝わって来る。くっくっく。ぴえん。くっくっく」



 肩を落として謁見の間を出て行ったベザルオール様は、飛竜に乗って傷心の旅へとお出かけあそばされた。

 アルゴムは「ガイル様。心が痛いです……」と沈痛な面持ちでぼそりと呟く。


「致し方ないのだよ。我らも心を鬼にせねば、この大一番を乗り越えられないのだからね。アルゴム。時間は有限なのだよ」

「承知しております……!! 申し訳ありません、ベザルオール様……!!」


 ガイルとアルゴムの暗躍が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日大農場では。


「なんだ。じいさん、どうした。変なものでも食ったのか? 顔色が悪いな」

「くっくっく。余はもうダメかもしれぬ。忠臣に見限られるとは……」


「なんか知らんが、母屋でゆっくりしていけ。俺は仕事があるからな」

「くっくっく。もしかして余、嫌われておるのか。この世界の全てに」


 さらに肩を落としてトボトボと母屋に向かった大魔王。

 そこには、彼の癒しが待っていた。


「わー! おじいちゃんだー!! どうしたのー? 遊びに来たのー!?」

「くっくっく。もはや確信した。ウリネたんしか勝たん」


 土の精霊・ウリネさん。

 コルティオールのみんなの妹。彼女の笑顔は人を選ばない。


「こんにちは! ベザルオールさん!! お久しぶりですっ!」

「くっくっく。まさかの未美香たんキタコレ。妹属性の欲張りパック。くっくっく。そうか、ここが桃源郷か」


 試験休みで退屈を持て余していた未美香は、朝からコルティオールに遊びに来ていた。

 彼女の笑顔は世界を照らす。


「おじいちゃん、今日は暇なのー?」

「くっくっく。余は暇である。永遠のいとまを手に入れたやもしれぬ」


「そうなんだっ! じゃあ、3人で遊ぼう! ベザルオールさん、ゲームできる? 鉄人がいっぱい置いてるからさ!」

「ボクねー! スマブラやりたいなー!! おじいちゃん、できるー?」


「くっくっく。余のピクミンは強いぞ。そなたらの実力を見せてもらうとしよう」

「わー! おじいちゃんのキャラかわいいー!!」

「あたしカービィにしよっと! ウリネさん、ヨッシーなんだ?」


「うん! なんかねー! ヨッシーとかディディーコングに負けるとすっごく腹が立つってね、てっちゃんが教えてくれたんだー!!」

「くっくっく。とりあえず煽っていくスタイルのウリネたん。恐ろしい子」


 それからベザルオール様は嫌な事を忘れるように、スマブラに熱中した。

 昼時になると、黒助やミアリスたちが昼食のために母屋へ戻って来る。


「あら。ベザルオールじゃない。来てたんだ」

「くっくっく。邪魔をしておる」


「あっ! お兄! お疲れ様ー!! 聞いて、聞いて! ベザルオールさんとゲームしてたの!!」

「そうか。じいさん、年寄りなのにやるな。まあ飯にしよう。……ん? ちょっと待て」


 母屋では、魔王城直通のモルシモシが飼われている。

 スマホを使うまでもない通信の際などに使用される。

 ちなみにモルシモシの主食はモッコリ草である。


「俺だ。ああ。来ているが。……そうか。分かった」

「くっくっく。春日黒助。魔王城から何用であるか」



「じいさんに飯を食わせるなと言われた。すまんが、約束した以上は守らねばならん。じいさんは水でも飲んでいてくれ」

「くっくっく。軽く死にたくなってきた」



 その後、本当に水しか与えられなかったベザルオール様。

 日暮れ時になり、未美香は「あたし帰るね! またねー!」と言って転移装置へ。


 ベザルオール様も腰を上げた。


「おじいちゃん、帰るのー?」

「くっくっく。然り。余にまだ帰る家があればの話であるがな」


「そっかー! じゃあ、気を付けてねー!! 明日も一緒にあそぼー!!」

「くっくっく。もうその優しさだけで涙が止まらぬ」


 傷心のベザルオール様は飛竜に乗って魔王城へ。

 だが、そこで待ち受けていたのは見事なサプライズであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 謁見の間に「ただいま」も言わず戻ったベザルオール様。

 そこには、魔獣将軍・ブロッサム。鬼人将軍・ギリー。死霊将軍・ヴィネの姿があった。


「くっくっく。もしや、卿らも余を見限ったのか。いや、元より見限られておったわ。くっくっく」


 そこに駆け込んでくるアルゴム。

 彼は「皆様! お願いします!!」と号令をかけた。


 一斉にクラッカーが鳴らされ、天井から吊り下げられていたくす玉が割れる。

 そこには「ベザルオール様! お誕生日おめでとうございます!!」と書かれていた。


「思えば、吾輩たちはベザルオール様のお誕生日を祝ってなかったでござるよ」

「ああ。そんで、アルゴムの野郎が全員に連絡付けてくれたんすよ」

「戦争中は祝いなんてする空気じゃなかったからね!」


「ベザルオール様! 私とガイル様でケーキを作りました!! コルティオールの大地で収穫された果物をふんだんに使っております!!」

「偉大なる大魔王様のご威光にて、今やこの世界は実りの多き豊かな国となりました!! どうぞ、その世界で採れた味をご堪能ください!!」


 プロッサムは麦わら帽子を。

 ギリーは腹巻きを。

 ヴィネは日焼け止めクリームを差し出した。


「ささやかでござるが、プレゼントをご用意したでござるよ!」

「農場の給料で買ったんすよ! 鉄人さんに頼んで、注文してもらったんす!!」

「あたいは岡本さんに頼んだのさ。ああ、岡本さんからも手ぬぐいを預かってるよ!!」


 先ほどから何も言葉を発さない大魔王。

 アルゴムは「やはりご気分を害されたのでは!?」と慌てる。


 だが、それは杞憂に終わる。

 ベザルオール様は、絞り出すように一言だけ呟いた。



「くっくっく。卿ら。余は、余は幸せ者である。マジ卿らを愛してる。もう何も言えねぇ」



 大魔王の目は光るものが見えたが、この場の誰もがそれを指摘する無粋な真似はしなかった。

 代わりに、用意された料理とケーキを前に乾杯が行われる。

 その日は遅くまで魔王城の明かりが消えなかったと言う。


 コルティオールは今日も平和であった。


 ちなみに、力の邪神と無色の亀はそもそも呼ばれなかったらしい。

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