第167話 久しぶりにやって来た農協からの使者with鬼窪玉堂

 コルティオールに岡本さん来る。

 ここのところ2か月近く顔を出していなかった農協からの使者の来訪である。

 春日大農場および魔王農場に緊張が走った。


「ブロッサム。コカトリスの養鶏場の掃除を念入りにしておけ」

「かしこまりでござる! リザードマン、何人か吾輩に続け!!」


「ギリー。お前はプリン工房の衛生チェックだ。塵も残すな」

「承知だぜ、黒助の旦那!!」


「ヴィネ。恐らく食品加工工場にも岡本さんはいらっしゃる。お前がデトックスしているからな。何か珍しいものをお茶請けにしたいから、見繕ってくれ」

「分かったよ! ピンポコ豆の佃煮がいいかね! トマトのジャムも用意するよ!」


 各セクションの担当者に指示を出し、黒助は母屋に向かう。

 そこでは、ミアリスが中心になって準備を進めていた。


「ミアリス。どうだ?」

「お茶は柚葉がくれた上等のヤツがあるわ! お菓子はこの間、お見舞いのお礼とか言ってベザルオールが持って来てくれたチーズケーキでいいかしら?」


「ああ。さすがだな。何も言わずともそこまで用意してくれるとは」

「ふふん。当たり前でしょ! もう黒助が来て1年以上経つのよ!」


 頼もしい女房役の成長に目を細めていると、転移装置の方で光が走った。

 数分もすると、ドスの効いた声が響く。


「お控えなすって! 岡本のおじきをお連れしやした! 黒助の兄ぃはおいでになるかいのぉ!?」

「なっはっは! 鬼窪さんに今月の様子を聞いていたところでしたので。一緒に来てしまいましたよ! 春日さん、調子はどうですか?」


 黒助は最強の肉体のリミッターを30パーセントまで解放して、素早く馳せ参じた。


「わざわざのご足労、恐縮です」

「なっはっは! 最近は少し忙しくてこちらに訪れる機会に恵まれませんでしたからねぇ!」


 なお、今の黒助の動きを完全に目で追っていた岡本さん。

 コルティオールに訪れなくとも、その実力は衰え知らず。

 何なら日々成長を続けている。


「そうそう。お土産があるんですよ! ウリネさん、スイカがお好きでしょう? でしたら、メロンもお口に合うんじゃないかと思いましてね!」


 名前を呼ばれてひょっこり顔を出したのは、農場の癒し担当。

 今日も『大地の祝福』を済ませて、鉄人の置いているゲームに興じていた土の精霊である。


「わー! なにこれー! メロンって言うのー!? クロちゃん、食べたい、食べたーい!!」

「よし。分かった。だが、まずは岡本さんにお礼を言おうな」


「うん! 岡本さん、ありがとー!! すごいねー! なんか綺麗な模様がついてるー!! セルフィがこの前穿いてたタイツみたいだねー!!」

「ちょっ! その話はヤメろし!! あれは、別に好きで着た訳じゃねーし!!」


 先日、鉄人が持ってきたバニーガールの衣装を着て、「ギャルバニー、キタコレ!!」とコスプレ撮影会をしていたニートカップル。

 なお、セルフィさんはノリノリだった事も付言しておく。


「はい、切れたわよー。鬼窪、テーブルに持って行ってくれる?」

「へい! 任せてくだせぇ、女将さん!! 皆さん、岡本のおじきが持って来てくださったメロンがいい塩梅に切れたけぇ! どうぞ召し上がってくだせぇや!!」


 メロンを食べる四大精霊たち。

 言うまでもないことだが、ウリネさんは大変お気に召したご様子である。


「わー! おいしー!! ねーねー、クロちゃん! ボク、次はこれ作りたいなー!!」

「そうだな。ウリネがやる気になっているのに水を差すこともあるまい」


 岡本さんの瞳が光った。

 彼は先ほどの黒助にも劣らぬスピードでカタログを取り出し、既に付箋で印をつけておいたページを開く。


「品種はどうされますか? 春日さんのところは農地が大きいですらねぇ。大量に育てられるのであれば、病気に強いこちらがお勧めです。ウリネさんの能力を加味すると、単価の高いこちらもお勧めですね。苗は少しばかり値が張りますが、充分ペイできると思いますよ!!」


 農協の人がお裾分けに農作物を持ってくると、それはビジネスの入り口。

 真意のほどは定かではないが、未だ語り継がれる都市伝説の1つである。


 黒助がカタログを睨みつけて思案し始めたので、岡本さんは「少し見て回りましょうかね! 何か私でアドバイスできることがあるかもしれません!!」と立ち上がった。

 事業主は舎弟にアイコンタクトを試みる。


 「分かっているな?」「委細承知しちょります」と無言の意思疎通が行われ、岡本さんと鬼窪は春日大農場の視察へと出かけていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 まず、コカトリスの養鶏場へ。


「おやおや! これはまた、ツヤのある良い卵ですねぇ! コカトリスさんたちも、元気そうですし羽も綺麗でいらっしゃる!」

「お褒めに預かり光栄でござる! 岡本さんのアドバイスに従い、餌をエビルパンプキンに変えてから品質が向上したでござるよ!!」


「なっはっは! 私が道で偶然仕留めたモンスターが良質の餌になるとは! 分からないものですねぇ!!」

「おっしゃる通りでござる!!」


 鬼窪は黒助に向けてテレパシーを送る。

 が、途中で「兄ぃに送ってもあの人受信できんのやった!!」と気付き、送信先をミアリスに変更した。


 続いて、プリン工房にやって来た岡本さん。


「岡本の旦那!! そろそろおいでになる頃かと思って、プリンを用意しといたぜ!」

「これはギリーさん。お気を遣わせてしまいましたかな。……ほぉ! これは美味しい!! また新しいフレーバーに挑戦されていますねぇ!」


「へへっ。黒蜜きな粉がやっと納得いく形で仕上がったんすよ!」

「早速、朝市の売り場を広げさせましょうね! このクオリティでしたら、絶対に売れますからねぇ!!」


 ギリーは「あざっす!!」と頭を下げて、岡本さんを見送った。

 鬼窪は「問題ないようでさぁ」と念を送る。


 最後にやって来たのは食品加工工場。


「おや! ヴィネさん、もしかして何かされましたか? 以前お会いした時よりも、肌がお綺麗になられてますね! 唇もプルプルで!!」

「嫌だよ、岡本さん! 分かっちまうかい? 実は、毒と腐敗属性をすっかりヤメちまうことにしてね! まだ魔法は使えるけど、体からは追い出しちまったのさ!!」


「健康的でよろしいですねぇ! ところで、うちの農協が作っている柑橘類から作った良い化粧品があるんですけどねぇ! いかがですか? ヴィネさんのお肌がより輝くかと思うのですがねぇ!!」

「そんなものがあるのかい!? じゃ、じゃあ……。試しに使ってみようかね……」


「では、近日中に試供品をお持ちしますね! お代はね、お友達価格で提供させていただきますから!!」

「なんだかすまないねぇ! 岡本さんがいい人で助かるよ!!」


 鬼窪は「兄ぃ。多分来月から化粧品代が増えますぜ」と念を送った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとしきり農場を回った岡本さんは、ふと足を止める。

 続けて、鬼窪の方を向いてにっこりと笑う。



「鬼窪さん。こそこそテレパシーを送らなくても、私は何もしませんよ。なっはっは」

「ひ、ひぃ! す、すんません!! ワシ、ちぃと出来心で!! す、すんませんっ!!」



 この後、黒助によって「俺はテレパシーなどまったく知りません!! 鬼窪、何をしている!!」と、トカゲの尻尾切りされる鬼窪玉堂なのであった。


 岡本さんが帰ったのち黒助は「すまんな。あの場はああするしかなかった。詫びに飯を食っていけ」とすぐに鬼窪に謝罪したのだが、農の者は「分かっちょります。兄ぃのお役に立てるのがワシの喜びですけぇ」と胸を張ったと言う。

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