第166話 魔王軍通信指令・アルゴム、風邪を引く!!
コルティオールのとある山脈。
魔王城では。
「げっほげほ……。なんと言う情けのないことだろう……」
大魔王の腹心。
実は魔王軍で2番目に強い通信指令・アルゴムが、風邪をひいていた。
「くっくっく。アルゴムよ。来ちゃった」
「べ、ベザルオール様!?」
「くっくっく。起きずとも良い。そのまま寝ておるのだ」
「わ、私の風邪が、万が一にもベザルオール様の御身にうつるような事があれば一大事です!!」
「くっくっく。余をなんと心得る。全知全能の大魔王。ベザルオールであるぞ。その辺りの対策は抜かりない。先ほど、岡本さんをお呼びたてまつり、空間魔法をかけて頂いた。今の余の周囲は隔絶された空間となっておる。ウイルスの入り込む余地などない。くっくっく」
ベザルオール様はまず、アクエリアスとポカリスエットをテーブルの上に置き、続いて加湿器をアルゴムの部屋にセットする。
現世の量販店に「魔族にも効く風邪薬」と無茶な注文書を送りつけたところ、市販されているほぼ全ての風邪薬と各種栄養ドリンクが送られてきたらしく、それもドサッとテーブルに置いた。
「も、申し訳ございません……。私のために、このような……」
「くっくっく。風邪の時は心細いものよ。余も50年に一度は風邪を引く。アルゴムよ。食欲はあるか」
「多少はありますが……。後ほど、食堂に赴きます」
「くっくっく。ならん。卿が弱っている姿を見れば、部下たちにも動揺が広がるであろう。なにより、ただでさえ失っている体力をさらに削るなど愚の骨頂。聡明な卿らしくもない。やはり衰弱しておるな」
「申し訳……あの、この匂いは?」
「くっくっく。おかゆを作ってきた。具材はネギとショウガと卵のみにしておるが、食べられるようならばこちらの小皿によく茹でたカボチャとニンジンがある。ゆっくりと様子を見ながら口にするが良い。くっくっく」
アルゴムは大魔王の慈悲に感涙した。
恐縮しながら食べたおかゆの味は無類であり、生涯でもトップ3に入るほどであったとの事。
「ご馳走になりました。恐縮でございます」
「くっくっく。食欲があるようで余も安心した。では、風邪薬を飲んでゆっくりと眠るが良い。暇を持て余す時はプライムビデオなどを視聴せよ。ちょうど、過去の劇場版名探偵コナンシリーズが全て見られる。最近のものならばゼロの執行人は安室さんがイケメン過ぎてエモい。古いものならば瞳の中の暗殺者がこれまたエモい」
「ははっ。何から何まで、ありがとうございます」
「くっくっく。良い。余は謁見の間でウマ娘をしておるゆえ、何かあればスマホを鳴らすのだ。15秒で駆け付けよう。では、くれぐれも体を冷やさぬようにな」
アルゴムはこれまでも、そしてこれからも、ついて行くべき主はやはり間違えてはいなかったと確信を抱きながら眠りに落ちていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日には、春日大農場からも見舞いが来た。
「くっくっく。アルゴムよ。起きておるか」
「はっ。ベザルオール様のおかけでかなり体調も良くなりました」
「くっくっく。ならば問題なかろう。春日黒助と未美香たんがお見舞いに来てくれた」
「ええっ!? 黒助様がですか!? 未美香様も!?」
まさかの事業主ご本人が魔王城に降臨する。
あまりの出来事に、アルゴムの体温が1℃上がったと言う。
「邪魔をする。アルゴム、加減はどうだ?」
「こ、これは黒助様……! わざわざのご足労を、私のために……!!」
「ああ。横になったままで良い。なに、ちょっと近くまで来たものでな」
魔王城はコルティオールの北西部の端にあるため、近くには何もない。
だが、そんなことを指摘するのは野暮と言うものである。
「こんにちはー! アルゴムさん、具合はどうですかっ?」
「未美香様……。貴重なお休みにこのようなところへいらっしゃるとは……!!」
「くっくっく。アルゴムよ。余の魔王城をこのようなところと申すのには、ちょっとテンサゲ」
「申し訳ございません!! 言葉が過ぎました!!」
黒助は「漫才ができる程度には元気そうだな」と頷いた。
未美香がバッグからタッパーを取り出す。
「アルゴムさん! これ、カットフルーツ! オレンジとね、キウイと柿! あ、それからスッポンポンもあるよっ! あとはね、ヨーグルト!! 一緒に食べると美味しいの! あたしが風邪引いたときは、いつもお兄が作ってくれるんだー!!」
「あとな、柚葉からプリンを預かって来たぞ。数日は日持ちするらしいから、腹が減った時に食え」
春日大農場はアットホームな職場である。
従業員が体調を崩せば、社長が家を訪ねてくる。
「では、俺たちは帰るとするか」
「そだねっ! 長居しちゃったらアルゴムさんにも悪いし!!」
「ありがとうございます。本当に……」
「くっくっく。余からも礼を言う。余の忠臣に対する気遣い、まことに痛み入る」
黒助は無言で手をひらひらと振る。
代わりに未美香がにっこりと笑って答えた。
「ベザルオールさんもアルゴムさんも、とってもいい人だもんっ! 体調が悪い時には、がんばれー! って言ってあげたいんだっ! じゃあ、またねーっ!!」
「くっくっく。未美香たん、マジ天使。余は飛竜の発着場まで客人を送ってくるゆえ、アルゴム。卿は頂戴したフルーツに舌鼓を打つが良い。くっくっく」
春日兄妹を見送るベザルオール様は、正月に帰省してきた孫に向かって新幹線のホームで手を振る祖父にしか見えなかったと、のちに飛竜のバリブは語った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから5日が経った。
「ベザルオール様! ご心配をおかけいたしました! もうすっかり治りましたので、今日より職場に復帰いたします!!」
「くっくっく。やはり若いと回復するのも早いと見える。おかえり、アルゴム」
と、ここでアルゴムは気付く。
そういえば、見かけていない人物がいる事にである。
「あの、ガイル様はどちらに?」
「くっくっく。ガイルはアルゴムが倒れる前日には既に臥せっておったわ。ヤツはまだ回復せぬらしい。ゆえに、これからおかゆを作るところよ。くっくっく」
「なんと……! 私もお手伝いいたします!!」
「くっくっく。卿は病み上がりゆえ、あまり張り切り過ぎぬようにな。さて、余は牛乳パックに植えてあるネギを収穫してくる。アルゴムは鍋に湯を沸かしておくが良い。今日はコンソメで出汁をとる。毎日同じ味では飽きるからな」
その後、しばらく魔王城では風邪が流行し、ベザルオール様を中心とした看病部隊が活躍することとなった。
なお、「最後には結局ベザルオール様にも風邪がうってしまった。トホホ」と言うオチにならないのが、全知全能、健康長寿のベザルオール様なのである。
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