第164話 大魔王・ベザルオール様、ジャガイモの収穫に励まれる!

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城では。


「くっくっく。狂竜将軍・ガイル。通信指令・アルゴム。ついにこの日が参ったぞ」


 ベザルオール様が玉座に座り、笑みを浮かべていた。

 右手には程よい温度のホットミルク。


「ははっ! 短いようで長いようにも感じられる、かけがえのない時間でございました!!」

「全軍に通達は既に終えております! 明日でございますな!!」


「くっくっく。然り。春日黒助のアドバイスと岡本さんの指示に従ってここまで来たが、やはり目前になると身の引き締まる思いよ。くっくっく。明朝、余と余の家臣は総出で、ジャガイモの収穫を行う」


 ついに魔王農場も収穫の時。

 ウリネの『大地の祝福』がイモ類と相性抜群なのは既に研究済みであり、黒助の「じいさんたちにもまずは収穫の楽しみを味わってもらおう」と言う気遣いも加わったことで、魔王農場発足から約1か月の時を経て初収穫の日を迎えようとしていた。


「明日は春日大農場から手の空いている者が手伝いに来てくれるそうです! 先ほど、モルシモシを通じて連絡がございました!!」

「くっくっく。あやつらのそういうとこ、好き。何も言わずに手伝いを申し出るとか、最近の若い子たちの道徳心ってすごい」


「ですが、春日様はおいでになられないとの事! このガイル、ベザルオール様の手足となり働きますれば!! 心穏やかに構えて頂きたく存じます!!」

「くっくっく。春日黒助は忙しい男であるからな。致し方あるまい。ガイルよ。卿の手腕には期待しておる。明日は全軍の指揮を任せるゆえ、励むが良い」


「ははっ!!」

「よろしいでしょうか、ベザルオール様」


「くっくっく。良い。申してみよ、アルゴム」

「いえ、ベザルオール様が指揮を執られないのであれば、何をなさるのかと気になりまして」



「くっくっく。明日の余はただの農夫よ。ジャガイモちゃんを掘り出すことに集中したい。全軍の指揮とかダルいこと、やってらんない」

「な、なるほど!! 納得いたしました!!」



 その後、麦わら帽子と軍手とツナギを枕元に用意したベザルオールは「くっくっく。余はもう寝る」と言って、まだ9時過ぎなのに床に就いた。

 ガイルとアルゴムは手分けをして魔王軍農業部隊の用兵の準備に余念がなかった。


 そして、夜が明ける。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コルティオールの空に2つの太陽が昇る頃、飛竜が魔王城に到着した。


「おはようございますぅー。今日はよろしくお願いしますぅー。春日大農場を代表してお手伝いに来ましたぁ。イルノですぅ」

「これはイルノ様。ご足労頂き恐縮でございます」


 やって来たイルノに頭を下げるアルゴム。

 続いて飛竜から降りてきた彼女は、魔王城の景色を懐かしんだ。


「しばらく見ないうちに、ここもずいぶんと変わっちまったね! アルゴム、今日はあたいも手伝うからね!! 安心しな! 毒も腐敗もイルノに頼んで浄化してもらってるよ!! 軽く逝っちまいそうになったけど、些細な事さ!!」


 死霊将軍・ヴィネ。

 ついにデトックスをキメる。


「ヴィネ様……!! こうして魔王城で再びあなた様と見えることができるとは……!! このアルゴム、感激でございます!!」

「ふふっ、あたいもさ! 今は黒助の女になったあたいだけどね! ベザルオール様に対する恩義だって捨てたわけじゃないからね!!」


 アルゴムは2人を魔王城の食堂に案内して、朝食を勧めた。

 ちなみに、魔王城の食堂でも春日柚葉直伝のレシピによるお料理革命が済んでおり、新鮮な採れたて野菜を中心にしたヘルシーメニューが提供されている。


 一番人気は肉じゃがであり、それがジャガイモの収穫の士気を高めていることは言うまでもないだろう。


 それから1時間ほどが経ち、一匹の飛竜にガイルが飛び乗り空高く舞い上がった。

 続けて、狂竜将軍は叫ぶ。


「こちらはジャガイモ収穫班の指揮を仰せつかった、ガイルなのだよ!! 事前に配布した資料に従い、各人滞りなくジャガイモを掘り出すのだよ!! 収穫の際に傷がつくと保存できる期間にバラつきが生まれるため、注意するのだよ!! 春日大農場から水の精霊のイルノ様と、死霊将軍のヴィネが来てくれているから、分からないことがあれば恥ずかしがらずに質問するのだ!! では、作業を始めるのだよ!!」


 魔族と獣人族が中心となった収穫班が「うぉぉぉぉ!!」と声を上げた。

 コルティオールの農業では、作業の時に雄たけびを上げるとテンションが上がるので是とされている事を付言しておく。


 なお、その頃ベザルオール様は。


「くっくっく。ジャガイモめ。優しく素手で掘り出してやったわ。こちらのイモは大きく立派であるが、こちらの細長いものも風格を感じる。だが、この小さきものには可憐さを覚える。くっくっく。ジャガイモども、不遜にもこの全知全能の大魔王を刺激してきおるわ。くっくっく」


 普通に獣人族の列に交じってジャガイモを掘り出していた。

 その表情は生き生きとしており、隣で作業していたオークがうっかりベザルオールのツナギの端を踏み、死を覚悟した際にも「くっくっく。余の方こそ夢中になり過ぎて周りが見えておらぬようであった。ごめんね」と笑顔で応じたほどである。


 作業は順調に進み、昼過ぎには全工程を終えることが叶った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 作業終了のタイミングで飛竜に乗って火の精霊・ゴンゴルゲルゲも魔王城へ。

 彼が輝く瞬間が待っているからに他ならない。


「ぐーっはは!! このゴンゴルゲルゲを前にしては、イモはすべからく焼かれる運命よ!! 喰らえぃ!! 『フレアボルトナックル』!!」


 これから、じゃがバターによる収穫お疲れ様会が催される。

 イモを焼かせたらコルティオールでゴンゴルゲルゲに敵う者はいない。


 ついに彼の必殺拳はイモを焼く時にしか繰り出されなくなったが、それは些末なことである。


「ゴンゴルゲルゲ様。追加のジャガイモをお持ちいたしました」

「これはアルゴム殿! かたじけない!! イルノよ! 最初のジャガイモが焼けたゆえ、続きを任せるぞ!!」


 イルノが「はいですぅ」と手際よく塩コショウとバターをトッピングしたならば、魅惑のじゃがバターが出来上がる。

 彼女はそれを持って、まずは大魔王の元へ。


「ベザルオール様が作られたジャガイモをお料理しましたですぅ。ぜひ、お味を確認してくださいですぅ」

「くっくっく。これは水の精霊。お心遣い、痛み入る。どれ。この全知全能の大魔王。ベザルオールの舌に相応しいか吟味してくれよう」


 ハフハフとジャガイモにかじりついたベザルオール様は、数秒天を仰いだ。

 その瞳からは、清らかな涙があふれ出てくる。



「くっくっく。農業とは、ここまで崇高なる行為であったか。余は、余はこれまで生きてきた2000年を超える時に感謝をする。……農業と出会わせてくれて、ありがとう」



 この日は「大魔王が初めて涙を流した日」として、以降魔王軍では国民の祝日として制定された。

 名前はもちろん「ジャガイモ記念日」である。

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