第163話 女子高生のデートなら、昔はジャスコ。今はイオン。(諸説あり)

 電車に揺られる黒助と未美香。

 黒助は座席に座っており、未美香は彼の前でつり革に捕まっている。


 おわかりいただけただろうか。


「お兄、お兄! ねね、ちゃんと前見てっ!」

「ああ。どうした?」


「ほえ? おかしいなぁ。アキラちゃんの言ってた反応と違うー」

「アキラちゃん……。ああ、いつだったかファンレターをくれた部活の後輩か」


 アキラちゃんの授けた計略はこうである。


 黒助が座り未美香はその前に立つことによって、彼の視線の前には少し短くなったスカートとニーハイソックスが生み出す魅惑の絶対領域が発生する。

 女子高生の、しかも超の付く健康美少女の春日未美香の太ももを視界に入れて、まともな精神状況でいられるはずがない。……と。



 アキラちゃんの精神状況が不安になる計略であった。



「なんかね、アキラちゃんが言ってたのっ! お兄も男の人だから、近くで太ももを見せつけたらドキドキしてくれるって!」


 その計略をばらしていく、心が天使の未美香さん。


「なるほど。そういう事だったのか。ならば、もう太ももは充分堪能させてもらったから、未美香も座ると良い。まだ二駅もあるからな。疲れるだろう」


 その計略がまったく効かない、不動明王の化身か何かの黒助くん。


「そだねー! お兄が太もも見てくれたなら、もういっか!」

「ああ。そうだな」


 なお、近くに座っていた男子高校生のグループは2人の会話が聞こえてきて、血の涙を流しながら自分の思春期の浪費を呪ったと言う。

 そんな風に主なダメージを周囲にまき散らしながら目的の駅へと到着した2人。


 その足で駅からほど近いイオンモール時岡にやって来た。


「お兄、お兄! クレープ食べたいっ!」

「そういう話だったな。よし。食べるか」


 まずはクレープを食べて腹ごしらえを試みる。

 もちろんだが、ここでもアキラちゃんによる計略が潜んでいた。


 第一に、黒助の頬っぺたにクリームが付くのを待つ。



 第一が既に起きないので、アキラちゃんの計略は灰燼と化すことになる。



 そもそも春日家は黒助を筆頭に食事マナーが極めて良く、クレープのクリームが頬っぺたどころか、たこ焼きの青のりだって歯に付くことはない。

 そのため、彼らは普通にクレープを堪能した。


「美味しかったねっ! お兄!」

「そうだな。しかし、良いのか? 普段から未美香は食事量の計算をしているのに」


「平気だよ! お姉がね、今日に合わせて調整してくれてるからっ!」

「そうか。さすがは柚葉だな」


 全然女子高生ブランドが仕事をしていないが、ステージは次なる舞台へ。

 服を見るべく、ウィンドウショッピングを始める2人であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 とある店の前で、未美香が立ち止まった。

 続けて「見て、お兄! あれ可愛い!!」と指をさす。


「確かにな。未美香によく似合いそうだ。試着してみるか」

「わぁ! いいのっ!? するする!!」


 既にアキラちゃんに授けられた計略の事を忘れている未美香だったが、これも後輩の悪魔的計略の一部に組み込まれているイベント。

 女子高生が制服からおしゃれ着にコスチュームチェンジすることで、より一層女子高生みを感じさせ、男は陶酔するのである。


「見てー! じゃーん!! 緑のテニスウェアー!! ひらひらー!!」

「うむ。やはり未美香はどのテニスウェアを着ても可愛いな。目のやり場に困らない。ずっと見ていられる」


 だが、あろうことか未美香がチョイスしたのはテニスウェアであった。

 これは、制服の次に黒助が見慣れている服装であり、新鮮味と言う観点から審査すると相当なロースコア。


 さらに、黒助は未美香を溺愛しているため「お、おいよせよ! 目のやり場に困るだろ!!」的なイベントは発生せず、何ならミニスカートを凝視する。

 凝視したうえで感想を述べないと失礼だと思っている。


「えへへー! これ、すっごく可愛い! やっぱりスカートひらひらの方があたしは好きだなー!!」

「おっと。未美香、今日はスカートの下は普通のパンツだろう。あまり動くと危険だ」



 「えっ、そんなリアクションある!? おのれ、ローマ法王の生まれ変わりか何かなん!?」と、アキラちゃんのツッコミが聞こえた気がした。



 だが、その程度はほんの序の口。

 春日黒助の本領はここからである。


 明らかに未美香の事をいやらしい目で見ていた若い男を黒助の両目がロックオン。

 すると、どうなるか。


「おい。そこのお前。何を見ている。今、間違いなく未美香を見ていたな。瞼を縫い付けられたくなければ今すぐ立ち去れ。いや、瞼をアロンアルフアで接着するか」


 まあ、こうなるのが必定である。


 家族かそれ以外かで人類を区別する男、春日黒助。

 そこがどこであろうと、現世だろうと異世界だろうと、愛する妹を汚らわしい目で見る輩は見つけ次第潰して歩く。


 これが春日家のやり方。


「もぉー! お兄、気にし過ぎだってば! 誰もあたしのパンツなんか興味ないよ!」

「何と言うことを!! 世の中の男はだいたい興味があるはずだ!! 未美香、もっと自覚を持て! お前は自分が思っている五千倍は可愛い!!」



 そこに関しては大いに同調する遠方にいるアキラちゃんである。



 結局、テニスウェアを購入してペットショップで子犬を撫でたりしていたら時間は過ぎており、あっという間にデート終了の時刻がやって来ていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 帰りの電車の中で、黒助が「そういえば」と切り出した。


「ほえ?」

「いやな。どうして今日は制服を着ていたんだ?」


「あっ! そうだった!! お兄の事を女子高生ブランドで誘惑するんだった!!」

「ふむ。何か、難しそうな話だな」


 未美香はアキラちゃんから授けられた計略の全てを黒助に白状した。

 そもそも、この兄妹の間に隠し事など成立しないのである。


 それを聞いた黒助は「はっはっは」と笑った。


「むむーっ。お兄、やっぱりあたしのこと、子ども扱いしてるでしょー!!」

「ああ、いや。違うんだ。未美香も男の目を引きたい年頃になったのかと思うと、嬉しい反面少し寂しくてな」


「どゆこと?」

「俺にとって、未美香はずっと小さい妹だったのに。気づけばずいぶんと大人になったなと思っていたところだ」


「そうなんだ……。お兄にとって、あたしも大人の女性になったってこと!?」

「いや。まだ未美香は女子高生だぞ。女子高生ブランドなのだろう?」


「もぉ! お兄、いじわる!! あたしは別に女子高生じゃなくてもいいから、お兄に可愛いって思われたいのにぃー!!」

「はっはっは。それならば、とっくに思っているとも。未美香は世界で一番可愛いぞ」


 未美香にとって、黒助の言葉は誰の賛辞よりも心に響く。

 彼女は満面の笑顔になって、その後はにかんだ。


「えへへっ! じゃあ、今日のデートは大成功だよっ! アキラちゃんにもお礼言っとかないとだねっ!」

「ああ。また出かけよう。今度は制服じゃなくて良いからな」


 後日、この日の話を聞いたアキラちゃんは「それはそれで尊みが溢れてて、オッケーです……。ぐはぁっ……」と、幸せそうにスポーツドリンクを噴いたらしい。

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