第161話 創造の女神・ミアリス様、春日黒助とホテルに泊まる

 その日、大魔王がとある贈り物を持って春日大農場を訪ねてきた。

 ちょうど休憩時間だったため、黒助も母屋に戻っていた。


「くっくっく。忙しいところ邪魔をする」

「じいさんか。どうした。何か農作業に問題でも生じたか?」


「くっくっく。我が魔王農場のジャガイモが一部萎れており、胸が締め付けられる思いよ」

「それはいかんな。あの辺りはまだ水はけが悪い。土の乾燥をまず疑うべきだろう。よし、イルノとウリネを派遣しよう」


「くっくっく。迅速な対応、痛み入る。マジ神対応過ぎて草」

「何を言う。じいさん、覚えておけ。農業は何をするにも早い対応が求められる。疑念を覚えたら行動。これが後の憂いを遺さない最善手だ」


 イルノとウリネがやって来た。

 ベザルオールは飛竜に乗り込もうとするが、そこでもう1つの目的を思い出して引き返す。


「くっくっく。忘れておったわ。春日黒助。これを受け取るが良い」

「なんだ、これは。肩たたき券か?」


 それは時岡グランドホテルの宿泊券であった。


「くっくっく。先日、懇意にしている量販店で福引が行われた。余もリモートで参加したのだが、一等のホテル宿泊券を当ててしまったのだ。だが、魔王軍は今、総出で農作業中。ゆえに、卿への日頃の感謝の印として贈りたい。受け取ってくれ」

「そうか。じいさんの厚意を無下にするのも気が引けるな。よし。頂戴しよう」


「くっくっく。お年寄りになると、差し出したプレゼントを即受け取ってもらえるのが半端なく嬉しい。では、精々温泉で疲れを癒し、ビュッフェで満腹地獄を味わうが良い。くっくっく」


 そう言って、ベザルオールは飛び去って行った。

 黒助は宿泊券を観察する。

 すぐに彼は気付いた。


「有効期限が今週末までではないか。これはいかんな。もったいない」


 春日黒助は即断即決の男。

 「行く」と決めたからには、翌日には既に現場へ到着している。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時岡グランドホテルは、時岡市で最も大きなホテルである。

 かつて皇族も宿泊したことがあると言うのが売りであり、古い歴史と最新の設備が共存している。


「ほう。なかなかいい部屋だな。どう思う、ミアリス」

「……ぽかーん」



「ぽかんとした時にぽかーんと口に出す者は初めて見るな。さすがは女神」

「いや、待って! なんでわたし、黒助と一緒にホテルに来てるの!? ちょっと意味が分かんないんだけど!?」



 宿泊券はペアチケットであり、まず黒助は鉄人に打診したが「兄貴もたまには休んできなよ!!」と遠慮される。

 続けて弟の恋人である風の精霊が「黒助様、ミアリス様と一緒に行ったらいいし!」と提案した。


 柚葉も未美香も学校があるため、必然的に同行者は農場の者になる事は黒助も理解していた。

 だが、四大精霊たちはそれぞれが仕事を抱えており忙しく、急に「明日休みます」とは言えない責任感の持ち主たち。


 その点、事業主と女将のポジションは鉄人が代行することで埋め合わせが可能。

 結果、ミアリスが送り出されたのも納得の人選であった。


「さて。ベザルオールが気を利かせてくれたのだから、一泊二日を楽しむとするか」

「ほ、ほぎゃあぁぁぁぁぁっ!? なんで服脱ぐの!? えっ、いきなり!? いきなりそーゆうアレなの!? 新しい下着用意してきて良かったけどぉぉぉぉ!!」



「いや。浴衣に着替えようと思っただけなのだが」

「あ、そうなの? 日が高いうちからお楽しみになられるのかと思って、わたしうっかり覚悟完了させちゃってたわ」



 ちなみに、黒助は和装の似合う男である。

 「兄さんが和服を着ると絶対に今以上のモテ期が来てしまうので禁止です!!」とは、義妹の柚葉さん談である。


 なお、ミアリス様は「なにこのカッコいい男……」と胸の高鳴りを抑えるのに必死だったとか。

 続けて、ミアリスも浴衣に着替える。


 黒助がフロントに「申し訳ないが、羽で背中の部分を突き破っても構わんだろうか?」と問い合わせたところ「もちろんでございます」と柔軟な対応を受けた結果、創造の女神が創造の力を使わずして浴衣バージョンに進化するに至った。


「よし。風呂に入るか」

「あ。温泉ってヤツね。行ってらっしゃい」


「待て。お前は行かんのか?」

「いや、だってわたし羽生えてるし。温泉に浸かったら抜けた羽が浮いちゃうじゃない。いいわよ、待ってるから」


 黒助は「そうか」と答えたあと、やはり服を脱いだ。


「えええええっ!? なんでぇ!? あっ、風呂に入るまでにちょっと汗かいていくか的な!? お、オッケー! 覚悟できてるわ!!」

「何を言っとるんだ、ミアリス。お前が温泉に行けんのに俺だけ行くわけがなかろう。部屋風呂にする。外を見てみろ。小さいが、各部屋に露天風呂がついているらしいからな」


 そう言うと全裸になった黒助は姿勢正しく露天風呂へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時岡グランドホテルの温泉は効能の1つに筋肉疲労の緩和と言うものがあり、農業従事者にはもってこいなお湯であった。


「ふむ。なかなかいい湯だな。ミアリス、加減はどうだ?」

「……やっ。なんていうか、もうずっとのぼせてるから、よく分かんないって言うか」


「タオルを巻いて湯に浸かるのはマナー違反なのだが。まあ、部屋風呂ならばそう固いことを言わんでも良かろう」

「い、いきなり全裸はハードル高いでしょ!? し、仕方ないじゃない!!」



「だが、絵画などの女神は大概が全裸か半裸だぞ?」

「現世の芸術家の倫理観を疑うわよ! 女神だってまっぱは恥ずかしいのよ!!」



 黒助は冷蔵庫から持って来ていたビールの缶を開け、1つをミアリスに手渡した。

 続けて自分のものをグイっと喉に流し込む。


「普段は酒など飲まんが、たまには良いものだな」

「くぅぅぅっ!! 火照った体と頭にこれはキクわね!! とりあえず、体綺麗に洗っとくから!!」


 黒助は「そうか」と返事をして、2本目のビールに取り掛かった。

 救国の英雄と創造の女神の休日は、穏やかに過ぎていくのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ええっ!? 同じ部屋に泊まって何もなかったん!? それ、絶対変だし!!」

「イルノはてっきり、ミアリス様が欲望に負けてアレをナニして規制されるのを覚悟してたのに、肩透かしですぅー」


 翌日の夕方。

 コルティオールに戻った女神さまは、四大精霊から「それはねーわ」と感想を投げつけられていた。


「仕方ないでしょ! 黒助、すぐ寝ちゃうんだもん!!」


「それ、多分黒助様からのサインだし! お前からナニして来いよのサインだし!!」

「ミアリス様はやる時はやる女子だと信じてたのに、ガッカリですぅー」


 この日以来、四大精霊たちから「女子として」の求心力が少し下がったミアリス様だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ねーねー! おじいちゃん! ナニするって、何することなのー?」

「くっくっく。ウリネたんは知らずとも良いことよ。どれ、余の持参したスイカバーを食すとしよう」


「わー! スイカのアイス! 食べるー!!」

「くっくっく。ウリネたんには真っ白な心を持っていてもらいたい」


 なお、さり気ないファインプレーを見せるベザルオール様はこちらである。

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