第160話 復活の水着回! ~風の精霊、彼氏(ニート)とレジャープールへ行く~

 午前7時30分。

 春日家の呼び鈴が鳴った。


「はーい! どうぞー!!」

「あ、おはよ。未美香」


「わぁー! セルフィさん! おはようございますっ! 鉄人呼んでくるねっ!!」

「あ、うん。お願い。つか、未美香の制服姿初めて見たし! 可愛いじゃん!」


「えへへ! ありがとー! ちょっと待っててね! 鉄人ー! セルフィさん来たよー!!」


 未美香は小走りで台所へと駆けて行った。

 そこには新聞で報道されている世界情勢を憂うニートの姿がある。


「もぉー。鉄人って言ってんじゃん! 彼女待たせちゃダメでしょ!」

「ごめん、未美香ちゃん! 円安がまた進んだなぁと思っててさ! ってか、セルフィちゃんもう来たんだ? 兄貴、上がってもらっても良い?」


 黒助はツナギを腰まで着たところで歯を磨いていた。

 当然だが、乳首はキャストオフ。


「もー! お兄! だらしないよっ!!」

「これはすまない。呼ばれたものだからついつい洗面所から出てきてしまった。ああ、セルフィだったな。もちろん、入ってもらえ。弟の恋人を外で待たせるような兄にはなりたくないからな」


 お気づきかと思うが、既に春日家では「風の精霊・セルフィは鉄人と交際している」と言う事実が公式のものとして扱われている。

 未美香が再び玄関まで向かい、セルフィを迎え入れる。


「お、お邪魔します。なんかごめん。朝早くに」

「平気だよっ! お姉はもう出かけちゃったけど、あたしは時間に余裕あるもん! 今、お茶淹れるねっ!」


「あらー! セルフィちゃん! デートの時間待ちきれなくて早く来ちゃうとか! 可愛いんだからー!! ツンデレだった頃が懐かしいなぁ!!」

「ち、ちがっ! ウチは、その、鉄人待たせたら悪いかもって思っただけだし! 別に鉄人の事しか考えてねーワケじゃねぇし!!」


 黒助が今度はちゃんとツナギを着て台所へやってくると、流れるような所作で一万円札をスッとテーブルに置き、セルフィに「楽しんでくると良い」と軽く告げてから手を振りながら外へ出て行った。


「あーっ! お兄、待ってよー! あたしも行くっ!! セルフィさん、またねっ!」

「ちょっと種苗園まで散歩がてら行くつもりだったが。未美香、一緒に行くか」


 兄と妹が出かけて行った春日家。

 残ったセルフィはお茶を啜って一言感想を述べた。


「あんたの家族っていい人過ぎじゃん? なんかもう、将来に対する不安とか全くないし」

「あらー! 結婚願望強めなギャル、キタコレ!! 子供何人作ろうか!!」


 「そーゆう話してねぇし!」と顔を赤くするセルフィを軽トラの助手席に乗せて、鉄人が家を出たのはそれから一時間後の事であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時岡レジャープール。

 ここは一年中利用可能な屋内施設であり、時岡市中のリア充たちがこぞって集まってくる人気のデートスポットでもある。


「すごっ。人間ってホント訳分かんない事に頭使うよね。外は肌寒いくらいなのに、中に入ったら夏だし」

「その分、それなりのお値段を要求されるけどねー! さあ、着替えようかセルフィちゃん!!」


「なんか……。目がやらしいし」

「この間ショッピングモールで買った水着持ってきたんでしょ? そりゃあもう、ガン見するよ!! 食い入るように見つめるよ!! スク水はプライベート用! 今日はよそ行き仕様だからね!!」


 セルフィは「バカじゃん。エロニート!!」と舌を出して、更衣室に消えていった。

 それから15分。


 水着に着替えたセルフィが出てきて、多くの男子が彼女を見る。

 その視線を感じて、不安そうな表情で彼女は鉄人に小声で聞いた。


「ちょ、なんか見られてんだけど? ウチ、もしかしてどっか変だっりするし?」

「ひょー! 金髪ギャルの黒ビキニ、キタコレ!! そりゃあ健全な男子だったら振り返るでしょ!! もう、魅力の塊だもん! よし、写真撮ろう!!」


「ちょ、ヤメろし! なんかはずい!! こーゆうとこではおとなしくするもんじゃないの!?」

「セルフィちゃん。僕が君の水着姿を見て、スーンってしてたらどう思う?」


 セルフィは少しだけ考え込むと、複雑そうな顔で答えた。


「それは……。ちょっとムカつくし」

「でしょー! あらー! そのはにかみスマイル最高! ちょっとクルっと回ってみようか! あー! 最高!! もう世界で一番可愛い!! あー、いいっすねー!!」


 まんざらでもないセルフィさんであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ひとしきりギャルの水着を目で楽しんだ鉄人は、浮き輪をレンタルしてきてセルフィに手渡した。

 それにすっぽりとハマった風の精霊。


 流れるプールの正しい楽しみ方はこれである。


「これ、人工で水流作ってんの? へー。イルノみたいな事するし」

「人間は娯楽のために全力で知恵を振り絞るからね! しばらくのんびり流れていようか」


「つか、前にコルティオールのプールで泳いだ時も思ったけど、鉄人ってなんでそんな体が引き締まってるし? ニートって体使わないんでしょ?」

「甘いなぁ、セルフィちゃん! プロニートは体が資本! 日々の筋トレと正しい食生活でいざという時にすぐ動ける体を維持しておかないと!」


「ふーん。よく分かんないけど、鉄人がそれで良いならウチも別にいいし」

「やっぱり腹筋くらいは割っとかないとね、兄貴の弟としては! ……ん? ちょっとごめん。セルフィちゃん」


 鉄人の視線の先には、中学生くらいの女の子が2人。

 周りには明らかにパリピ系の男子大学生。


 ニートの直感が働いた。


「よーよー! 学校サボって遊びに来てんだろ? お兄さんたちと遊ぼうぜ!」

「ち、違います! 今日は振り替え休日で!」


「そうなんだ! じゃあ、一緒にご飯でも食べようか!」

「困ります! ヤメてください!!」


 鉄人は考える。

 「僕が出て行っても変な空気になるし、ここは陰に隠れてお邪魔するのがベターだよね」と。


「魔の邪神直伝……! 『圧縮空気銃エアーショット』!!」


 鉄人の放った空気の弾丸は、パリピ大学生の水着の腰ゴムを見事に打ち抜く。

 すると、当然だが彼らの水着はずり落ちる。


「うおっ!?」

「マジかよ! どうなってんだ、これ!!」


 レジャープールでポロリは厳禁。

 すぐに監視員が飛んできた。


「お客様。そのような行為は困ります。別室へ来ていただけますか」

「え、ちょ! 違うんすよ!」

「そうそう! 別に出したくて出した訳じゃねぇって!!」


 監視員はガチムチの腕で彼らを掴み「お話はあちらで伺います」とにっこり笑った。

 こうして女子中学生たちの平穏が戻り、満足した鉄人はセルフィのところへと帰って来た。


「……ふーんっ」

「あらー! 他の女子に夢中になってて、彼女が不機嫌になるヤツー!!」


 そっぽ向いたセルフィは、堪えきれずに吹き出した。


「ぷっ、ふふっ! 別に、今さら鉄人が何しても不機嫌になんねーし! そーゆうとこ、その、結構カッコいいと思ったりするし……」

「うはー! セルフィちゃんのガチデレが出たー!! これ、今度農場でみんなに聞かせてあげなくっちゃ!!」


「そ、それはヤメろし!!」

「いやー! 楽しいねぇ! 来週は農場の手伝いしないとだね。兄貴に感謝だ!!」


 コルティオールで一番順調なカップルは、今日も普通にイチャイチャしていただけなのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る