第159話 時岡大学最強カップルコンテスト ~現世でもメンタル最強の2人~

 柚葉に「ちょっと行きたいところがあるので、付き合ってください!!」と言われて、胸で腕をホールドされている黒助は言われるがままにやって来た。

 だが、薄暗い体育館に入った辺りで彼は首を傾げた。


「柚葉。聞くが、こんな暗いところに用があるのか? あまり感心しないな。足元が悪いから柚葉が転ばないか気になるし、太陽の下から暗所に移動すると目にも負担がかかる。それよりも、じゃがバターを食べに行かないか?」


 黒助の発言は全てが自分のためだと知っている柚葉は「ぐぬぬっ」と唸る。

 心の清らかな聖女は、嘘をつくことに長けていなかった。


 だが、聡明な聖女は「嘘をつかない」選択をしたうえで大好きな兄を説得する方法をいくつも知っている。


「兄さん! 実は、これからイベントに出たいんです! 兄さんと2人で!!」

「ほう。イベントか。だが、俺のような無頼漢にそんな華やかなステージが務まるとは思えんが」



「兄さんと一緒に思い出を作りたいんです……! ダメ、ですか?」

「よし。出るか。柚葉の願いを聞き届けずして、なにが兄だ。任せておけ」



 柚葉は黒助に何かをねだることを滅多にしない。

 ゆえに、大事な場面でそれをすると効果は抜群。

 「可愛いおねだり」がヒグマをも数秒で殺す毒矢となるのだ。


 そのままステージ上に案内される春日兄妹。

 担当の亜希さんは「柚葉なら優勝間違いなしだよ!」とエールを送って舞台袖へ。


 代わりに、体育館のイベントを取り仕切っている陽気な上級生がマイクパフォーマンスを開始した。


『さあ! お集りの皆さん!! お待ちかね! 時岡大学に生息するリア充カップルの頂点を決める、メシマズ企画がやってきました!! ですが、ご安心を!! これから登場するラブラブカップルには数多の試練が襲い掛かります!! 果たして、最後まで愛を貫けるのでしょうか!!』


「柚葉。何やら軽薄な事を言っているが」

「あの人もお仕事なんですよ! 兄さんの好きな小梅太夫さんもカメラが止まったら常識人に戻るでしょう?」


「なるほど。大学と言うところも大変なのだな。軽薄を装うとは、あの男もなかなかの手練れだ」

「そうなんです! 社会ではみんな仮面を被って生きていくので、その予行演習も大学ではカリキュラムの1つとして取り入れられているんですよ!!」


 ちなみに2人の会話は全て司会者に聞こえており、彼は「オレ、就職も決まってないのに何してんだろ……」と急に現実に引き戻されたと言う。


 それはそれとして、「最強カップルコンテスト」の開幕である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 「最強カップルコンテスト」とは「カップルの愛情を試す場」であり、翻っては「あの手この手でリア充カップルを険悪な空気にさせよう」と言う、性根の腐った企画であった。

 なお、柚葉の友人の亜希さんは内容まで知らなかったため、今、舞台袖で顔を青くしている。


『えー! こちらの彼氏! 実は先月まで別の女性とお付き合いしていました!! そこでお聞きしますが、今の彼女のどこが元カノよりも勝っていたのでしょうか!!』

「えっ、ええと……。か、顔?」


「信じらんない」

『あっとー! 彼女の顔が不機嫌になって行く!! これでは最強カップルは名乗れません!! 残念でした!!』


 エントリーしたカップル4組のうち、3組が事前に仕入れられていた新鮮な悪評で汚されていく。

 そして、黒助と柚葉の番が回って来た。


『それでは! 最後は飛び入り参加の勇者たち!! 男子学生の諸君! この人を知らないヤツは男じゃない!! ミス時岡大学の呼び声高い、春日柚葉さんです!! ミスコンに出てくれなかったのは残念ですが、まさかこちらのコンテストに来て下さるとは!!』


 マイクを向けられた柚葉は笑顔で応じる。


「私の自慢の恋人を是非ご紹介したくて。ふふっ、恥ずかしいですね」


 美少女にのろけられると、それだけで犯罪係数が上昇すると言う研究結果がある。

 会場の男たちの妬みは黒助の一身に襲い掛かる。


『幸運過ぎる彼氏さん! 今のお気持ちをどうぞ!』

「ああ。そうだな。すまんが、柚葉はお前たちとは釣り合わん。諦めてくれ」


 露骨なブーイングが会場から沸き起こる。

 かつてない一体感を見せる時岡大学の男子学生たち。


『ま、まあ! 春日柚葉さんにも愛の試練を受けてもらいましょう! はい、くじを引きますねー!! 出ました、キスです!! 本当のラブラブカップルならば、キスくらいできて当然!!』


「柚葉。この男は小学校を中退したのか? 羞恥心と言うものはどこに置き忘れてきた?」

「ふふっ。兄さんったら! 小学生の子供たちに失礼ですよ!」



 メンタル最強の彼らに下衆な揺さぶりなど通じない。



『……なんだか、泣きたくなってきました。ですが!! 試練をクリアできないというのであれば、最強カップルとは認められません!!』


「兄さん。キスしても良いですか?」

「ああ。構わんぞ。ただし、嫁入り前の大事な妹だ。口以外で頼む」


「はいっ! では、ほっぺに! ……んっ」


 会場が一瞬で静まり返った。

 耳を澄ませると、すすり泣く声がそこかしこから聞こえてくる。


「おい、司会者。聞くが、これで満足か?」

『え、ええと。あの、ええ……。ふ、普通、そんな躊躇なくします!?』


「お前がしろと言ったのだろうが。まったく、なんという低俗な企画だ。おい、マイクを寄越せ」

『えっ!? ああ!!』


 マイクを奪い取った黒助は、静かにしゃべり始めた。


『お前たちもしょうもない事でショックを受けるな。野菜が足りていないんだ。いい機会だ。これから、ストレスを抑える働きのある野菜について話をしてやる』


 最前列で企画を見ていた勇気ある学生が、黒助に向かって挙手をする。


『なんだ。質問は受け付けるぞ』

「は、はい! その、野菜について学べば、あなたのようになれますか!?」


 それは「春日柚葉のような美少女に頬っぺたとは言えキスをされる身分になれるのか」と言う問いだった。

 黒助は即答する。


『知らん。だが、何も学ばんよりは良いだろう。お前は赤の他人を揶揄して笑う事と、体に良い野菜について学ぶ事。どちらが有益だと思う?』

「き、聞かせてください!! オレ、目が覚めました!!」


 続けて、「オレも!」「僕も!!」と次々に声が上がる。


『良いだろう。まず、ストレスを抑える定番のサラダがある。菜の花とブロッコリーとオレンジ。それに豆腐を加えたもので、うちの柚葉の得意料理の1つだ。レシピはだな……』


 それから、時岡大学の男子学生の農作物偏差値が急上昇するのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助の野菜講座が終わったのち、亜希さんが駆け寄って来て柚葉に頭を下げた。


「ごめん、柚葉! こんな企画だって知らなくて!! 嫌な思いさせちゃったよね……!!」

「あ、いえいえ! 全然平気です! それよりも、さっきのキスシーンの写真を撮っていたりしませんか?」


「あ、うん。記録用に撮影してたと思う。けど! わたしが責任もって消させるから!!」

「とんでもない! それ、ください!! データごと!!」


 その後、無事に写真のデータを手に入れた柚葉はそれからしばらくの間、いつも以上に機嫌が良かったらしい。

 鉄人に「今晩は何が食べたいですか?」と声をかけたと言うのだから、これはもうよっぽどである。


 柚葉さんの学祭は、完璧な形で幕を下ろしたのであった。

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