第158話 春日柚葉のターン! 兄と一緒に学祭へ!!

 その晩、春日黒助は手に小遣いを持って台所へとやって来た。

 風呂上がりにコンビニのちょっとリッチなソフトクリーム型のアイス食べながらテレビを見ている鉄人にそれを差し出す。


「鉄人。急で申し訳ないのだが、明日な。農場の管理を頼めないか?」

「オッケー! 任せといてよ!」


「忙しい毎日を送っているのにも関わらず、即答か……。まったく、大した男だな、お前は。これは少ないが、何か美味いものでも食べてくれ」

「ひょー! ありがとう、兄貴!! あれでしょ? 明日って、柚葉ちゃんの大学の学祭だもんね? 一緒に行くんだ?」


「知っていたのか。鉄人には敵わんな。ああ。柚葉が是非にと言うのでな」

「うんうん! 楽しんで来てね! こっちは僕に任せといて!」


 そんな話をしていると、お風呂上がりの未美香が冷蔵庫から牛乳を取り出しながら会話に参加してきた。


「いいなー! あたしもお姉の大学行ってみたーい!!」

「平日だからな。すまん、未美香。土産を買ってくるから、勘弁してくれ」


「ぶーぶー! じゃあ、今度はあたしともデートするんだからねっ!!」

「ああ。分かった。約束しよう」


 最後に柚葉が切り分けた果物を皿にのせて合流。

 春日家、家族団らんのパーフェクトフォームが完成する。


「兄さん! 未美香! よく冷えたスッポンポンを剝いたので、食べましょう!」



 よく冷えたスッポンポンだけでもアレなのに、それをさらに剝くとはこれ如何に。



「……鉄人さんの分もあります。はい、どうぞ」


 大盛りのスッポンポンが鉄人の前にドンと置かれた。

 「ニートには塩対応」を順守している柚葉にとって、これは異例の対応である。


「あらー! ついに僕の事もお兄様って認めてくれたのー!? やだー、柚葉ちゃん可愛いー!!」

「これはお礼です。鉄人さんに借りを作っておくのは気持ちが悪いので」


「ツンデレのデレが少ない! けど、僕はそれだけでご飯2杯はイケちゃうんだよねー!!」

「あー。鉄人、そーゆうとこだよ。なんかキモいもん。ほら、お姉が無表情になってる。お姉、お姉! 明日の服、一緒に選ぼっ!!」


 瞳から光が消えていた柚葉。

 そんなに鉄人に優しくする事に抵抗があったのだろうか。


 妹の言葉で生気を取り戻し、「あっ、そうですね! 準備しなくちゃです!!」と2人で部屋に駆けて行った。

 という訳で、今回は柚葉のターンである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 柚葉の通う時岡大学は学部が多く、敷地も広い。

 そのため、学祭ともなれば大勢の人間が集まるのだ。


「おお。これはすごいな。農協の農業祭よりも活気があるぞ」

「ふふっ。はぐれないようにしなくちゃですね! 失礼しますっ!」


 柚葉は黒助の腕を豊かな胸でがっちりホールド。

 動きの淀みのなさと一切の迷いを見せない表情は、「女神様にだって負けません!」という意思のあらわれか。


「おいおい。柚葉、もう子供じゃないのだから。周りに見られると恥ずかしいのではないか?」

「いいえ、私はまだ子供です! 兄さんの腕にしがみついておかないと、はぐれたら泣いちゃいます!!」


「そうか。懐かしいな。昔はこんな風に、近所の縁日に行ったりしたものだ」

「はい! だから、今日こうして一緒に学祭を回れることがすっごく嬉しいですっ!!」


 当然だが、周囲からは羨望のまなざしが向けられている。

 しかし、時岡大学でも注目の的である美少女の春日柚葉に「なんかやたらと強い彼氏がいるらしい」と噂が流れていることを諸君はご存じだろうか。


 遡ること数か月前。


 廣澤三郎という命知らずな青年が柚葉に強引なナンパを仕掛けて、黒助に止められた挙句そのあとやって来た鉄人の事後処理で鬼窪玉堂による指導が行われた。

 その時の目撃談が姿を変え、尾ひれをつけた結果、「春日柚葉の彼氏は極道の者を使い走りにするヤベーヤツ」とまことしやかに囁かれるようになっていた。



 だいたい真実なので困る。



 つまり、時岡大学の学生は「春日柚葉たん、可愛い!!」とチラ見して興奮するまでがチキンレースの限界で、そこを超えると命がないことを知っている。

 なお、柚葉本人も噂の存在は知っているが「兄さんが彼氏なんてステキ過ぎるのでそのままにしておきますっ!」と笑顔であり、友人に真実を問われると「そうですよっ!」と元気のいい返事をすることに決めているらしい。


「あっ! 兄さん! 焼きとうもろこし売ってます!」

「ほう。とうもろこしか。農場で作るのも悪くないな」


「でしたら、試食しなくちゃですよ! さあ、行きましょう!!」

「おっと。はっはっは。柚葉もまだこうしてはしゃぐのか。そう引っ張らないでくれ」


 仲良くトウモロコシを食べていると、数人の女子が近づいてきた。

 「おっつー! 今って平気?」と手を振りながら近づいてくる彼女たちは、柚葉の大学の友人である。


「皆さん! 実行委員会、お疲れ様です!」

「あははっ。まあ、立候補してやってるからねー。柚葉はデート中?」


「はいっ! 学際デートをしています!」

「お、おお。何のためらいもなく言い切った……。どうも、彼氏さん。わたし、柚葉と仲良くさせてもらってます。亜希って言います!」

「これは丁寧に。うちの柚葉がお世話になっている。俺は兄の痛いっ!!」


 柚葉が笑顔で黒助の太ももをつねる。

 最強の肉体を持つ黒助に「痛い」と言わせたのは、春日柚葉が初めてであった。


「もぉー。変なことを言わないでくださいよぉ。黒助さん?」


 その時、柚葉から発せられた圧は虚無のノワールに勝るとも劣らないものであり、黒助は冷や汗をかいたと言う。


「あ、ああ。すまない。柚葉」

「すみません、皆さん! うちの黒助さん、口下手なんです! そこがまたカッコいいんですけど!! そうだっ! いい機会ですから、黒助さんの良いところ百選、聞いていきますか!?」


 亜希は「あ、あはは。今はいいかなー」とやんわり断った上で「でも、そんなお似合いカップルの2人に最高の舞台があるんだよね!」と親指を立てて見せた。

 彼女は「時岡大学・最強カップルコンテスト」という企画の手伝いをしているのだが、参加する予定だったカップルが1組キャンセルしたため、代役を探していたのだと説明する。


「お願い! 柚葉! わたしを助けると思って、コンテストに出てくれない? 柚葉がそういうの嫌いなことは知ってるんだけど」

「つまり、私たちのラブラブっぷりを見せつけてあげればいいんですか?」


「えっ? あ、うん。まあそういう感じのイベントだけど。やっぱり嫌だよね。柚葉、目立つのとか苦手だもんね」

「なるほど! 黒助さんのカッコいいところを大学に広く知らしめる訳ですね!!」


 柚葉は胸の前で手をギュッと組んで、笑顔で答えた。



「出ます! 優勝して、時岡大学公認のカップルになりますっ!!」

「うん。柚葉、どうしたー? なんか、今日は雰囲気違うよね? お酒飲んでる?」



 こうして、春日黒助は新しい戦いの場へと赴くこととなった。

 なお、当の本人はトウモロコシの精査に夢中で、自分が何に巻き込まれているのかも理解していない事を付言しておく。

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