第156話 力の邪神と無色の亀による「コルティオール浄化大作戦」 ~始動編~

 コルティオールの人間は数百年前に絶滅している。

 これは長き渡る戦争の影響で、毒が全土に広がり人間の身体を蝕んだ末の悲劇。


 その毒は未だ、コルティオールの各所に見られる。


「ミアリス、聞くが。この世界でもいつかは人間が再び生活する日が来るのだろう? 毒をそのままにしておくのは良くないと思うのだが」

「そうね。確かに、黒助の言う通りだわ。戦争が終わったんだから、環境整備が一番よね。うん。じゃあ、わたしが明日から早速取り掛かるわ!」


 黒助の言う事はこうである。


 コルティオールの環境問題を速やかに解決しておく事で、後の世の人間にとって住みやすい世界となり復興の速度も上がるのではないか。

 あと、農地を広げる時に毒がない方が何かとスムーズである、と。



「待て。ミアリス、お前には傍にいてもらわなければ困る。お前がいないと色々な不備が起きるし、何より俺が寂しい」

「ふ、ふぉぉぉぉぉ!! キタコレ! たまに見せる独占欲のヤツー!! そんなこと言われたら、もう逝っちまうしかないじゃない!! わたしもう、毒なんか知らないわ!!」



 創造の女神、恋を優先してコルティオールを放置する決定を下す。


 だが、それはそれで困るのが黒助。

 よって、彼は暇そうな従業員を招集することにした。


「くははっ。我の力をご所望とは、主もよく分かっていらっしゃる」

「よし。やっぱり暇だったか、メゾルバ。……そっちの透けてる亀はなんだ?」


「これは我の盟友、無色の盾・ゲラルドである。未だ失恋のショックから立ち直れず、色を失っておったので連れて参った」

「そうか。なんか知らんが、大変そうだな。では、お前たち2人に命じる。とりあえず、うちの農場がある大陸だけで良い。毒を浄化して来い」


「……毒を浄化と申されるか。して、その方法は」

「知らん。俺が知るはずなかろう。そのくらい考えてから発言せんか」


「くははっ。それも然り。では女神よ。毒はいかにして浄化すればいい」

「ふへへ。俺の傍にいろってセリフ、破壊力高いわよね。もう、逝っちまうもの。今晩は寝る前に脳内リピート5周は確定よ。ふふふっ」



「なんか知らんが、お前も神の仲間ならどうにかしろ。スイカ食わせてやるから」

「くははっ。投げやり過ぎるご命令。だが我もだいたい想像はつく。ここで否と答えたらば、すぐさま鉄拳制裁よ。……拝承仕る」



 学習する邪神、メゾルバ。

 とりあえず無理難題を主に与えられたので、無色の盾・ゲラルドと共に母屋で作戦会議を始めることにした。


「ゲラルドよ。お前は魔王軍に最後までいたのだから、毒について詳しいのではないか?」

「ふふ、恋と言う名の毒についてならば、知り尽くしておりますが。これは心を蝕み、一度見舞われると解毒の方法すら分からぬ不治の病……」


「くははっ。亀がまったく役に立たぬ。よし、詳しい者に聞くとしよう」


 メゾルバは油断すると消えてなくなりそうな亀と一緒に、農場を移動する。

 毒の事ならば、毒の専門家に聞くのが一番。


 力の邪神とは思えない、クレバーな発想だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは、食品加工工場。


「なんだい。いきなり訪ねて来たかと思えば、藪から棒に。毒の浄化について?」

「くははっ。貴様は死霊将軍ではないか。ものを腐らせる事にかけてはコルティオールで随一。知恵を貸してくれ。このままでは、我が主にぶん殴られて奇声を上げるオチが待っておるのだ」


「……あんたも大変だね」

「相棒になった亀がまったく役に立たんのが目下の悩みよ」


 ヴィネはリッチを数体呼んでから、簡単な実験を行った。

 まず、リッチに毒を吐かせる。


 とっくにデトックスの済んでいる健康なリッチにとって、その作業は非常に辛かったらしい。


「いいかい? 毒の中和には、本来なら腐敗属性や毒属性を応用したアンチ魔法を使うのがベターさ。こんな感じにね。……てぇやぁっ!!」

「くははっ。見事に毒液が澄んだ水に変わりおったわ」


「もしくは、水魔法なんかの正の魔法を使って、根本的な毒を取り除く方法があるね。イルノがよくやってるヤツだよ。この辺りの水源もだいたいあの子が浄化したからね」

「なるほど。よく分かった。では、水の精霊を訪ねることにする。行くぞ、ゲラルド」


 すぐに出て行く2人を見て、ヴィネは「あ、ちょいと!」と声をかけるも一歩遅かった。


「なんであいつらは水魔法を習得する方向で動くんだい? 毒魔法ならあたいがすぐに教えてやれたのに。……まあ、良いけどね。リッチ、悪かったね。あとでイルノに冷たい綺麗な水でシャワーしてもらうからね」

「オォォォォォオォ。毒とかマジで存在する理由を知りたい。オォォォォォオォ」


 メゾルバのおつかいクエストは続く。

 トマト畑にやって来たメゾルバとお供の透けてる亀。


 そこには、今まさに目的の水魔法を行使するイルノの姿があった。


「ち、違うのだ! イルノ!! これは、トマトの味を確認しただけで!! 決してつまみ食いをしようとした訳ではないので……ひっ!!」

「ゲルゲさん……。てめーの罪を数えろですぅ!! 『ホーリースプラッシュ・ジャッジメント』!!!」


「ぬぅおぉぉおおぉぉぉぉっ!! ちなみに味は最高であった……ぞ……。ぐふっ」


 凄惨な現場にやって来てしまった力の邪神と亀。

 彼らはイルノのお仕事モードを目の当たりにしてたじろぐ。


「あ、メゾルバさんとゲラルドさんですぅー。お疲れ様ですぅー。イルノに何かご用ですぅ?」

「こ、これは水の精霊……。トマトが実に良い色をしているな。育て主の愛情が伝わっておるのだろう。く、くははっ」



「ふへへー。メゾルバさんはお上手ですぅー。1つだけなら、特別に食べてもいいですぅー」

「い、イルノ……。酷いではない……か……。ワシがつまみ食いしたのも、1つ……だけ……」



 メゾルバはトマトを最敬礼で受け取り、じっくりと時間をかけて咀嚼してから感想を丁寧に述べた。

 その様子に満足したイルノは事情を聞いて、胸を張った。


「お二人に水魔法をお教えすればいいんですぅ? 適性があるから、習得できるかは未知数ですけど。イルノで良ければお力添えするですぅー」

「くははっ。感謝する、水の精霊よ。亀、貴様も礼を言わぬか」



「イルノ様……。この胸の痛みを取り除くことは水の魔法で可能でしょうか?」

「亀さんは何を言っているのかちょっと分からないですぅー」



 その日から、力の邪神と無色の亀のイルノ先生による「水魔法特訓」が始まった。

 なお、その道は困難を極める事になるのだが、それをいちいち説明するのは本作の趣旨から逸脱するものと思われる。


 よって、諸君には「コルティオール浄化大作戦」の続報をお待ち頂きたい。

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