第151話 ずっと先まで。どこまでも

 本日、魔王城の最終決戦から2ヶ月が経つ。


「くっくっく。ガイル、アルゴムよ。春日黒助よりカボチャをお裾分けしてもらった。これをいかように料理してやるか。卿らの意見を聞きたい」


 ツナギを着た大魔王。

 その名はベザルオール。


 長きにわたりコルティオールに君臨し続けた彼は、齢2000を超えて新しいステージへと挑戦の旅に出かけていた。


「これは……! なんと見事なカボチャ! ずっしりとしておりますな!!」

「まずはモルシモシを使い、黒助様にお礼を伝えましょう。お任せください」


 魔王城は創造の女神ミアリスと多くの魔族たちの共同作業により、無事元の形を取り戻していた。

 だが、大きな変化がある。


 魔王城の近くにあった毒の沼地は全てがクリーンな水源へと変貌を遂げ、空いている大地は耕し農地へと転用。

 この作業は春日大農場の従業員のほとんども加わり、新生コルティオール初の大規模作業となった。


 ついに作物の植え付けが可能だと黒助と岡本さんから太鼓判を押されたのが昨日の事。

 明日はベザルオール様にとって初めての定植作業が待っている。


「ベザルオール様! 調べたところ、カボチャは煮物がベターだと言う事です!」

「ベザルオール様! 春日様より、気にするな。しっかり食って明日に備えろ。との返信を頂戴しました!」


 狂竜将軍・ガイルはその知略を買われ、春日大農場に農業留学をしていた。

 結果、2ケ月で立派な農業戦士へと進化する事と相成った。


 通信指令・アルゴムは広域に及ぶ魔王農場の全てを監視、管理し問題が発生すれば速やかに報告連絡相談へと移行する重責を担う。


「くっくっく。余は天ぷらを推したい。しばし待て。春日黒助の妹たちに料理の手ほどきを受けた余の超絶技能を卿らに披露しよう。かぁぁぁっ! 『闇の獄炎ブラッド・フレイム』!!」


「おおっ! さすがはベザルオール様!! 魔界の炎で天ぷらとは……!!」

「そう言う事でしたら、私が倉庫からタマネギとニンジンを持ってきましょう。かき揚げも一緒に作れば良いかと愚考します」


「くっくっく。アルゴムよ。卿の発想力はまるで知恵の泉であるな。かき揚げ、実に良い。……待つが良い。余の思い違いでなければ、先日の事。春日黒助よりサツマイモもお裾分けされておらぬか? ……いや、間違いない。ガイルよ」

「ははっ! すぐに持って参ります!! 竜の翼を全力展開!!」


 それから魔王城では、野菜の天ぷらとホカホカご飯による夕食の儀が執り行われた。

 「食事中にテレビを見るな」などと言う無粋な事を大魔王は言わない。


「くっくっく。卿ら。見よ。CS放送でキテレツ大百科をやっておる。我らもブタゴリラより、野菜に対する愛を学ぶとしよう。くっくっく」


「ベザルオール様、大根をおろしてきました! 私の龍の肌で!!」

「ガイル様……。なんだかそれの情報はむしろ食欲が……。できれば、何も言わずに出して欲しかったですな……」


 魔王城は今日も平和であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 春日大農場から飛竜の編隊がやって来た。


 先頭を務めるバリブに乗るのは、我らが最強の農家、春日黒助。

 隣に控えるのは創造の神・ミアリス。


「おはよう。じいさん。よく眠れたか?」

「くっくっく。良い朝であるな、春日黒助。ぶっちゃけ、ドキドキして朝方まで眠れなかった。このように胸が高鳴った記憶はない」


「そうか。その興奮こそが農家の証だ。大切にしろ。今日は、事前にお前たちから希望を聞いておいた作物の苗を運んで来たぞ」

「くっくっく。お心遣い、痛み入る。よもや素人の我らが出した希望を全て叶えてもらえるとは。ぴえん超えてぱおん」


「土に慣れるまでは好きなものを育てるのが一番だ。既にみんなには指示を出して、畑の畔に苗を運ばせている。お前たちも無理のない程度に作業に加われ。良いか、コルティオールは一年中暑い。水分補給は怠るな。暑いと感じてからでは遅い。特に、じいさん。あんたに倒れられるとあんたの部下たちが悲しむからな」

「くっくっく。春日黒助。卿、敵対していた頃からたった2ヶ月で良いヤツになり過ぎでワロタ。そして無言で麦茶用意してくれてるとか、ガチで気の良いあんちゃん過ぎてワロリーヌ」


 黒助は飛竜に飛び乗り、上空から拡声器で指示を出す。


『全員、手を止めずに聞いてくれ。今日は春日大農場第2支部、魔王農場の始まりの日だ。もはや俺たちに敵も味方もない。敵は病気と虫食いだ。知らんヤツでも困っていたら助けてやれ。助けられたら礼を言え。それが同じ農場で働く上で求められる条件の1つだ。なお、魔王農場はベザルオールが責任者なので、作業の進捗報告は全て、まずはベザルオールにするように。では、作業を始めろ』


 黒助の朝礼が終わると「うぉぉぉぉ!!」と従業員たちが呼応する。


「ベザルオール様! ついにこの日が参りましたな! アルゴム! 鉄人様から借り受けたスマホでしっかり撮るのだよ! この記念すべき日を余すことなくなのだよ!!」

「かしこまりました! ベザルオール様! 意気込みをひとつお願いいたします」


「くっくっく。重責に身が引き締まる思いである。余としょの家臣たちがけんきょうで元気に……。ちょっともう一回最初から頼めるか。いくらなんでも今のは酷い」


 そこにガーゴイルたちが慌てて駆け付ける。

 彼らは口を揃えて彼が現れた事を告げた。


 時空が歪み、魔王城の上空に頭髪こそ寂しいものの、それ以外は存在感の塊が出現する。

 何を隠そう、農協の岡本さんである。


「いやぁ! ベザルオールさん! やってらっしゃいますねぇ! 遅くなってすみません! これ、差し入れの手ぬぐいです!」

「くっくっく。岡本さんにおかれましては、ご機嫌麗しゅう。余と余の臣下、すべからく岡本さんの来訪を歓迎するよしにございます」



 2ヶ月の研修期間で、すっかり「農協とは何たるか」を学んだベザルオール様である。



「なっはっは! 皆さん、いい顔で作業をしていらっしゃる! 魔族の方は体力がおありだから! 私なんて、ちょっと動いただけで息が切れてしまいますからねぇ!」

「くっくっく。ご冗談を」


 そこにやって来る黒助。

 まずは岡本さんに一礼。


「じいさん。昼飯についてだが、うちの四大精霊が豚汁を作る予定だ。魔王城の方で飯を炊いてくれるか?」

「くっくっく。心得た。すぐに手配しよう。時に春日黒助。豚汁に入っているのはサツマイモか。それともサトイモか。是非聞いておきたい」


「今日はサツマイモだ。生姜とネギもどっさり入れてある」

「くっくっく。四大精霊のチョイス、神過ぎん?」


 こうして、コルティオールに平和が訪れた。

 それはこの先、何十年、何百年、何千年と続いて行くだろう。


 農業は戦争で荒廃していた異世界をも平定する。

 これは、誰にも覆す事はできない純然たる事実なのである。




 ——完。

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