第150話 これからの話
乳首の治療を終えた黒助が、女神と大魔王の首脳会談の場へとやって来た。
コルティオールを救った彼にはそこに同席する権利があるかと思われる。
「ミアリス。色々と心配かけた。とりあえず、面倒事は片付いたようだ」
「黒助! よかった! 元気そうで安心したわよ! あんたの事は信頼してるけど、その、やっぱり傍にいないと、不安でさ……」
「ああ。俺もミアリスが傍にいてくれないと困る。もう、お前が隣にいることがこの世界の常識になってしまった」
「ふ、ふぉおおぉぉぉぉっ!? この空気でいきなりぶっこんで来るんですけどぉ!? なに、キュンですとか言えば良いの!? キュンどころか、ドキュンよ、これもう!!」
ベザルオールが色々と察して、コメントを添える。
「くっくっく。農家よ。いや、春日黒助よ。卿は女神との間に愛を育んでおったか。どうやら、農家とは農作物以外を育てるのも得意のように見える。くっくっく」
「う、うっさいわね! 大魔王! なんか上手いこと言って冷やかすんじゃないわよ!!」
「そうだな。俺はミアリスの事が好きだ。これはもちろん、ライクの意味もあるが。……思えば俺は異性に好意を持つのはこれが初めてだったからな。ラブの形も意味も知らん。だが、ミアリスを大切に思うこの気持ちこそが、愛なのかもな」
「ふ、ふぎゃあぁぁぁぁぁっ!! 最終決戦のあとにその流れは悪質な反則なんですけどぉぉぉぉぉ!! 愛ってなに!? わたし、知らない!! もう口から卵生まれそう!!」
だが、「聞き捨てならない」とばかりに義妹たちも愛の論争に飛び込んで来る。
「兄さん! いい機会ですから言っておきます! 私も兄さんの事を愛しています! もちろん、異性としてです!! ミアリスさんには負けません!!」
「あ、あたしも! えっと、愛とかはまだよく分かんないけどっ! お兄のお嫁さんになりたいって思ってるもんっ!!」
「お、お前たち!? なんと言う事だ……! 俺は、俺には選べない!! 大魔王。いや、ベザルオール。聞くが、俺はどうしたらいい!?」
「くっくっく。それ、なんてエロゲ?」
ベザルオール様のお言葉は全知全能。
コルティオールに生きとし生ける者すべての代弁であったと言う。
なお、出番がなかったために「もはや我が出て行くタイミングは逸した」と理解していた力の邪神・メゾルバは、本格的な失礼をしてセピア色から無色の盾に究極進化したゲラルドの肩を叩いて「まあ、元気を出すが良い」と慰めた。
無色の盾・ゲラルドは、声を殺して泣いたと言う。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ひとしきりラブコメ展開を済ませた女神軍は、改めて大魔王との交渉のテーブルについた。
「くっくっく。余はいかなる責めも受け入れよう。命を差し出して事が済むのならば、それも良かろう。だが、このような事を申せる立場ではない旨を承知で言わせてくれ。余の忠臣たちの助命を乞う。この戦争は、余の責任である」
「じいさん。バカか、あんたは。じいさんの命を取って喜ぶ輩はうちの従業員にはおらんわい。敬老の精神がないのか、コルティオールには」
「くっくっく。……マ? であれば、余は何を差し出せば良いのだ?」
「どういう価値観しとるんだ、お前たちは。こっちだって、魔王軍のヤツらを散々ボコボコにして来たんだぞ。そんなもの、お互いさまでしたね、これからは気を付けましょうで終わりだろうが」
ベザルオールはミアリスを見て、もう一度確認する。
この場での首脳は創造の女神であり、彼女の意見こそ聞くべきだと大魔王は考えた。
「ん? いいんじゃない? わたしたち、もう黒助の言う事しか聞いてないし。黒助の言う事がコルティオールの総意で」
「くっくっく。なにこの軽い感じ。高い羽毛布団くらい軽い。余の考えてた展開と違い過ぎて草生えていっそ枯れそう」
黒助は少しだけ考えると、女神軍の賢者たちを召喚した。
やって来るのは、ニートと農協職員。
「鉄人。こういう時、異世界ものとやらではどうするのが正解なんだ?」
「んー。それは難しい質問だねー。普通、最終決戦が終わったら次の強敵が出て来るか、しばらく平和が続いた後に大魔王が噛ませ犬になって新展開が始まるかだけど」
「そうか。ベザルオール。聞くが、その予定はあるか?」
「くっくっく。まさか余がダイレクトで聞かれるとは思ってなくて驚いた。余はコルティオールに長き戦乱の世をもたらしてしまった。ゆえに、これからは永遠の安寧を願う。あの日、コルティと果たせなかった、安寧の世を……。コルティはもはやおらぬが、余は」
「ああ。じいさんの思い出話は長くなりそうだから、後にしてくれ」
「くっくっく。辛辣過ぎて草」
続けて、最終決戦でも理外の大活躍をした岡本さんに黒助は聞いた。
「お聞きしますが、岡本さん。こいつらにも農業をさせて良いでしょうか?」
「なるほど! それは素晴らしいお考えですねぇ! 春日さん!!」
「くっくっく。ちょっと余にも分かるように言って欲しい」
「じいさん。あんたら、当分は魔王城に住めんだろう。屋根を吹き飛ばしたのは俺だからな。とりあえず、全員揃ってうちの農場に来い。そこで農業のいろはを叩き込んでやる」
「くっくっく。つまり、女神軍の軍門に下れと言う事であるな?」
「何を聞いとったんだ、バカタレ。下るも上るもあるか。農場で働く者はみんなが家族だ。どうせやる事もないのだろう? なら、農業従事者になれ。働いた後の飯は美味いぞ」
「くっくっく。寛大過ぎて鼻水噴いた。春日黒助。卿の言う通りにしよう」
「そのお言葉! 確かに聞きましたよ!! では、ちょっとお待ちくださいね! すぐに新規就労者向けのパンフレットと、諸々のサービスのご案内をしますので! ひぃぃえやぁぁいいぃぃっ!!!」
次元を切り裂いて、現世へと小走りで戻っていく岡本さん。
なお、全知全能の大魔王ベザルオールでさえ召喚魔法や転移魔法を使うのが精いっぱいであり、「次元の壁を力ずくで叩き切って転移する」岡本さんの行動とその頭のおかしい力は理解できない。
「くっくっく。女神よ。聞かせてくれぬか」
「なによ。遠慮しなくていいわよ! 黒助が認めた以上、あんたも家族だから!」
「くっくっく。では、女神に問う。農協の岡本さんとは、一体何者であるか」
「岡本さんは農協の次長よ。その意味が分かるようになったら、あんたも一人前ね」
ミアリス様、ついに農業従事者の真理に到達する。
こののち、別の次元を切り裂いて戻って来た岡本さんから大魔王は様々なレクチャーを受ける。
なお、新規就労者にとって農協の人の言葉は「一が全」であり、「全は一」なのである。
『春日大農場第2支部、魔王城』が誕生するまでのカウントダウンが始まった瞬間であった。
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