第149話 約1500年ぶりの平和

 春日大農場では。

 春日柚葉と春日未美香がいち早くコルティオールに起きた異変を察知していた。


「お姉! これってさ、お兄だよね!!」

「そうですね! 兄さん、悪い人を懲らしめてくれたんですね!!」


 春日姉妹に遅れること20秒。

 創造の女神ミアリスも魔王城から流れ出していた凶悪な魔力が消滅した事を悟る。


「黒助がやってくれたのね! 大魔王を倒してくれたんだわ!! ……だったら、迎えに行かなくっちゃ!! イルノ、ウリネ! 飛竜たちの治療をお願いね! バリブ! あんた、わたしたちを乗せて飛べる?」


 飛竜のリーダー・バリブは即答する。


『そんなもん、当たり前ですわ。姐さんにはこれからもお世話になるよって、ちょっとくらい体が痛いのがどうしたんやって話です。どうぞ、背中にお乗りなはれや!』

「ありがと! じゃあ、セルフィ! 一緒に来て! って! 柚葉と未美香!? だ、ダメよ! まだ危険があるかもしれない敵の本丸に行くのよ!? 黒助に怒られちゃう!!」


 春日姉妹は声を揃えて、女神様を論破する。


「にっひひー! ミアリスさん! 多分ね、お兄はあたしたちを置いて行った方が怒ると思うなっ!」

「すみません。ワガママを許してください! 疲れている兄さんのところに行きたいんです!!」


「ぐぬぬっ。あんたたちにお願いされると、わたしも弱いのよね……。もう、分かったわよ! あとで黒助に怒られるのもご褒美だわ! ヴィネはどうする?」

「あたいは農場に残るよ! 男の留守を守るってのも、なんだかステキシチュエーションで逝っちまいそうだからね!!」


「オッケー! じゃあ、行ってくるわね!! バリブ、準備良いわよ!!」

『合点ですわ、姐さん! ほな、飛ばしまっせ!』


 春日大農場から、飛竜が飛び立った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、魔王城では。


「ぐっ、ぐぁぁぁっ!!」

「あ、兄貴!! しっかり! さすが、コルティオールで長いこと暗躍していた負のエネルギー体……!! 兄貴にこんな重傷を負わさせるなんて!!」



 春日黒助が、乳首を押さえて苦しんでいた。



「くっくっく。ノワールを倒した代償がそれならば、もうタダみたいなものではないのか? 余がおかしいの? ブロッサム、教えてくれる?」

「吾輩には分からぬでござるが、黒助殿の身体に傷がついたのを見るのは初めてでござる!! やはり、常人には分からぬ辛さがあるのかと思うでござります!!」


「くっくっく。余は治癒魔法も使えるが……。何やら女神軍の者もこちらへ向かってきておるようであるし、ここは空気を読んで静かにしておこう」

「さすがは大魔王様でござる! そのご慧眼は健在でござったか!!」


 ベザルオールは「くっくっく」と不敵に笑いながら、黒助のところへツナギを持って行った。

 「世界を救った英雄がトランクス一丁では格好がつくまい」と言って、とりあえず服を着るように促す姿は、誰から見ても普通の常識人なおじいさんである。


「ああ。すまんな、じいさん。それにしても、じいさんの家をずいぶんと壊してしまった」

「くっくっく。些細な事よ。……ぶっちゃけ、せっかく作ったカラオケルームが吹き飛んだのは転げ回りたいくらい悲しいがな。まだリライトしか歌ってなかったのに。ぴえん」


 黒助の放った『究極アルティメット農家のうかパンチ』は、魔王城の実に3分の2を跡形もなく消し飛ばしていた。

 絢爛豪華な装飾が売りだった謁見の間も、ずいぶんと風通しが良くなっている。


 そこにやって来た飛竜。

 もちろん背中には、農場から黒助の身を案じ続けていた乙女たちが搭乗している。


 久方ぶりの感動の再会が始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「兄さん! 怪我していませんか!?」

「お兄、なんか疲れてる!? 大変だよ、お姉!」


 まず駆け寄って来たのは、柚葉と未美香。

 コルティオールを救った春日家がこの瞬間、勢揃いする。


「いやー! 兄貴も僕も、今回ばかりはちょっと大変だったよー!」



「あ。鉄人さんは大丈夫です。口が動いているみたいですから」

「鉄人ってそーゆうとこあるよねー。絶対にお兄の方が頑張ってるもんっ!」



 最終決戦では春日鉄人と言う名の戦士も、ニートに反する活躍を見せていたのだが。


「兄さん、胸が痛いんですか!?」

「お姉、お姉! 薬箱持って来たよっ!!」


 ニートはどれだけ働いても日頃の行いが邪魔をして正当な評価がされない。

 しかし、案ずる事なかれ。


「て、鉄人……! 無事で良かったし! あ、あんたの魔力がいきなり消えるから! ウチ、心配で……!! バカっ! マジでさ、ウチに心配かけるとか、あり得なくない!?」

「あらー! ギャルのハグがキタコレ!! もう完全にボーナススチルじゃん!! あー! 柔らかいなー! いい匂いだなー!!」


 ニートの活躍を見ている奇特な女子は、現世、異世界問わず一定数いるらしい。

 風の精霊・セルフィ、ここぞとばかりにデレる。


 そこにミアリスが遅れてやって来た。

 彼女は魔王城の近くで倒れていた、鬼窪玉堂と鬼人将軍・ギリー、そして魔王軍通信指令・アルゴムの治療を済ませていたのだ。


 すぐに黒助のところへ駆け付けたい気持ちを抑えて女神の職務を優先する、女神の中の女神。

 なお、力の邪神・メゾルバは割と元気だったので、彼から事態のおおよそをミアリスは伝え聞いていた。


「くっくっく。よくぞ参った。女神よ」

「大魔王が普通にラスボスじゃなかったとか、驚いたわよ。って言うか、こうしてちゃんと話するのって初めてね」


「くっくっく。然り。余はノワールに扇動されていたとは言え、最も大切な対話を欠いておった。これは余の過ちである。非礼を詫びさせてもらえるか、女神よ」

「……思ってたより紳士でなんか調子が狂うんだけど」


 ベザルオールは深々と頭を下げた。

 これは、戦争についての謝罪とは別件である。


「くっくっく。我が忠臣、アルゴムの治療の礼を言いたい。敵であるはずの者を迷わず救うとは、そなたこそがコルティオールを統べるに相応しい女神よ。ありがたみが溢れて震える。アルゴム、無事でまぢ良かった」

「ベザルオール様……!! ご心配をおかけしました! 既にガイル様の居場所を感知しておりますので、私はこのまま出立いたします!!」


「くっくっく。りょ。早く3人で次に実装されるウマ娘が誰なのか予想をしようぞ。余も同行したい気持ちは有り余るのだが、戦争の責任者としてこれから受けねばならぬ罰がある。……ガイルを任せたぞ、アルゴムよ」

「ははっ! すぐに戻りますれば、ベザルオール様! その罰とやら、是非私とガイル様も加えてくださいませ!! ガチャも皆で引いてこそ盛り上がりましょう!!」


 そう言い終えると、アルゴムは飛竜のバリブに乗って飛び去って行った。

 それは、ちょうど黒助が乳首にオロナインを塗り込み終えた時分であった。

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