第146話 共闘 ~最強の農家と大魔王、手を組む~
目の前には強大なエネルギーそのものが意志を持った悪魔、ノワール。
「鉄人。ゲルゲにブロッサムも。俺たちの後ろに下がっていろ」
「オッケー! ところで兄貴、ゲラルドさんはどうする?」
「ああ。さっき俺がぶん殴った亀か。……遠いな。少し力を入れ過ぎたか。じいさん。聞くが、あの亀をどうにかできるか?」
「くっくっく。ゲラルドは余が禁術で創り出した生物である。ゆえに、死んだとしても後でいかようにも復元する事が可能」
「おい。じいさん。後で生き返っても、死ぬときに味わう苦痛は消えんのだぞ。道徳心がないのか」
立派な意見だが、思いっきりぶん殴ったお前が言うな。
そのせいでゲラルドは回収不能エリアに飛ばされたと言うのに。
「兄貴! ここは僕に任せて! よいっしょー! 魔の邪神直伝!! 『ネットリウィップ』!!」
「くっくっく。やるではないか、ニートよ。その方法ならば、後はこちらに引き上げるだけ。農家よ、卿は優れた弟を持っておるな」
「む。やはり意外と見どころがあるな、じいさん。鉄人の良さが分かるか」
「くっくっく。分かるとも」
一方、鉄人は頭脳労働が担当であり、肉体労働は管轄外。
つまり、こういうことになる。
「ぬぅおぉぉぉぉぉぉぉ!! あの亀野郎! なんと言う重さだ!! ブロッサム、今こそお主の出番であろうが! その狂獣フォームの真価を発揮せんか!!」
「既に発揮しているでござるよ!! いや、亀野郎が重すぎるのでござる!! 手が痛くなって来たでござる!!」
最終決戦で「時々思わせぶりな事を口にする」という理想のポジションを確保していた戦力外コンビが、急に仕事を与えられた。
鉄人が「こっちは大丈夫そうだよ!!」と黒助に断言したが、それを聞いた瞬間キャラ被りコンビは「「え゛っ!?」」と美しいシンクロを見せた。
亀で遊んでいる間にも、戦況は刻々と変化する。
ノワールは影の中から、見覚えのある男を引きずり出していた。
「わたくしが相手をして差し上げる前に、少しばかり消耗なさいな! いきなさい、殻となった邪神の傀儡さん!!」
それは、かつて第四の邪神として春日大農場を襲った茂佐山安善だった。
だが、右腕だけカニのハサミのように肥大化しており、顔は緑色と言うありさまで「自分、人間やめてます!!」的な自己主張が激しい。
「また面倒な事になったな。じいさん、どうにかしてくれ」
「くっくっく。茂佐山から溢れ出る負のエネルギーは甚大である。であれば、余と卿の2人で掛かるのが得策であろう。共闘する流れではなかったのか」
「バカタレ。あれはお前が現世から召喚したヤツだろうが。ちゃんと責任取らんか。見ろ、なんか緑になってただでさえ気色悪かった見た目が倍づけだ。見るに堪えん」
「くっくっく。そうやって正論でぶん殴られると、余も言葉がない。では、この大魔王が頭を下げよう。この通りです、余だけではしんどいんで、お願いします」
年寄りに頭を下げられると、黒助も弱い。
「仕方がない。俺が仕掛けるから、じいさん。あんたがトドメだ」と、自ら先攻を買って出る。
春日黒助は弱者に優しく、横暴な者には鞭打つ正義の心を持っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助が戦場を駆ける。
「あらあら! 無策で飛び込んで来るなんて、お馬鹿さんね!! 『
黒助は両手の拳をきつく握ると、裏拳で飛んでくる光弾を爆ぜさせる。
その表情に少しだけ苦痛の色が見え、鉄人は思わず声を上げた。
「兄貴! 大丈夫!?」
「ああ。問題ない。一昨年にマムシに噛まれた時の方がよほど死を身近に感じた」
マムシに限らず、毒蛇。ムカデなどの毒虫。
農業をする上では避けて通れない強敵である。
特に夏場の田んぼなどには、山が近い立地であればマムシは割と普通に出る。
そして、割と普通に噛まれる。
高齢の農業従事者になるとだいたいマムシの殺し方を熟知しており、気の優しそうなおばあちゃんが無言で鎌を持ってマムシの首を叩き切るのは農家の夏の風物詩のひとつに数えられる。
「おらぁぁぁぁ!! 『
「ふぎがぁぁぁぁあっ!! ばぐぅあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「おい! じいさん! これは結構な勢いで酷いことしてるぞ? 他所の世界の人間をクリーチャーにするのはまずいだろう。たとえ悪人だとしても」
「くっくっく。
ベザルオールが右手に魔力を込める。
チャージが完了したらしく、黒い閃光を放つ魔力球を茂佐山に向かって放った。
「うげぇあぁぁああぁぁぁぁぁっ!!」
「じいさん。やり過ぎだろう」
「くっくっく。ガチでドン引きするのは待ってくれぬか。余が放ったのは攻撃魔法ではない。回復魔法だ」
鉄人が応じる。
「メラゾーマじゃなくてメラみたいな事ですね!!」
「くっくっく。全然違う。なにこの兄弟。ちょっと人の話聞かな過ぎじゃない?」
茂佐山の体から黒い影がシューシューと音を立てて立ち昇っていく。
さらに数秒すると、顔は元の泥のような色に戻り、腕が通常サイズになった代わりに引っ込んでいたビール腹がでっぷりと存在感を主張し始めた。
「今にして思えばクリーチャーの時の方が見た目は良かったなぁ」とは、この場にいる全員の総意であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ノワールは茂佐山が倒された事を気にも留めず、エネルギー弾で黒助を集中攻撃し続けていた。
この場で最も厄介な男の選定は既に済んでいる。
ならば、自由にさせておく理由がない。
さすがの黒助もこれほどの手数を用意されると動きがいささか鈍る。
「じいさん! あの影女が俺を狙っているうちに攻撃を仕掛けろ!」
「くっくっく。既にやっておる。そして割とガチで効いていない。思えば余のエネルギーもごっそり奪われておるので、それも道理よ」
「くっ。俺が独りならばやりようもあるが、守るべき者が多すぎる。これでは攻勢に打って出れんか……!!」
春日黒助は最強のメンタルと最強の肉体を備えた英雄。
その肉体の出力を100パーセント解放すれば、一撃をもってノワールを倒す事ができるだろう。
だが、そこまでの隙を作る事が難しい。
鉄人、ゴンゴルゲルゲ、ブロッサム。そしてベザルオール。
黒助の最強のメンタルには「優しさ」も含まれており、彼らを守る事が現状の最優先事項。
ああ、それと亀。
いずれにしても、このままではジワジワと体力を削られるのは必定。
春日黒助、最終決戦でついに追い詰められるのか。
その時、空間に歪みが発生した。
黒助はすぐに事態を理解する。
彼は叫んだ。
「やはり最後は日頃の行いがものを言う! じいさん! これで勝てるぞ!!」
「くっくっく。余の知らないところで勝利宣言。しかもクライマックスで。さては、卿。共闘の醍醐味をまったく理解しておらぬな?」
だが、ベザルオールが黒助の言葉の意味を理解するのは、割とすぐなのであった。
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