第145話 全ては彼女の掌の上

 黒い影となった虚無将軍・ノワール。

 彼女は「あーっはは!!」と高笑いをしてから、続けた。


「あなたがたの戦争という茶番劇! とても、とても、とても!! 素晴らしいものでしたわ!! おかげでわたくしもこのように、力を蓄える事ができました!! 感謝いたしますわ、大魔王ベザルオール様!!」


 ノワールの影から矢が生み出され、四方八方に撃ち散らかされる。

 自分の方に飛んで来た矢を全てへし折り、黒助は尋ねた。


「じいさん。聞くが、あの訳の分からんヤツはなんだ?」

「くっくっく。余にも分からぬ。ノワールは1500年よりも長く余に仕えてくれておった古参の忠臣。よもや、あのように変異できるとは。……正直、ちょっと綺麗な女性秘書みたいな感じで思っていたからショックが大きい」


 ノワールがベザルオールの言葉を訂正する。


「変異? 失礼ですわね。この姿が、そこにいる魔獣将軍の宴会芸のような変身魔法と同列に扱われるのは不愉快ですわ。これこそがわたくしの真なる姿!!」


「じいさん。聞くが、あれがあんたの秘書か?」

「くっくっく。部下だと思ってたのにCP9が山ほど自分の会社に潜んでいたアイスバーグさんの気持ちがよく分かる。しばし立ち直れそうにないわ。くっくっく」


「まあ。嫌ですわ、ベザルオール様。敵と馴れ馴れしくお喋りなど。それよりも、わたくしの力をご覧くださいませ! このように、他者の体を奪う事もできますのよ!! 『傀儡遊戯ドールダンス』!!」


 被害者になったのは、逃げ遅れたセピア色の盾・ゲラルド。

 彼の体にノワールの影が纏わりつき自由を奪う。

 かと思えば、次の瞬間にはセピア色の盾が漆黒の姿に変わっていた。



 元々が黒き盾だったので、一周回っただけのような気もする。



「ご覧なさい! 見るべき価値もない雑魚だって! わたくしの手に掛かれば一騎当千の戦士に早変わりですわ!! 『ローリング・ジャベリン』!!」


 今のセリフは全てゲラルドが声に出して発している。

 どうやら、肉体だけではなく精神もノワールは乗っ取ることができるようであった。


「うわー! ものすごい量のトゲが!! ゲルゲさん、ブロッサムさん! 僕の後ろに!! 魔の邪神直伝!! 『空前絶後の盾フルアーマー・イージス』!!」

「まあまあ! わたくしの攻撃をまだ防ぐ魔力が残っていましたの? あなた、少しばかり目障りですわね」


 鉄人に向けて、乗っ取られたゲラルドが拳を向ける。

 だが、この男は慌てない。


 ニートにとって、焦りは最大の敵の1つ。

 「このままでいいのか」や「これはあかん」と言った感情は、高潔なニートの活動の邪魔をする。


 より洗練された高位の精神へと到達するためには、「まだ大丈夫」「本気出してないだけだから」と心を落ち着ける事こそが肝要。

 さらに「うちには頼りになる家族がいるし!」と念じる事こそが最大の奥義。


「ノワールさんでしたっけ? 気を付けた方がいいですよ!」

「ふふっ。強がりもそのように陳腐なものですと滑稽ですわね。何に気を付けろと言うのです? わたくしの体は今、あなた方の仲間のものですのよ!!」


 乗っ取られゲラルドの背後に立つのは、いつの間にか移動していた最強の農家。

 彼は右の手の平を振りかぶった。



「おらぁぁぁぁぁぁっ!!! 『本気ガチ農家のうかビンタ』!!!」

「あべぇあぁぁぁぁっ!? は、はぁ!? あなた、正気ですの!? 仲間の体に何の躊躇いもなく、そんな攻撃を!?」



 黒助は答える。

 それは実にシンプルなものだった。


「そんなヤツは元から知らん!! 俺の仲間は家族と従業員だけだ!! おらぁぁぁぁ!!!」

「ひがばっ! こ、この男……! 想像よりもずっと危険ですわ……!!」


 これは堪らんとばかりに、ノワールはゲラルドの体から脱出する。

 残った亀の武人は精神的にボコられた後に物理的にボコられて、セピア色に戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ノワールは天井付近まで浮上、と言うよりも退避する。

 うかつに攻撃を仕掛けると鉄人たちが狙われる可能性があるため、黒助も一旦後方へと下がった。


「ふ、ふふっ。農家の強さは本物……! ご褒美を差し上げましょう!! わたくしの正体を教えて差し上げますわ!!」



「いらん。これっぽっちも興味がない」

「くっくっく。この男、あまりにも辛辣。余がこのシチュでそれ言われたら、多分ギャン泣き確定である。くっくっく」



 鉄人が「とりあえず聞いてあげて、その間にこっちも作戦を立てようよ!」と小声で提案すると、黒助はすんなり態度を軟化させた。


「よし。聞かせてくれ。お前の真の正体を。果然興味が湧いて来た」

「……なんだか白々しいですわね。まあ、いいですわ。わたくしはコルティオールに蔓延る生物全ての負の感情が集まって生まれた、エネルギー生命体!!」


「そうか。それで、それは何だ?」

「えっ? いや、えっ? ……ふふっ。驚いて語彙が貧困になっておりますわね! わたくしは、コルティオールが生まれた時から存在していた、エネルギー生命体!!」



「それは、太陽光パネルと何か関係はあるか? 岡本さんが設置してはどうかと話を持って来てくれているのだが。エネルギーに詳しいのだろう?」

「話が通じない……!? この農家、なんて恐ろしい……!!」



 黒助に驚愕するノワール。

 その後ろでは、鉄人とベザルオールがちゃんと理解していた。


「くっくっく。よもや、余よりも古き生物が存在するとは。ならば、余に戦争を扇動したのも負のエネルギーを蓄えるためであったか」

「…………っ! さすがですわ、ベザルオール様!! やはりあなたは、わたくしの見込んだだけの事はありますわね!!」


 ノワールはこの瞬間、「ベザルオール様を特別に助けてあげたくなってきましたわ」と思ったと言う。


「つまり、兄貴がコルティオールに召喚されてからものすごい勢いで強くなったんですね、ノワールさん。だって、兄貴が魔王軍の人をバッタバタと倒すもんだから! 1500年の中でも充実した半年ちょっとだったんじゃないですか?」

「…………っ!! あなたも見どころがありますわね! ニートと言うのは、異世界の賢者の名前とお見受けしましたわ。そう! あなたの言うように、異次元の農家が召喚されてから半年で充分過ぎるほどの負のエネルギーを溜める事ができましたの!」


 ノワールは再び影人間の姿に戻ると、絨毯の上にトンと着地した。

 続けて、ニヤァと顔を歪ませて笑う。


「あーっははは!! 大魔王様、お世話になりました! ですが、もう用は済みましたわ! わたくしの目的はこの世界の消滅!! 負のエネルギーがそうさせるのです!! 業の深さを悔いながら消えてなくなりなさいませ!!」


 その圧はこの場にいる者全てに恐怖を感じさせるに足るものであった。

 だが、2人ほど敢然と立ち向かう姿勢を見せる男たちがいた。


「じいさん。聞くが、まだ戦えるか?」

「くっくっく。余は大魔王なり。相手が異形の者であっても、元は余の臣下。ならば、余が責任を取って倒すまでよ」


「良い心がけだ。俺も家族と従業員がいるこの世界を消されては困る。じいさん、ここはひとつ、手を組むか」

「くっくっく。良かろう。敵同士だったトップが組んで闘う展開。正直エモい」


 最強のタッグが結成された。

 本当の最終決戦はこれより始まるのである。

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