第144話 和平交渉

 謁見の間では、ベザルオールが人数分のグラスにファンタグレープを注いでいた。


 絨毯に座るのは春日黒助。

 その隣には軍師であり実弟の春日鉄人。

 後ろに控えるのは火の精霊・ゴンゴルゲルゲと魔獣将軍・ブロッサム。


 さらに後ろには「初恋が叶わぬ恋だと悟った」桃色の盾、改めセピア色の盾・ゲラルド。


「くっくっく。さあ、遠慮なく受け取るが良い。氷の代わりにアイスの実を浮かべておいた。疲れている者も多かろう。この飲み方はさぞかしキクゆえ、遠慮せずとも良い」

「ご相伴に預かろう。お前たちも飲め。今さら、毒を盛るような無粋な真似はせんだろう。このじいさんは」


「くっくっく。気配りを口に出して実行できる子、余は好き」


 全員がアイスの実を浮かべたファンタグレープを飲む。

 この場に疲れていない者などおらず、その味は無類だったと言う。


「さて。聞くが、じいさん」

「兄貴、兄貴! 大魔王様、今まさにファンタグレープ飲んでるから、ちょっと待ってあげなよ! 慌てて返事しようとして、アイスの実で誤嚥でも起こしたら大変だよ!!」


「そうか。やはり鉄人。交渉事の際にはお前がいてくれると実に心強いな」

「僕はさっきの戦いで兄貴の頼りがいを再認識したけどね!」


 既に親戚の家にやって来た程度のリラックスを見せる春日兄弟。


「な、何と言う堂々とした態度であろうか……! やはり、黒助様こそがコルティオールを救う者……!! ミアリス様の見立ては正しかったのだ!!」

「そこでござるよ、ゲルゲ殿。完全に首脳会談の空気でござるが、女神軍の首脳が不在でござる。これは果たして問題ないのでござろうか?」



「ブロッサム。ワシらは気付かなかった。良いな?」

「なるほどでござるよ。委細承知したでござる」



 何かに気付いて、その何かを封印したゴンゴルゲルゲとブロッサム。

 セピア色の盾については既に話を聞いておらず、「このシュワシュワと泡を立てて溶けていくアイスの実は、私だ……」とかしょうもないポエミーな事を考えているので、難しい話が終わるまでセピア色に染まっておくと良い。


「くっくっく。待たせてすまぬ。して、余に何を聞きたい? 農家よ。卿の勇猛さに余も誠意をもって応えようではないか」

「そうか。……と言うか、そこだ」


「くっくっく。ちょっと言葉が足りなさ過ぎて意図が分からぬ。卿を認めはしたが、そんな阿吽の呼吸を発揮するまでの仲を急に求められても困る」

「ああ、なるほど! 大魔王さんがとても世界征服をしようとしている感じには見えないって言いたいんだね、兄貴!!」



「ああ。そうだ。鉄人はまるで交渉のプロだな」

「くっくっく。卿の弟は間違いなく大物になる。余が保証する」



 続けて、黒助は改めてベザルオールに聞いた。

 「あんたは一体、女神軍と戦争をして何を得ていたのか」と。


 その質問を耳にした瞬間、これまで劣勢に立たされても平然としていたベザルオールが頭を押さえて「うぅっ!」とうめき声を上げた。


「どうした。じいさん。アイスの実を食べて頭がキーンとなったのか?」

「ちょっと普通じゃないリアクションだね。これは僕にも想定外だよ」


 黒助は「ふむ」と頷き、ベザルオールを注意深く観察した。

 すると、ぼんやりと何かがベザルオール愛用の『凪月なづきの杖』から出ている気がしてくる。


 さらに目を凝らすと、ハッキリと奇妙なものが見えて来る。

 春日黒助には魔力がない。


 だからこそ、コルティオールで過ごした時間で得たものがあった。

 第六感である。


 物理でも魔力でもないものが、彼には見えるようになっていた。


「おい、じいさん。この杖を借りるぞ」

「兄貴、どうするの?」


「こうする。おらぁぁぁぁっ!!」



 バキッと音を立てて、古代樹で作られた魔導の杖がへし折られた。



「ひょー! さっすが兄貴! 容赦がないとこに痺れる、憧れるぅー!!」

「やはりな。妙なものを捕まえたぞ」


 黒助は、杖の中に潜んでいた影を掴んで掲げた。

 彼以外の者には見えないらしく、皆が一様に首を傾げる。


「おい。得体の知れん、お前。意志があるなら姿を全員に見えるようにしろ。2度は言わん。こちらの要求に応じない場合はこれから少しずつお前の体をちぎる」

「げひぃぃぃっ! ヤメロ! ナンダコイツ!!」


 ムンクの「叫び」に描かれているような、一見するだけで縁起の悪そうだと分かる者が悲鳴を上げて姿を現した。

 それを掴んだまま、黒助は改めて質問する。


「じいさん。聞くが、この気色の悪いヤツはあんたのペットか?」

「くっくっく。そのようなものに見覚えはない。だが、何やら気分が晴れやかになった。杖をへし折られたのはぴえん」


「なるほど、なるほど! 大魔王さん! その杖っていつから使ってます?」

「くっくっく。この杖はかつての創造の女神であったコルティより譲り受けたもの。1500年は余の傍らにあったが?」


 鉄人が全ての点を繋げて、1つの線を描く。

 明かされた事実は。


「大魔王さん、明らかにその杖に憑いていた何かに思考をコントロールされていましたよね? 試しに、今から女神軍との戦争の事を考えてもらえます?」

「くっくっく。……戦争とは、最も唾棄すべき行為である。余の愛する世界名作劇場シリーズでも戦争によって不幸になる者たちを見て来た。そういうの、絶対良くないと思うの、余」


 大魔王ベザルオール、元から善玉の様相を見せていたが、ここに来て完全に善玉100パーセントになる。


「よく分からんが、こいつは消しておこう。うぉぉらぁぁぁ!!!」

「げひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 怨霊が黒助のパンチで消え去った。

 パンチで怨霊を祓える仕組みについては現在研究中なので、今しばらくお待ち頂きたい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 コツッ、コツッと足音が魔王城の廊下から響いて来た。

 現れたのは、虚無将軍・ノワール。


「あらあら、まあ。ベザルオール様! まさか、異次元の農家に敗れ去られるなんて!! いけませんわね! わたくしが加勢いたしますわ!!」

「くっくっく。良い、ノワール。この者たちは話せば気の良い人間ではないか。これ以上、無用な血を流す必要もあるまい」


「血を流しそうになっていたのは、じいさんだけだがな」


 英雄様、降伏宣言している大魔王を言葉の暴力で殴るのはヤメて差し上げろ。


「……まあ。まさか、傀儡霊スブアルトを取り除かれましたの? ベザルオール様すらも気付けなかったと言うのに。農家さん、あなた……。思った以上に邪魔ですわね?」

「ゲルゲさん! プロッサムさん! こっちに走って! ゲラルドさんは……!! 多分その位置だと手遅れだけど、一応走って!!」


 ノワールの体が変異し始める。


 女性の体から、魔獣の姿へ。

 次の瞬間には竜に。さらに魔族、人、スライム、そしてまた女。


 表情が失敗した福笑いのように変貌を遂げ、メンタル強者の鉄人ですら「うわぁ、こわっ!!」と声を上げた。

 そして、ノワールは最終的に真っ黒な影となる。


「じいさん。聞くが、あれはあんたの部下か?」

「くっくっく。いくらなんでもあんな恐ろしい者を部下には選ばぬ。夜に出会えばお漏らし確定よ。くっくっく」


 黒助は「そうか」と言って、拳を握った。

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