第143話 最強の物理VS最強の魔力
最強の物理と最強の魔力が交差する。
大魔王が初手に選んだ漆黒の矢を撃ち出す魔法は、農家の剛腕で無理やり破壊される。
だが、大魔王も負けてはいない。
農家がこれまで全ての敵を粉砕して来た『
これは快挙と言っても良い。
現に、春日黒助は自分の拳を見て「信じられんな」と呟いていた。
魔法が効かないのならば、さらに強い魔法を使うのが定石。
これは魔法使い、魔導士の類でなくとも何となく理解できる。
であれば、物理が効かなければどうするのか。
黒助は宣言した。
「じいさん。俺はお前を甘く見ていた。……次は少し本気で行く」
「くっくっく。……さっきのが本気じゃないってマ? 余は約10分の尺で必ず一度は『アンパンチ』とか言う絶技を喰らうのに悪事を止めぬバイキンマンを崇拝しておるが、ちょっと心が折れそう」
もはや充分に言葉を尽くした最強の2人。
ならば、次なるやり取りは己の持つ魔法と技である。
「いくぞ、じいさん」
「くっくっく。来られて堪るか。出でよ魔界のカラスたち。『
「む。これを避けると後ろの3人に当たるか。ならば。『
「くっくっく。余のカラスが粉々に。卿、ちょっとバランスがおかしいな。調整ミスってないか?」
だが、大魔王ベザルオールは全知全能。
フィジカルで後れを取っても、その膨大な魔力は尽きることがない。
「くっくっく。コルティオールには太陽が2つあるが。3つ目の太陽を知っておるか? ……余の作り出す大火球よ。『
「なるほど。確かにかなり暑いな。鉄人、何かひんやりする魔法を使えるか。あの太陽は俺が破壊する」
魔力を使い果たした魔法使い・春日鉄人。
だが、その背に手を当てる男が1人。
「農家様! 私が鉄人様に全魔力を譲渡いたします!!」
「そうか。……誰だ、お前は」
「桃色の盾・ゲラルドと申します! あなた様の農場にいる娘に恋をしました!!」
「ほう。聞くが、亀。娘とは、黒髪が美しい白いスカートを穿いた者ではなかったか?」
「そ、そうでございます! あの娘のためならば、この命惜しくはありません!!」
「それは俺の妹だ。名前を柚葉と言う」
「なんと可憐な名前でしょうか! ああ、柚葉!」
「黙れ。次に俺の妹の名前を呼んだり、不埒な想像をしてみろ。先にお前を殺すぞ」
「ええっ!?」
「すみませんね、ゲラルドさん。言えなかったんです。うちの兄貴、妹たちに手を出す者は人だろうとモンスターだろうと関係なしに殺っちまう人なんです。あ、魔力ありがとうございました」
桃色の盾・ゲラルド。
彼の頭の中から桃色が消え失せた瞬間であった。
「兄貴! こっちは準備オッケー!! よいっしょー!! 『フローズン・フロストガード』!! うわぁ、頭の悪い名前の魔法だなぁ!!」
「よし。ではこのくそ熱い太陽を破壊する。『
「くっくっく。夢ならばどれほど良かったでしょう。卿はアレだ。ちょっとアレが過ぎる。だが、余の魔力は無限。ならばこの勝負、千日手となろう。いやもうマジで。太陽を手刀で細切れにする発想が怖い」
「確かにじいさん。お前の言う通りだ。このままお前のビックリショーに付き合っていると日が暮れてしまう。……俺も攻めさせてもらうぞ」
ベザルオール様、失言をなされる。
黒助は専守防衛マンなので、このまま休みなく攻撃魔法を繰り返しておけばとりあえず大魔王の身に凶悪な物理攻撃は襲い掛からないはずだった。
それなのに、いらぬ知恵を授けてしまったばっかりに、眠れる農家が目を覚ます。
全知全能も考え物であると大魔王は痛感した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助が両足で空気を踏み、クラウチングスタートの構えを取る。
ベザルオールは見間違いかと思い、念のためアニメ視聴マラソンの際に使用する目薬を素早く両目にさした。
「くっくっく。卿。卿よ。ヘイ、youどうなってんの、それ? 空中で踏ん張る姿勢が取れる意味が分からない。見間違いじゃなかった。悪い夢であったわ」
「今から、俺のとっておきを喰らわせてやる。『
名前から少し先の未来で待ち受ける惨劇の内容をだいたい想像させてくれる黒助の物理攻撃。
初撃の『
「いくぞ。じいさん。死にたくなければ避けろよ」
ベザルオールはチラリと自分の後ろを見る。
そして、覚悟をしたように頷いた。
「くっくっく。余は大魔王ベザルオール!! 来るが良い、農家! 卿のとっておきとやら、余は防ぎ切って見せよう!!」
「そうか。その度胸はさすがだと言っておこう。うぉぉぉぉらぁぁぁぁっ!!!」
一瞬の攻防だった。
黒助が凄まじい速度で助走をつけて、シンプルにお年寄りの右の顔面をぶん殴る。
ベザルオールは避けようとせずに『
妙だと黒助は感じた。
これほどの防御魔法が使えるのならば、一瞬『
それが分からないほど目の前の老人は間抜けではない。
「そう言う事か……」
慎重に相手を観察した結果、黒助は拳を下ろす。
年寄りをぶん殴りながら冷静に観察するという悪魔的所業の善悪についての言及は控える事とする。
「くっくっく。なにゆえ拳を引く? 余に情けをかけるか?」
「いや、違う。じいさん。お前の後ろにある鳥かごに入っているのは、インコだな?」
「くっくっく。いかにも。現世より召喚魔法で高原の湧き水を取り寄せた際に誤って巻き込んでしまったようでな。余が責任をもって面倒見る事にしたのだ」
「そうか」
黒助は戦闘モードを解除した。
そのままドスンと謁見の間の絨毯の上に座ると、眼前の大魔王に問う。
「聞くが、そのインコ。名前はあるのか」
「くっくっく。チクショウと言う。ガイルが調べてくれた。卿らの世界で動物を指す言葉であろう? 余はチーちゃんと呼んでおる」
「酷い名前だな」
「くっくっく。余を貶すのは良いが、チーちゃんの悪口は許さぬ」
黒助はバンッと手を叩いた。
これは、彼なりの手打ちの合図である。
「ヤメだ。じいさん。あんたは俺がぶん殴るほど悪い年寄りには見えん。これまでは農場にちょっかいを出して来ていたから防衛のためにあんたの家臣をボコボコにしてきたが。……少し話をしよう。妹たちと約束をしたからには、対話もせずにこれ以上あんたを傷つける訳にはいかん」
「くっくっく。余と対等に話をすると申すか。くっくっく。傾きおるわ。……ファンタグレープならばあるが、卿の口に合うか?」
「もらおう。氷も入れてくれ」
戦いは意外な形で一時中断。
異次元の農家と大魔王は対話による和平の道を模索し始めるのであった。
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