第142話 最強の農家、大魔王との対面を果たす

 春日黒助がやって来た。

 魔王城の本丸にやって来た。


 ついに対峙する大魔王・ベザルオールと救国の英雄・春日黒助。

 両者の対面は意外なほど穏やかなもので始まる。


「じいさん。聞くが、お前が大魔王とやらで間違いはないな?」

「くっくっく。いかにも。余がコルティオールを統べる大魔王。ベザルオールである」


「そうか。ならば安心した。思った以上にじいさんだったものだからな。万が一にも人違いで年寄りに暴力を振るえば俺の妹たちが悲しむ」

「くっくっく。では、余も問おう。卿が余の忠臣たちを次々に破った女神軍の最終兵器。異次元の農家であるな?」



「何を言っとるんだ、じいさん。農家に次元は関係ないだろう」

「くっくっく。こやつ、抜かしおるわ。そんな真っ直ぐ目を見てガチ目に否定されると結構へこむ」



 黒助は魔力を感知できないが、相手の発しているプレッシャーで「どうやら、こいつが本当に大魔王らしい」と判断していた。

 これまで戦ってきたどの魔族たちとも違う、一線を画す圧。


 一方、ベザルオールも確信していた。

 「くっくっく。こやつが異世界転生チートものの主人公のように我が物顔でコルティオールの地を改造してスローライフをキメておる男か。正直腹立たしい。前世でどんな徳を積んだらそんな風に楽し気なセカンドライフが手に入るのか。……この男は敵である」と。


 ベザルオール様は現世のアニメを視聴し過ぎて、自分が異世界に住んでいるにもかかわらず「異世界ものへの憧れ」を拗らせつつあった。


 「魔王が少年に転生する系の話」は全てフォローし、「魔王がどこか別の時空に転移してなんやかんやする話」にはすべからく憧れを抱く。

 『はたらく魔王さま!』の2期が決定したと知った時は、チップインバーディーを決めた際に見せるタイガー・ウッズばりのガッツポーズを披露した。


 そんな憧れの異世界。

 だが、ベザルオールにはまだその機会が訪れていない。


 既に2000年以上生きているのに、である。


 対して、目の前にいる農家はどう見ても20代前半。

 自分の100分の1程度しか生きていないにも関わらず、なんだか毎日充実しているような顔をしている黒助に対して、やり場のない怒りの炎を灯していた。


「な、何と言う……! お互いが睨み合ったまま、もう5分は経ちまするぞ!!」

「これは、先に動いた方が負けると言うヤツでござるよ、ゲルゲ殿……!!」


 すっかり力を使い果たして弱火の精霊に格下げされたゴンゴルゲルゲ。

 未だ『狂獣進化トランスフォーム』の状態を維持しているものの、戦いの次元について行けずに特に意味もなくなんかデカいヤツになっているブロッサム。


 彼らは歴史の立会人に選ばれた事を自覚し、コルティオールの未来を決める決戦をただ静かに息を呑んで見守る。


 だが、鉄人だけは気付いていた。


 「あ。これ兄貴、専守防衛の構えだ。お年寄りに優しいもんなぁ」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 鉄人の見立て通り、黒助は動かない。

 いや、動けない。


 相手が相当な達人であり、よく分からない理屈の超パワーを持っていることまでは理解している。

 だが「それはそれ」であり、「翻って年寄り目掛けていきなり殴りつける」行為とを線で繋ぐことは暴論であると考える。


「じいさん。聞くが、いつまでそうしているつもりだ」


 ゆえに黒助は聞いた。

 「早いところ何かしてくれないと永遠にこのままだぞ」と、「クライマックス感を出しているのに、若者とじいさんがお喋りしている体で尺を使い続けるのか」と。


「くっくっく。余は大魔王ベザルオールなり」

「それはもう聞いた」


「くっくっく。いかに農家よ。卿が強大な力を持つ者だとしても、余が先んじて魔法を使うと興覚めである。一撃で勝負が決してしまう。それではつまらないのだ。せっかく約1000年ぶりに杖を持った余を楽しませて見せよ。さあ、この大魔王に自慢の拳が効くかどうか、試してみるが良い」


 春日黒助に漫画やアニメの知識が乏しいのはご存じの通りである。

 ゆえに、彼は更に誤解を深めた。


 ベザルオールの言う杖とは『凪月なづきの杖』の事であり、これは大魔王が本気で魔法を使う際に用いるコルティオール最強の魔道具。

 だが、黒助はそもそも「杖を武器とは認識していない」のである。



 「じいさん。杖がないと立てないのか……!?」と思っている。



 こうなると、いよいよもって黒助からは手が出せない。

 杖をついたお年寄りにゲンコツを喰らわせる。


 コルティオールではどうなのかは知らないが、現世の日本でそれをやるともはや人間としての尊厳は一生戻って来る事はない。

 精神が穢れてしまうのだ。


 さらに睨み合いは15分ほど続いた。


「な、何と言う迫力であろうか……! お互いにまったく隙がない……!!」

「吾輩たちの実力では、まるで2人ともただ突っ立っているだけにしか見えぬでござる!!」



 ただ突っ立っているだけである。

 何なら、ベザルオール様はちょっと椅子に座りたくなり始めていた。



 が、ここで名軍師が動く。


「兄貴!! ここは僕が! そぉぉぉい! 『メギドの炎』!!」


 鉄人は自分の実力を過大評価する男ではない。

 既に最大限に力を発揮した後であり、己の魔法が大魔王に効かないのは実証済み。


 彼の狙いは、「大魔王の攻撃対象に敢えて自分から立候補する」事であった。

 その目論見は果たされる。


「くっくっく。余の戦いに横槍を入れるとは愚かな……! ならば、卿から滅してくれよう!! 吠えよ『凪月なげつの杖』!! 『ダーク・ルナライズアロー』!!」


 漆黒の矢が鉄人に襲い掛かる。


「うわぁぁぁぁぁ! やられるぅぅぅ!!」


 芝居がかった悲鳴を上げたニートの前には、当然だが最強の農家が高速移動して来る。

 彼は右の拳で力いっぱい漆黒の矢を殴りつけた。


「じいさん。聞くが、実力差が明らかな相手をどうして狙った?」

「くっくっく。ネズミが徘徊している程度ならば見逃そう。だが、柱に歯を立てるネズミは捨て置けまい」


「そうか。じいさん。お前が言ったネズミとは、俺の命よりも大切な弟だ。どうやら、遠慮をする必要はなくなったようだな」

「くっくっく。来るか、農家よ。良かろう。余も卿の大切なものに手を出した責を取らねばなるまい。全力で相手をしてくれよう」


 刹那、黒助が大きく一歩踏み出した。


「うぉぉぉらぁぁぁっ! 喰らえ!! 『農家のうかパンチ』!!!」

「くっくっく。大魔王の魔力を前にして、物理を選ぶか。『ヘルズ・ウォールド』! ……ちょま、意外と強いパンチなんだが。『ヘルズ・ウォールド・十枚重ねディエーチ』!!」



「……俺の『農家のうかパンチ』が防がれるとは。やるな、じいさん」

「くっくっく。危ないところであった。いやもう、なにその訳の分からんパンチ。怖い。まぢ無理」



 頂上決戦の幕が上がる。

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