第141話 ニートの本気VS大魔王ベザルオール

 桃色の盾・ゲラルドが先頭に立って、魔王城を駆ける鉄人チーム。


「既に幹部は虚無将軍・ノワールのみです! ですが、所詮は五将軍の1人! 鉄人様の敵ではないと思います! ですので、私がそちらを受け持ちます!!」


 そこに待ったをかけるのは魔獣将軍・ブロッサム。


「ならば吾輩もそちらに加わるでござるよ、ゲラルド。吾輩も所詮は五将軍でござる。大魔王様には何もできないでござろう」

「も、申し訳ない、ブロッサム様! これはとんだ失礼な言い方を!!」


「はっはっは! 吾輩も意地の悪い物言いでござったな! 色々とあったが、今の吾輩たちは目的をひとつに結束したチーム! 過去は水に流すでござるよ!」

「ブロッサム様……! なんと心強いお言葉!!」


 ちなみに、ゲラルドは会話をしながら壁をぶち破っている。

 これは正規のルートを通ると侵入者への対策として罠が張られている可能性を考慮した、高度な壁殴りである。


「この壁の向こうが謁見の間です!!」


 普段は饒舌な鉄人が、魔王城に突入してからはほとんど口を開かない。

 言い知れぬ不安を感じて、ゴンゴルゲルゲが質問する。


「鉄人様? なにかご懸念がありまするか?」

「……うーん。結構あるんですよね。普通、正しく廊下を歩いて来ない敵がいてもですよ? どこかで阻止しようとしますよね。だって、自分の家に不審者が侵入して来てるんですよ? 僕だったら即刻セコム呼んでます」


「つ、つまり、どういうことでございまするか?」

「考えられるパターンは色々ありますけど、確率が高いのは2個ですね。大魔王がものっすごいバカなヤツか。既にこちらに対して迎撃の準備が整っていて、僕たちがアホ面で突入しているのを待ち構えているか」


 ゴンゴルゲルゲが息を呑む。

 ほぼ同時に、桃色の盾・ゲラルドが最後の壁をぶち破った。


「くっくっく。『ダークネス・スリンガー』」

「ほがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! が、がひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」



 頭の中ピンクの亀が奇声を上げて飛んで行った。



 鉄人は咄嗟に防御魔法で手の届く範囲にいたブロッサムとゴンゴルゲルゲを守る。

 その様子を見た大魔王ベザルオールは拍手で彼らを出迎えた。


「くっくっく。実に筋の良い魔法使いがおるではないか。なるほど、これは余の忠臣たちも苦戦するはず。卿が異次元の農家か?」


 鉄人の前に立ちはだかる大魔王は、一見すると白髪の老人。

 顔にはしわが目立ち、強面と言うわけでもない。


 だが、魔力を得た、得てしまったばかりに、鉄人はベザルオールの力量を瞬時に把握した。


「たはー。これは困りましたよ。ブロッサムさん、ゲルゲさん。大魔王さん、ガチのマジでつよつよです。僕じゃ時間稼ぎくらいしかできそうにないなぁ」


 ベザルオールは目を細める。


「くっくっく。頭も切れるか。だが、卿の言い様であれば、異次元の農家ではないのか? 良ければ名を聞かせてもらおうか。異世界の勇者よ」

「僕はただのニートですよ! 名前は春日鉄人と言います! あなたが恐れているのは、僕の自慢の兄ですね! 兄は強いですよ!!」


「くっくっく。卿も相当な達人であるのに、か。ならば、余も本気で相手をせねばならぬな。悪く思うな、ニートよ。余も力を解放するのは数百年ぶり。力加減を誤るやもしれぬ」

「ひゃー! 強キャラ感がすごい!! これ絶対に僕が負ける流れだ!!」


 とりあえず、鉄人は両手に魔力を込め始める。

 それを見て、ブロッサムは『狂獣進化トランスフォーム』を、ゴンゴルゲルゲは燃え方を思い出したので命を燃やして爆熱モードにそれぞれ変化する。


 だが、彼らに大魔王は興味を示さない。


「くっくっく。ブロッサム。久しいな。それから卿は当代の火の精霊か? すまぬが、卿らの相手は余では役不足よ。……ノワール」


 ベザルオールは最後に残った五将軍の名を呼んだ。

 どうやら彼女に鉄人以外の雑魚を任せるつもりらしい。


「くっくっく。……ノワール? ノワール? ちょっと、ねぇ、ノワール?」


 返事はない。


 ベザルオールは鉄人に「くっくっく。しばし待て。異世界の魔術師よ」と言って、後ろを見た。

 後ろではないのならばと、右を見て左を見て、もう一度右を見て、全てを悟る。



「くっくっく。女の子ってこういうとこがあるから困る。離席するなら、せめて一言でもいいから何か言って欲しい。怒らないから。余はいない者の名を4回も呼んでしまった。正直恥ずかしくて死にそう」


 虚無将軍・ノワール。定時を待たずに退社する。



 ベザルオールは「くっくっく。……もうちょっとだけ待ってね」と言って、目を閉じる。

 この羞恥心に抗うため、ひと時の静寂を彼は欲した。


 2分ほど経っただろうか。

 鉄人チームからすれば時間はかかればかかるほど良いので、何のクレームもない。


「くっくっく。現実を受け入れる事ができた。光栄に思うが良い。卿らは全て、この大魔王ベザルオールが相手をしよう。……『ブラッド・クリムゾン』」


 魔界の獄炎を合図に、戦いは始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ゴンゴルゲルゲが「炎の魔法ならばワシが!!」と言って一歩前に出るが、それを手で制する鉄人。

 「兄貴の従業員に怪我させたら怒られますから!」と言って、鉄人はさらに一歩踏み出した。


 ニートが前に進むとき。

 それは何かを守るためである。


「うわぁ、熱い!! 魔の邪神直伝!! 『逆巻く黒い水ダーク・ウォルタルト』!!」


 春日鉄人、コルティオールに来て初めての全力を見せる。

 ベザルオールが放った魔法が闇属性なのか炎属性なのか判断が付かなかったため、彼は闇属性を選択した。


「くっくっく。なかなかやりおる。だが、出力を上げるとどうなる?」

「うわぁ! きっついなぁ! 腕がぶっ飛びそう!!」


 鉄人とベザルオールの魔力勝負は、明らかに大魔王の勝ちであった。

 だが、これは試合ではない。

 戦争には一対一にこだわる騎士道精神など不要。


「ゲルゲ殿!!」

「分かっておる!! 鉄人様ぁ! ワシらの魔力も上乗せしてくだされ!!」


 鉄人の背中に向けて全魔力を注ぎ込む魔獣将軍と火の精霊。


「くぅー! このクライマックス感!! まさか自分で体験する事になるとは!! でもねー、それだけ頑張っても大魔王さんに負けてるんだよなー。すみません、ゲルゲさん。ブロッサムさん。これ、あと3分くらいで僕らこんがり焼けますね!」


「鉄人様……! お供いたしまする!!」

「吾輩も異存なしでござる!!」


 お互いに魔力の放出でせめぎ合っていた大魔王とニートだが、少しずつ、着実にベザルオールの魔法が鉄人に迫っていた。


 だが、鉄人チームの必死に稼いだ3分が。

 何ならベザルオール様の現実逃避の2分が。


 彼の到着を悲劇の前に割り込ませる事が叶った。

 城壁をぶん殴って突入して来たツナギの男は、いつもの調子で言う。



「すまん。遅くなった。聞くが、鉄人。怪我はないか?」



 弟の危機に駆け付けなくて何が兄か。

 春日黒助、最終決戦の場にやって来る。


 やや遅参だったが、被害は軽微で済んだので良しとするべきか。

 「自分の色はピンク!」と言い張っていた黒い亀を思い出す鉄人であった。

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