第139話 春日柚葉と春日未美香の優しいお願い
暗雲は春日大農場の上空にも相変わらず漂っていた。
それを見上げる黒助。
「雲行きが怪しくなって来たな」
彼には魔力がない。
だが、魔力っぽい何かを感じることはできる。
どうやら魔王城に向かった鬼窪たちに何らかのトラブルが起きたらしいという事を察していた。
「黒助! 鉄人との通信ができるわよ!」
「そうか。それは朗報だな。無事で何よりだ。それで、俺はどうすれば会話に参加できる?」
「わたしの体に触れてくれる? そうすればわたしが中継地点の役割をうひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ミアリス。どうした。世界の終わりのような声を上げて」
「体に触れろとは言ったけどもぉぉぉ!! なんで後ろから抱きついてくるのよ!? なに!? あんたの名字って道明寺か花沢だっけ!? 流れるようなカップル抱き!! わたしの心臓が弱かったら、ショックで死んでたわよ!?」
「そうか。いや、密着する面が多くなればその分感度が上がるかと思ったのだが」
ミアリスは「わたしの感度はとっくにビンビンよ!!」となんだかいかがわしい感想を述べて、鉄人との念話状態へと移行した。
『もしもーし! 兄貴、聞こえてるー?』
「ああ。よく聞こえるぞ。鉄人、怪我はないか?」
『へーき、へーき!! こっちはね、砦を潰したとこ!』
「そうか。さすがだな。やはりお前は俺の自慢の弟だ」
『あー。それからね、事後承諾になって申し訳ないんだけどさ。黒き盾って人がいたの覚えてる? えっ? なんですか? ああ、今は桃色の盾なんだって!』
「そうか。まったく聞き覚えがない。そもそも桃色の盾とはなんだ?」
『ゲラルドさん、桃色の……ああ、はいはい。なるほど。兄貴ー? 桃色は愛に生きる者が背負うべき色なんだってさ』
「そうか。サッパリ分からん。つまり、魔王軍からの謀反人と言うことか?」
『そうそう! 僕の独断で仲間にしちゃったけど、良かった?』
「構わんぞ。鉄人の見立てならば安心できる。それに、うちの従業員の9割が元魔王軍だからな。今さら1人増えたところで何も変わらん」
まさのその通りである。
魔王軍関係じゃない者は両手があれば数えられるのが春日大農場。
『こっちは砦が片付いたけどさ。魔王城の方で鬼窪さんたちの魔力が消えたんだよね。多分、やられちゃったのかな。で、僕たちの方が現場に近いから。先に行って、兄貴を待ってようかと思うの。どうかな?』
「作戦としては悪くない。が、鉄人。お前を敵陣のど真ん中に行かせるのはやはり兄としては心配だ。無論、お前の強さは分かっているのだが」
そののち、鉄人は「大丈夫! ヤバいと思ったらすぐ逃げるから!」と言って、黒助の了解を得るに至る。
通信を終えて、ぐったりとしたミアリスから離れた黒助。
「ミアリス。聞くが。……おい、どうした?」
「へっ? ああ、ごめん。今ね、ちょっと想像妊娠してたとこ」
「そうか。大変だな。では改めて聞くが、俺はこれから魔王城に向かおうと思う。その間、農場に残る戦力が極めて弱くなるが、大丈夫か?」
「多分平気じゃない? もう魔王軍の残りも少ないだろうし。だったら、攻めて来るよりも守りを固めるのがベターでしょ。あっ、今ね、赤ちゃんがお腹蹴った」
「そうか。まあ、ミアリスは当然として、ヴィネもいる。加えて四大精霊も出払っているゲルゲ以外は皆が万全のコンディションのようだし、少しの間留守を任せる事にしよう」
黒助はストレッチを始める。
空を走って魔王城まで行くのだが、彼には魔力を感じ取る術がないので正確な位置を把握できない。
頼りになるのはミアリスが創造して、ヴィネが赤丸で印をつけた地図だけ。
恐らく、到着までにはそれなりの時間がかかるだろう。
それゆえのストレッチである。
上空でふくらはぎをつりでもしたら、墜落してしまう。
「兄さーん!!」
「お兄、今から悪者のとこに行くんでしょ?」
出撃を控えた救国の英雄の元へ、愛する妹たちが駆けつけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ああ。どうやら、今日でコルティオールの支配権が俺のものになるらしい」
女神軍のものになるのではなかったのか。
「そっかぁ。あのね、お姉と話してたんだけどさっ!」
「はい! 兄さんにお願いがあるんです!」
「聞こう。俺はお前たちの願いならば無条件で受け入れる用意がある。それができなくて、何が兄だ。兄としての務めを果たそう」
まず、未美香から喋り始めた。
「えっとね、大魔王さんって悪い人なのかもだけどさ。きっと、こうやって争いごとになっちゃう前は優しい人だったと思うの!」
「未美香……! その優しさはどこから湧き出て来るのか。これが鉄人の言っていた、エモいというヤツか……!!」
続けて、柚葉も兄に願う。
「これまでだって、兄さんと敵対した人も最後は仲直りして一緒に働いてきたじゃないですか。だったら、きっと大魔王さんとも仲良くなれると思うんです!」
「柚葉……! もうその発想が神の領域を超えている……!! 大魔王にさえ慈悲を与えようと言うのか……!!」
妹たちは顔を見合わせて頷いた。
「大魔王さんにね、あんまりひどい事しないであげてっ!」
「できたら、大魔王さんの事情を聞いてあげてください!!」
黒助は近くにいたヴィネに「すまんが、ハンカチを貸してくれ」と頼んだ。
「いや、待ちなよ! その布にも腐敗属性が!」と止めるヴィネに「ちょっと心を腐らせなければ、俺はとても戦えそうにない」とよく分からない言葉で答える黒助。
両目に腐敗属性を付与して、黒助は2人の妹の頭を撫でた。
「お前たちの気持ちはよく分かった。俺は家族に嘘をつくくらいならば、この命を捨てる覚悟で常に生きている。約束しよう。大魔王と対話を試みる事を。本当に、お前たちは俺には過ぎた妹だ」
柚葉と未美香は「えへへっ」と笑ってから、黒助の目を見て返事をした。
「それを言うなら、兄さんだって! 私、兄さんの妹になれて良かったです!!」
「ねっ! お兄がお兄じゃなくちゃ、あたしは嫌だもん! 怪我しないでねっ!!」
最強の農家がやっといつもの調子を取り戻し、「ああ」と短く答えてから、「では、ちょっと行ってくる」と言って空へ駆け上がって行く。
黒助は感じていた。
「コルティオールを救うのは、俺ではない。妹たちの優しさなのではないか」と。
その考えは間違いではない。
だが、より正確な表現を用いるのならば。
コルティオールを救うのは、春日一家なのである。
今はまだその未来に気付いていない黒助であるが、彼の足が空気を踏む度に大いなる可能性との距離は縮まっていくのであった。
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