第138話 いびつな形でもそれは確かに友情

 その頃、魔王城では。


「くっくっく。ガイルがやられたか……。ガチしょんぼり沈殿丸。だが、まだ息はあるようだな。アルゴムも動いたか」


 独りになった謁見の間。

 玉座に腰を下ろしているベザルオールは立ち上がる。


「くっくっく。余が自ら戦うことになろうとは。何百年、いやそれよりも久しいかもしれぬ。くっくっく。…………。くっくっく」


 ベザルオール様、謁見の間をグルグルと歩き回る。

 不敵に笑いながら、虚空を見据えた。



「くっくっく。余の『凪月なげつの杖』が見当たらぬ。くっくっく。こういう時、マジ困る。アルゴムに聞けば分かるのに、アルゴム忙しそうだし。急にテレパシー送ったら迷惑がられるやもしれぬ。くっくっく。2ヶ月ほど前にボトルキャップ野球のバット代わりにした記憶はあるのだが……」


 何をやっているのか、大魔王。



 そこにやって来たのは、虚無将軍・ノワール。

 手にはベザルオールが探していた、向かいのホーム、路地裏の窓にもなかった『凪月の杖』が。


「ベザルオール様。わたくしがあなた様の杖に魔力を蓄えておきましたわ。こちらをお持ちになってくださいまし。きっと、反乱分子など一網打尽ですわよ」

「くっくっく。これはノワール、実に助かる。……そなたの言うように、何やら異質な魔力を感じる」


「ええ。この日のために蓄えていた特別製ですもの。これで万が一、魔王城に攻め込まれても心配はありませんわ」

「くっくっく。面白い。余の元へとたどり着くことができれば、褒美にこの余が自ら相手をしてやろう。女神軍どもよ……。くっくっく」


 大魔王ベザルオール。

 約1000年ぶりの戦いの支度、整う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お、おどれらぁ! 生きちょるじゃろうのぉ!?」


 地面に片膝をついて、肩で息をする鬼窪玉堂。

 彼の見据える先には、ボロボロになった鬼人将軍・ギリーとどうにか戦闘状態を維持している力の邪神・メゾルバの姿があった。


「鬼窪さんよぉ……! オレぁもう役に立てそうにねぇや! そこでちょっと考えついた事があるんだけどよ」

「何を言うちょるんじゃ、ボケェ! おどれは黒助の兄ぃの従業員じゃろがい! ワシの目の前でくたばらせりゃあせんぞ!! 兄ぃにどう申し開きするんじゃ!!」


「そうは言うけどよ、見てくれよ。メゾルバも限界が近そうだぜ? アルゴムが魔導士タイプだったのがいけねぇや。オレとは相性が悪すぎるし、メゾルバも似たようなもんだ。鬼窪さん、あんたの魔法だけが唯一の武器なんだぜ」


 そう言うと、ギリーはどうにか地面を踏みしめ立ち上がる。


「おう、無理せんでええ! 寝ちょけや、ボケェ!!」

「そうは言ってられねぇよ……! 黒助の旦那にゃ、借りばっかり作っちまってる。病気のお袋が元気になって、小さい兄弟たちも農場の暮らしを楽しんでるんだ。だったらよぉ。オレが命かけるくらいはしねぇとさ、勘定が合わねぇぜ」


 ギリーは捨て身の特攻を仕掛けるつもりだった。

 あわよくば、アルゴムを羽交い絞めにして鬼窪の魔弾で撃ち抜いてもらえれば上出来だと彼は言う。


「せっかくプリンが上手く作れるようになったんだけどなぁ。それだけが心残りだぜ……。よっしゃ! おらおらぁ! 行くぜぇ、アルゴム!!」


 ギリーの覚悟を察したアルゴムは、まとわりつくメゾルバを払いのけそれに応じる。


「思えばギリー様。あなたとはもっと話がしたかった。ですが、今となっては詮無き事ですな。雷よ、集まり巨大な光となれ!! 『デライド・ブラスト』!!」

「うぉぉぉお!! ……なっ!? 何やってんすか!! 鬼窪さん!!」


 アルゴムの放った雷撃魔法をギリーの代わりに浴びる鬼窪。

 その威力はすさまじく、彼の全身から煙が上がる。


「勘違いせんでほしいのぉ……! ワシが待っちょったのはこれじゃあ!! 魔王軍におった頃、鳥が教えてくれた、とっておきの魔法じゃあ!!」


 不死鳥・ガルダーン。

 彼は岡本さんの手によってこの世から去ったが、生前鬼窪の世話係を任されていた。


 その際に座興として披露した魔法があった。


 『蓄積魔法』である。


 これは、「何でもいいから手当たり次第に魔力を体に受けて、それを自分の魔力に変換し撃ち出す」と言うもので、当時の鬼窪は「どがいしてワシが身を挺さんといけんのじゃ! 鳥ぃ! ボケェ!!」と乱暴な感想を述べていたが、人生どこで何が役立つか分からないものである。


「……しまった! 私とした事が、とんでもない失策を!!」

「今になって後悔しても遅いんじゃ、ボケェ!! 喰らえや!! 『充填魔弾装填回転式拳銃チャージルド・マジック・リボルバー』!!!」


 アルゴムは鬼窪の弾丸の直撃を受けた。

 そのまま力なく倒れ伏せる。


「……おう。モヤシぃ。……いや、アルゴム。おどれ、わざと避けんかったのぉ?」

「ふ、ははっ。鬼窪様は冗談を覚えさないましたか」


「おどれぇ、本気出しちょらんことくらいのぉ。ワシら全員気付いちょるで?」



「えっ!?」


 メゾルバが驚愕の表情で言葉を失くしている。



「私は……。あなた方の足止めが目的……。あなた方を殺す事が使命ではない……。ギリー様。鬼窪様。共に魔王城で過ごした日々は、楽しゅうございましたなぁ……」


 そう言うと、アルゴムは両手両足を投げ出して降伏した。


 鬼窪は拳銃を腰に差して、座り込む。

 ポケットから煙草を取り出そうとするが、春日大農場の渉外担当になってからヤメた事を思い出して「ちっ」と舌打ちをした。


「おう。ギリー。ワシの魔力をちぃと分けちゃる。こっち来んかい」

「い、いや! オレなんかに貴重な魔力を使わねぇでくれよ!」


 鬼窪は「かっはっは」と笑いながら答える。


「ワシも魔力切れじゃあ! こがいなざまじゃあ、大魔王んとこ行っても瞬殺じゃけぇの。ほれ、残った魔力の半分はギリー。おどれに」


 無言で近づいてくるメゾルバ。

 回復の機会は見逃せない。


「もう半分はのぉ。アルゴムにくれてやる事にしたんじゃ。こがいなヤツを死なせたら、兄ぃに叱られるけぇのぉ!!」


 アルゴムに鬼窪の魔力が譲渡され、彼の体が淡く光る。

 逆にほとんどの魔力を使い果たした鬼窪が倒れ込み、空を見上げて呟いた。


「煙草よりも……。豚汁が食いたいのぉ。野菜たっぷりの、ネギどっさり入れたヤツがのぉ……」

「鬼窪さん!? ああ、良かったぜ。気を失っただけだ……!!」


 こうして、魔王城カチコミ隊はアルゴムの前に倒れる。

 アルゴムも戦闘不能になったため、最低限の仕事は果たしたと言えるだろう。

 痛み分けであった。


 ちなみにメゾルバはまだ割と元気で何なら戦えるコンディションを維持しているのだが、そのせいでちょっと良いシーンにまったく参加できず、彼は今にも雨が降り出しそうな暗雲を見上げて少しだけ泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る