第134話 春日大農場の鉄砲玉たちによる、「魔王城カチコミ作戦」

 地上へ戻った黒助たちを農場の従業員は総出で大歓声と共に迎えた。


「とりあえずは片が付いた」

「やっぱり頼りになるわね! お疲れ様、黒助!! 母屋に避難させといた柚葉と未美香も呼んで来るわ!」


「いや、待て。その前に話をしておきたい」

「ふぁぁぁぁぁぁっ!! ナチュラルに抱き寄せられたぁぁぁぁぁ!! もぉぉぉ、なんで戦いが終わってすぐそんな事できるの!? 逝っちまうじゃないのよぉぉぉぉ!!!」


 ミアリスが情緒不安定になったため、黒助は優先順位の高い方から片付けることにした。


「岡本さん。おかげで助かりました。なんとお礼を申し上げたら良いか」

「いえいえ。春日さんはお得意様ですからねぇ。リザードマンさんたちも共済に入ってくださるのですから、このくらいはサービスですよ! なっはっは!」


 最終戦争の真っ只中でこんな情報が必要なのかは判断に迷う。

 が、お伝えしておこう。



 春日大農場の従業員は全員、農協の共済に加入している。

 つまり、岡本さんは1人で約300人近い契約をまとめた事になる。



「……いえ。岡本さんが来てくださらなければ、農場に壊滅的な被害が出ていました」

「春日さんはおじさんを持ち上げるのが上手いですねぇ! はい、これを差し上げます! 今年の手ぬぐいです!! はいはい、他の皆さんも! どうぞ! ねっ!!」


 ご存じだろうか。

 農協の手ぬぐいは何年かに一度デザインが刷新される事を。

 支所にもよるが、下手をすると毎年リニューアルするところもある。


 とりあえず、オーガとリザードマンを含む従業員全員で手ぬぐいを首に巻いた。

 これを「農協に服従します」と誓う儀式だと言う者もいるが、真意のほどは定かではない。


「では、私は一度戻らせて頂きます。外回りが済みましたらご連絡差し上げますので、まだ手が必要でしたらどうぞ召喚してください。魔力には余裕がありますので。それでは、失礼します」


 そう言うと岡本さんは「ひぇあぁい!!」と手刀で次元を切り裂き、その狭間に消えていった。

 その様子を見たミアリスが、控えめに確認する。



「ねえ、黒助? 岡本さん、空間転移魔法を覚えてるわよね? あれって、わたしと大魔王以外は使えないはずなんだけど……」

「ミアリス。岡本さんは農協の次長だ。それ以上の理由が必要か?」



 ミアリスは「これ、もう召喚魔法使う必要ってないんじゃないの?」と思ったが、敢えて口には出さなかった。

 多分黒助も同じことを考えているだろうからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助はすぐに次の作戦に動き出す。

 「魔王城を攻める時には」と言うプランは、かなり前から鉄人と一緒にいくつかのパターンを考えており、かのニート軍師が「僕のいない時でも3つくらい選択肢は欲しいよね」と知恵を絞ったものなので、効果は保証済み。


「鬼窪。聞くが、お前の飛行魔法で魔王城までどのくらいの時間がかかる?」

「へい。最近は行ってないんでアレなんですけどのぉ。前にこちらさんへ攻め込んだ時は、だいたい1時間くらいかかった気ぃがしますのぉ」



「そうか。では、30分で行けるな」

「あ、はい。やります」



 続けて、黒助は鬼人将軍と力の邪神を呼ぶ。

 2人の肩をポンと叩いて、端的な指示を与える。


「ギリー。メゾルバ。お前たち2人と鬼窪で魔王城に攻撃を仕掛ける」


「マジっすか。いや、黒助の旦那の命令なら聞くけどよ。オレらでどうにかなるかな?」

「くははっ。幹部の連中ならばまだしも、大魔王と相対せばさすがの我でも勝機は高くないと思うのだが。我が主よ」


 黒助は「そうか」と答えてから、続ける。


「なにも、お前たちで魔王を倒せとは言っていない。だが、魔王城にはモンスターがいるのだろう? 俺がいきなり行けば、そいつらを皆殺しにせねばならん。それはあまりにも忍びない。ゆえに、先遣隊としてお前たちには魔王の手勢を減らしておいてもらいたい」


 黒助は、最近になってようやく「ヤダ、俺の戦闘力高すぎ!?」と気付いた。

 まさか最終戦争まで気付かないとは想定外だったが、今はその小さな気付きの奇跡を喜ぼうではないか。


 そして、黒助の慈悲は農作物から離れれば離れるほど深くなる。


 農場を襲ってくる相手は無条件でギルティが鉄則だが、例えばサンボルト砦になれば「なるべく殺したくないな」になり、さらに遠方の魔王城だと「あいつらにも家族がいれば、生活もあるだろう」と仏の顔にチェンジする。


「要は、ワシらでモンスターどもを適当にボコってから、兄ぃの到着を待っちょればええっちゅうことですけぇのぉ?」

「鬼窪。お前は本当に賢いな。俺の弟の10分の1くらい賢い。これは誇っても良い事だ」


 微妙な褒められ方をして、鬼窪は「へい!」と元気よく返事をした。


「俺は農場で、まず鉄人たちの様子を確認する。必要があれば、あちらの加勢に回ってから魔王城に向かう事になるだろう。いずれにしても、外堀を埋めてからだな」


 黒助の言葉を女将さんが引き取る。


「そうね。魔王城に攻め込んでも、余剰戦力がその外側にいたら挟撃戦になって面倒だもんね。黒助の手間も増えるでしょうし」


 間違っても「黒助の身が危ない」とは言わないミアリス。

 彼女の戦力把握システムもここに来て完成を見せる。


「ウリネとイルノ、それからセルフィは飛竜たちの治療を続けてくれ。苦しそうな動物を見ていると心が痛む。鬼窪がやり過ぎるから」

「えっ!? あ、兄ぃがやれ言うたんじゃないですけぇのぉ!?」


「鬼窪。聞くが、俺は飛竜を半殺しにしろと言ったか?」



 それに近い事は言っていた気がするのだが。



「す、すいやせん!! ワシが間違っちょりました!!」


 鬼窪玉堂TPOに沿った対応のできる男である。

 加えて黒助にボコボコにされた過去も持つ。


 同じ過ちは繰り返さない。

 これが人類繁栄の一本しかない正しい道だと彼は知っている。


「メゾルバよぉ。おどれ、ワシより飛行速度が遅いのぉ?」

「くははっ。我の翼は本来、空を飛ぶことよりも攻撃に使用するために生えているゆえ、速度を求められても困る」


「ほいじゃあ、ワシの肩に掴まっちょれ。ギリーはワシがおぶっちゃる。ぶち飛ばして行くけぇ、振り落とされんようにせぇよ!!」

「分かったぜ! 黒助の旦那! あんたのお役に立って見せるからな!!」


 黒助が「期待している。が、無理はするな」と返事をすると、それを合図に鬼窪ロケットが発射され、瞬く間に見えなくなった。


 春日大農場の危機は去った。

 こうなれば、後は悪の根城を叩くのみ。


 だが、その前にサンボルト盆地の砦から連絡が途絶えている事が気がかりである。

 春日鉄人たちのその後はどうなったのか。

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