第133話 最強の農家、狂える竜を討つ

 春日大農場の上空には、飛竜が4匹。

 それに乗る狂竜将軍・ガイル。


 飛行魔法で対峙する鬼窪玉堂。

 翼を羽ばたかせる力の邪神・メゾルバ。


 小刻みに足を動かす事で空気を踏み固める、春日黒助。


 かつてこれほどの戦力が一堂に会する事があっただろうか。

 だが、彼らは動かない。


 これほど緊迫した場では、最初に動いた者が負ける。

 それが必定。


「おい。メゾルバ。聞くが、飛竜は俺の言葉が理解できるか?」

「謹んでお答えする。こやつらは知能が高いため、既にこのやり取りも理解できているかと」


 黒助は「そうか」と言って、「では、飛竜たちよ」と続けた。


「俺には、お前たちに対して安全な労働環境と清潔な寝床。そして美味い食事と定期的な休暇を与える用意がある。忠義、結構なことだ。しかし、お前たちにも家族がいるのではないか? 俺の世界では、家族のために転職をする事は普通だ。何も恥じることはない」


 飛竜たちは、黙って黒助の言葉に耳を傾ける。

 その気配を察して、黒助はさらに続けた。


「俺はお前たちが畑に向かって火を噴いた事も、上司による命令であると考えている。さぞかし心が痛んだことだろう。うちの農場では、従業員の意志をできる限り尊重する。やりたくない事はやらなくて良い。さあ、答えを聞かせてくれ。うちに来るか。それともこの俺とやり合うか」


 前半、魅力的な話で飛竜たちの興味を惹き、後半、特に最後の一言で飛竜たちを恐怖のどん底へと叩き落とす。

 春日黒助の高度な話術であった。


 ガイルを乗せている飛竜、バリブが上官に伝えた。


『ほんまにすみません。ガイル様。思えば、色々と良くして頂きました。嫁さんもガイル様の事はよく褒めていました』

「な、何の話をしているのかね!? バリブ! 君はまさか!!」



『すみません。ほんまに。私ら、全員で退職させてもらいます!!』


 飛竜たち、狂竜軍団を脱退する。



「おい。鬼窪。聞くが、これはどういう状況だ?」

「えっ!? 兄ぃ、テレパシーが聞こえちょらんのですか!?」


「テレパシー? それは、受信料払わないとダメなヤツか?」


 テレパシーはわずかな魔力があれば、相手の脳内に言葉を届ける事ができる。

 が、わずかでも魔力がなければ届かない。


 春日黒助の魔力は0である。

 コンマ単位ですら存在しない。



 つまり、飛竜たち決死の転職届がこのままでは受理されないのである。



 だが、ここには優秀な渉外担当がいた。

 鬼窪は黒助に一礼して、状況を端的に報告する。


「飛竜たちは、黒助の兄ぃの慈悲深いお言葉に感銘を受けよったんですわ! 是非とも、ワシらを兄ぃの農場で働かせてつかぁさい、言うちょります!!」

「そうか。よし、分かった。では、飛竜たち。俺の言葉が分かるな? 先に落ちていった仲間のところへ行け。うちの者が治療している。頑張れと声をかけてやれ」


 バリブが仲間を代表して「グワァァァッ」と吠える。

 そののち、4匹の飛竜は地上へと降下して行った。


「さて。残ったのはお前だけだな。ドラゴンズと言ったか?」


 中日ファンの方には春日黒助および鬼窪玉堂に代わりお詫び申し上げます。

 石川選手と根尾選手、今シーズンは若い力が覚醒すると良いですね。


「……これが、異次元の農家のやり方なのだね! なるほど、出て行った者たちが帰って来ないはずなのだよ! 圧倒的な恐怖による勧誘行為!! なんと卑劣な!!」

「何を言っとるんだ、お前は。人の畑に上から火を噴きかけて来るお前に卑劣呼ばわりされるのは甚だしく心外なのだが」


 舌戦でも負けない黒助。

 これが最終戦争マジックなのだろうか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ガイルは「かぁぁっ!!」と叫ぶ。

 すると両手の爪が3メートルほど伸びる。


「私の爪は鋭いのだよ。ひと裂きで鋼鉄すら細切れにできるのだからね」

「いや、ひと裂きでは五等分しかできんだろう。お前、頭が悪いのか?」


「がっ! ……ひと裂きと言うのは、右手と左手の攻撃をワンセットとして言っているのだよ!!」

「そうか。まあ、いいから掛かって来い。これから魔王とやらにも説教しに行かなければならんのだ。時間が惜しい」


 ガイルは黒助の油断と慢心を見抜いた。

 「きぃえいっ!!」と気合を入れると、翼を羽ばたかせて急進。

 そのスピードは、メゾルバと鬼窪を置き去りにする。


「喰らうと良いのだよ!! これが狂竜の爪!! 『デスクロス・クロー』!!」

「ほう。速いな。だが、避けられんほどではない」


 ガイルはニヤリと笑う。

 2秒ほど遅れて、黒助の胸が切り刻まれる。


「ふーっはは! 私の爪はあまりの速さにインパクトが遅れて来るのだよ!! どうだね、痛かろう!? ふぅむ? まだ出血はないようだがね。すぐに血しぶきをふげっ!?」


 黒助はガイルの顔面を乱暴に掴んだ。

 そして叫ぶ。



「お前ぇぇ!! なんでツナギの胸のところを斬るんだ!! 顔を狙わんか!! ほら、見ろ!! 乳首の部分だけどころか、バストラインが全部なくなった!!」

「ふがげっ!? な、なにを言って……!!」



 黒助はツナギを押さえてみるが、もちろん元には戻らない。

 地上には柚葉がいる。


 確実に怒られる。


「お前の罪は重い! 手加減はせんぞ!! うぉぉぉぉらぁぁぁぁ!!」

「がぁぁぁぁっ! ぐぃぃぃぃぃっ!! な、なにをする気だぁぁぁぁっ!?」


「鬼窪ぉ! 魔王城はどっちだぁ!?」

「は、はひっ! 兄ぃの左、11時の方向でございやす!!」


 黒助はガイルの頭を握ったまま、大きく振りかぶる。

 なお、ガイルの身長は2メートル50センチ。

 体重は300キロを超える。


 だからどうしたと言われると、不必要な情報だったかもしれない。


「家まで飛んで行けぇぇぇ!! どぉぉぉりゃぁぁぁ!! 『農家超遠投バックホーム』!!!」

「がぁぁ! いぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」


 黒助のいつも以上のパワープレイで、ガイルの姿は一瞬にして見えなくなった。

 冷静を取り戻した黒助はメゾルバに確認を取る。


「メゾルバ。聞くが、今のは遠投魔法と名付けて問題ないか?」


 力の邪神は臨機応変な対応のデキる、優れた知能を持っている。

 彼は即答した。


「見事な魔法。さすがは我が主。敬服いたします」

「そうか。やはり、俺にも魔法が使えたか。これは最後の決戦に向けて、良い事を聞いた」


 メゾルバは小刻みに震えながら視線を泳がせた。

 すると、対面にいた鬼窪と目が合う。


 鬼窪は無言で何度も頷いた。

 その様子を見て、メゾルバは何だか心が軽くなった気がした。


 力の邪神と元魔王の間に友情が生まれた瞬間であった。


「よし。とりあえず地上に降りるぞ。先の事をミアリスと相談したい」


「承知」

「女将さんに勝利報告して差し上げやしょう!!」


 狂竜将軍・ガイル。

 彼は自分の務めを果たした。


 仕事を全うする男を黒助が嫌う事はない。

 生きていれば、そして再び会う事ができれば。


 ガイルの人生も変わる事があるかもしれない。

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