第131話 総力戦 ~農の者・鬼窪玉堂、参戦する~

 春日大農場の上空では、狂竜将軍・ガイルが冷静さを取り戻しつつあった。

 農協の戦士・岡本さんの参戦は余りにもイレギュラーであり、頭脳派で鳴らした彼が錯乱するのも致し方ないかと思われた。


 だが、岡本さんをもってしても戦況はガイルたち、狂竜軍団に有利であった。


 春日大農場の全ての畑を守るために、岡本さんは極めて広範囲の魔法を使用していた。

 これほどの広域に及ぶ魔法を使用している以上、さすがの岡本さんでも攻勢に打って出る事は不可能であり、結果として防戦一方な現状に変化はない。


 春日黒助がいつものように単身で空を走り、飛竜を1匹ずつボコっていくと言う手もあったが、偶発的な理由でその策を最強の農家も取れずにいた。


 ガイルにとって飛竜7匹が現状有している全ての飛行戦力であり、このブレス攻撃は言わばオールベットの大攻勢。

 だが、そんな事情を知らない黒助からすると、「この上、第二波、第三波が来るとまずいな」と考えるのはむしろ必定であり、軽々に攻めに転じる事ができずにいた。


「ミアリス。聞くが、あのデカいドラゴンの吐く炎はどれくらいでガス欠になる?」

「うぅ……。こんな事言いたくなかったけど、あの飛竜はコルティオールの中でも最上位種のドラゴンなの。だからね、ブレス攻撃の威力はもちろん、スタミナも尋常じゃないのよ」


「なるほど。つまり、まだまだ続くと言うことか」

「もちろん、永遠に続くわけじゃないけど。でも、油断も甘い見積もりもできないわ」


 黒助は「よく分かった」と答えて、今度は岡本さんに尋ねる。


「岡本さん。失礼を承知でお聞きしますが、この炎をあとどれくらい防げそうですか?」

「そうですねぇ。30分は余裕ですが、1時間となると厳しいかもしれませんねぇ」


「やはりそうですか」

「ええ。お昼休みが終わってしまいますのでねぇ。申し訳ないのですが、昼から2件ほど外回りの予定がありましてねぇ」


「いえ。それは仕方がありません。農協は全ての農家のパートナー。俺の農場だけが独占して良いはずがない」

「本当に申し訳ありませんねぇ」



 岡本さん。

 魔力的な限界ではなく、農協のお昼休みと言う名のタイムリミットに苦しめられる。



「そうなると手がもう1つ欲しいな。ミアリス。聞くが、召喚魔法はまだ使えるか?」

「え、ええ! まだ平気よ! 何回でもいける!!」


「そうか。では、至急あいつを呼び出せ。文句は言わんだろう」

「ああっ! そっか、そうよね! 適任者がいるじゃない!! すぐに準備するわ!!」


 ミアリスはイルノとウリネに召喚魔法陣を構築させて、魔力を集約した。

 魔法陣に魔素が集まり、光を放ち始める。


 しばらくすると、屈強なシルエットが浮かび上がった。


「来たか。すまんが、状況を察してくれるか」


 召喚された男は驚くことも戸惑うこともせずに、黒助の指示通り現状の把握に努めた。

 1分半でそれを終えると、彼は答えた。


「こりゃあ、カチコミですけぇのぉ!? 黒助の兄ぃに対してなんちゅう無礼じゃ!! この鬼窪玉堂、どがいな事でもやってみせますけぇ!! ご指示をくだせぇ!!」


 農の道に生きる極道。鬼窪玉堂。

 急な召喚にも文句ひとつ言わず、戦場に馳せ参じる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助は戦力の増強を踏まえて、作戦を立案した。

 それは非常にシンプルなものだった。


「鬼窪。聞くが、お前は空が飛べるな?」

「へい! 飛行魔法ならまだ使えますけぇ!!」


「よし。では、ちょっと飛んであのデカいドラゴンを何匹か叩いて来てくれ。だが、殺すなよ」

「承知しやした!! しかし兄ぃ、なんちゅう優しいお方なんや!! 敵のモンスターに情けかけるっちゃあ、ワシにゃあとても真似できませんのぉ!!」



「いや。あれほど大きな空飛ぶ生き物だからな。農場を拡大させたあかつきには、あのドラゴンを配送網として使いたい」

「はぁぁぁぁっ! こんな状況でも未来志向の考えをするなんてねぇ!! あたいは思わず逝っちまいそうだよ!!」



 黒助の指示で動いていた死霊将軍・ヴィネが戻ってきて、タイミング悪く逝っちまいそうになる。

 「そうか。逝くなよ」と言ってから、黒助は首尾の確認をした。


「こいつがあたいの腐敗属性を込めた弾丸さ。ミアリスが創造で作ってくれたピストルで撃てるよ。6発しかないけど、大丈夫かい?」

「ああ。助かった。問題はない。鬼窪の腕ならば足りるだろう」


「えっ!? ワシが関係ある話やったんですかい!?」

「急に召喚したからな。お前、武器が何もないだろう? これを持っていけ。現世では銃刀法違反だが、ここは異世界だ。……まあ、緊急事態につき問題なかろう」


 その筋の人に何の迷いもなく銃を与える春日黒助。

 彼のメンタルはこの局面においてもその強靭さを見せつける。


「こりゃあ! すいやせん!! へへ、チャカがありゃあ百人力ですけぇ! ワシ、若い頃にゃあチャカの鬼窪っちゅうて、ちぃと有名じゃったんです!!」

「そうか。まったく自慢にならん話だが、今は頼りにさせてもらおう。鬼窪。お前はそれでドラゴンの上に乗っている偉そうなヤツに恐怖を与えて来い。別に、仕留める必要はない。ただ、お前が命を狙おうとしている印象を植え付けてくれれば良い」


 神妙に頷く鬼窪。

 ミアリスとヴィネも用意はできている。


「敵が鬼窪に注意を少しでも向けたところで、あとは俺が片付ける。俺の大切な者に危害を加えようとした罪は、きっちりと勘定させてもらうとしよう」



「はぁぁぁぁぁっ! なんて男らしいんだい!! そんなキメ台詞言われたら、あたいはクライマックスの前に逝っちまうよ!!」

「くぅぅぅぅっ!! もうセリフの一言一句まで完璧に予想が出来てたのにぃ! 黒助の声がつくだけで、ホントに逝っちまいそうになるから困るぅぅぅ!!!」



 勝手に逝っちまいそうになっている2人を見て、鬼窪が畏敬の念を込めて黒助を見る。


「さすがでさぁ、黒助の兄ぃ……! 敵だけじゃなく、味方の姐さん方までやっちまうなんて……!!」

「人聞きの悪い事を言うな。俺はまだ誰もやってない」


 準備が完了した鬼窪と黒助。

 そこに岡本さんが声をかける。


「よろしければ、私が魔法で援護しますよ! 今は炎を氷で相殺していますが、虚を突いて風魔法で反転させましょう!!」

「こりゃあ、助かりますぜ! 岡本のおじきぃ!! いつでもおじきのよろしいタイミングでお願いしやす!!」


 岡本さんは「では!」と言って魔力を込めると、唯一頼りない頭髪を振り乱して「ひぇあぁふぇぇいっ!!」と叫んだ。

 突風が生まれ、飛竜たちの吐いていた炎が逆巻く。


「おっしゃあ! 春日大農場に楯突いた事を後悔させちゃるけぇのぉ!!」


 そして、鬼窪が空高く駆け上がって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る